09.まさかの申し出
「それで、君はこれからどうするつもりなのだ?」
ギルドを去った後、俺たち二人はギルド近くにあるカフェで休息を取っていた。
話の内容は今後についてのことだ。
「まだ決めていません。わたしの目的はもう達せられましたので……」
シノアが旅をしていた理由は俺と会い、お礼を言うことただ一つだった。
なのでこうして目的が達成された以上、彼女はもうやることがなくなったってわけだ。
「これからどこか行く宛てはあるのか?」
「い、いえ……特には」
「家に帰ったりは?」
「家からは半ば家出してきてしまったようなものなので厳しいですね。それに父上が売ろうとしていた秘剣も持ち去ってきてしまいましたし……」
「そうか……」
と、なると行く宛ては全くないということか……
「何かやりたいこととかはないのか? それか何かを目指しているとか」
「そういうのも特には……ですが」
「……ん、なにかあるのか?」
「なにかってわけでもないんですけど、試してみたいことは一応あります」
「試してみたいこと?」
シノアはコクリと頷くと、腰に差した自身の剣を見つめながら……
「自分の実力がどこまで世界に通用するのか。それを知りたいなと学生時代から思っていました。自分はどこまで強くなれるのか、限界はどこなのかと」
シノアはレインと出会って自分が無力だということに気付いた。
そして同時に剣を磨いた自分の力がどこまで通用するのかを知りたいという想いもあった。
自分の信じる剣が、技術が、どこまで世界と渡り合えるのかということを。
「なるほど。素晴らしい志じゃないか」
「そう……ですか?」
「もちろんだ。俺も似たようなものだからな」
「似たようなもの……?」
「俺も元々は自分の剣と技術を磨き、世の中というものを学ぶために冒険者になった。もちろん、自分が今まで重ねてきた鍛錬がどれだけ通用するかを知るためでもあった。まぁ、決定打になったのは我が師の薦めだったからだが……」
「我が師ってレイン様の……?」
「ああ。剣や剣術の基本を教えてくれた師匠……分かりやすく言えば俺の先生に当たる人物だ」
今の俺があるのは師である爺ちゃんがいてくれたことに他ならない。
俺はあの人から様々なことを学び、吸収した。
毎日毎日、自分を追い込み、俺は師匠の鍛錬についていった。
時にはあまりの辛さに精神が病んでしまったこともあった。
そうした日常を俺は8年以上も続けてきた。
それが礎となって今の俺がある。
俺の中の歴史ではそれが今の自分を形成している”全て”と言っても過言ではなかった。
「師匠……か」
シノアはそう呟きながら天井を見つめる。
何かを考えているみたいだが……
「あ、あのっ! レイン様!」
と、突然上を向いた顔を正面に向けると、弾む声で俺の名を口にしてくる。
俺は「どうした?」と聞き返すと、
「あの……もし、もしレイン様さえよろしければの話ですが――」
シノアはここで一旦、話を止めて間をあけると……
「わたしを……レイン様の弟子にしてはいただけないでしょうか!?」
「……え?」
一体何が飛び出すんだと身構えていると、彼女の口から出た言葉は思いもしないことだった。
それがまさかの自分に弟子入りしたいとのこと。
「ほ、本気なのか……?」
一応確認の為、聞いてみると、シノアは二回頷いた。
「もちろんです。わたしの記憶にはあの時、わたしを助けてくださったレイン様の剣技が昨日のように鮮やかに残っています。そして先ほど魔物たち相手に見せた剣技を見て、改めて思いました。……圧倒的だなと」
「だが、俺もまだまだ修練の身だ。人に教えるほど達者な人間ではない」
「いえ、そんなことはありません。少なくとも、わたしはレイン様に剣を教えていただきたいと強く思っています。いえ、もしかしたらあの時から……貴方に助けられたあの日からずっとこれを望んでいたのかもしれません」
自分のことを高く評価してくれるのは非常に嬉しいこと。
でも、人に教えるとなると話は別だ。
他人に剣を教えるには教える側が相応の知識と能力を持っていないといけない。
傍から聞けば当然の話だが、指導者となるにはこれが何よりも大事なこと。
我が師も潤沢な知識と誰もが息を呑む圧倒的な力、そしてどんなことであろうと全てを包み込んでしまうほどの大きな器を持った人物だった。
果たして今の俺は人に教えるに値するものを持っているのか……
悩んでいたのはこういう理由からだった。
「あの……やはり駄目でしょうか? わたしではただのお荷物に――」
「いや、そんなことはない。君の志は素晴らしいものだ。剣を握る者にとって、重要なものを君は持っている。だからこそ、教える者が俺なんかでいいのかと思ってしまうのだ」
言ってみればこれが俺の本音であった。
だがシノアはすぐに首を振ると、
「そんなことはありません! レイン様は本当に素晴らしい剣士です! 自分には持っていない物を沢山持っている。わたしは、レイン様だからこそ学びたいのです。自分が憧れた人に、剣を教えてもらう。これほど幸せなことはありません」
「……」
「お願いします! レイン様! やってほしいことなら何でも致します。だからわたしを……レイン様の弟子にしてください!」
眉間にシワを寄せ、強気な眼で俺を見つめてくるシノア。
その眼は覚悟という二つの文字を具現化させたようなものだった。
希望に満ち、自分の成長を強く望んでいる者の眼。
俺はその時、かつて自分が師匠に同じ想いを抱いていたことを思い出す。
(そうか、俺もあの時……)
蘇る懐かしき記憶。
爺ちゃんに憧れて剣を持った幼き頃の自分。
気がつけば俺はそんな自分と照らし合わせてシノアを見ていた。
「……本当に俺でいいのか?」
最後にもう一度、俺はシノアに問う。
シノアは迷いもなく、一言言い放った。
「はい。わたしは心の底からレイン様の弟子になりたいと思っています」
顔色一つ変えず、シノアは自分の主張を言いきる。
俺はそんなシノアの姿を見て、かつての自分が目の前に蘇ってきた。
ただ、率直に強さを求めていた自分が。
「……そうか、分かった。なら認めよう。君を……俺の弟子にすることを」
結論は決まった。
俺はただその一言をシノアに言い渡すと、彼女は一気に顔色を変えた。
「ほ、本当ですか!?」
「本当だ。これからよろしくな、えっと……」
「シノアで大丈夫です。むしろそう呼んでいただけると……」
シノアは少し赤らめモジモジし始める。
理由はよく分からないが、向こうがそういうのなら……
「分かった。ではこれからはシノアと呼ばせてもらおう。よろしくな、シノア」
「は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願い致します!」
……こうして、この日。
俺は一人の少女を弟子に迎えることとなったのだった。