08.リセット
三兄弟と別れてからすぐのこと。
俺たちは先の事件の報告も兼ねてギルドへと向かっていた。
「レイン様はこれからどうなさるおつもりで?」
「俺か? 俺なら街を出て旅に出ようと思っているが」
「た、旅にですか?」
「ああ。ここで冒険者をやるのは少々きつくなってしまったからな」
「それはどういう意味で……?」
「ギルドに行ってみれば分かるさ」
そうして俺たちはギルドへ。
すると入って早々、周りの目線が一気にこちらへと集中する。
「――あ、裏切り者だ」
「――あれ? さっき逃げたんじゃなかったのか?」
「――ゲインも気の毒だよなぁ、全く」
ギルド内に入ってからすぐに浴びせられる罵倒の嵐。
だが俺は何も気にすることなく、奥へと進んでいく。
「う、裏切り者ってどういうことですか!?」
この光景を見てシノアは驚愕。
すぐに俺の方を見て、事情を聴いてきた。
「勘違いされてるんだよ。俺が前にいたパーティーのクエストの報奨金を全額横取りしたってな」
「ぱ、パーティーって……レイン様はパーティーに入られていたのですか?」
「まぁな。だが昨日、パーティーリーダーからクビ宣告を受けた」
「く、クビ……?」
俺は歩きながら簡潔に事情を説明。
シノアはそれを聞くと、一気に表情が険しくなり……
「そ、そんな……ヒドイです! レイン様は何も悪くないじゃないですか!」
「まぁ、恨みを買っていたことに気付かなかった俺の失態でもある。元々集団での行動は得意な方ではなかったからな。自分スタイルでやり過ぎたのかもしれない」
「でも何も悪いことはしていないのにこんなに言われるなんておかしいです! ちょっとわたしが黙らせてきます!」
「いや、いいんだこれで」
「ど、どうしてですか!」
「いい機会だと思ったからだ。一度全てリセットする、ってことの」
「り、リセット?」
首を傾げるシノア。
俺はそれ以上は言わずにシノアに一旦その辺で待つように伝え、受付の方へ。
「いらっしゃいませ、冒険者様。今日はどのようなご用件で?」
周りのヤジが飛ぶ中、丁寧に対応する受付嬢。
俺は懐からギルドカードを取り出すと、さっと差し出し――
「リセットしてくれ」
……と、一言。
すると受付嬢の笑顔がピタリと止まり、
「あ、あの~リセット……とは?」
何を言っているのかという顔を見せる。
まぁ当然と言えば当然の反応。
だが俺は続けた。
「言葉通りの意味だ。今ギルドに登録してある情報を破棄し、再登録してほしい」
「さ、再登録って本気ですか!?」
さっきまで笑顔で煌めいていた受付嬢の表情は激変。
驚きと困惑に満ちた顔で俺にそう言ってくる。
――ギルドカードの再登録
それは今ギルドに収められている情報などを全て捨てるという意味を持つ。
要はまた冒険者を一からやり直すということ。
今まで挙げてきた功績やクエスト履歴を削除し、真っ白なままに戻す。
もちろん、等級含め、何から何まで全てが一からとなるわけだ。
「ほ、本当によろしいのですか? 登録のリセットは通常――」
「事情は分かっている。でもそれで構わないのだ」
受付嬢が言おうとした言葉を遮り、自身の意見を通す。
通常、登録のリセットが敢行される時は何らかの冒険者規約に違反した時だ。
それもかなり重度の規約を破ったものにのみ適応される処置。
一番重いのは言わずもがな登録の完全抹消だが、リセットはその次に来るほどの処罰になる。
もちろん、俺みたいに自分からこんなことを言う人間はいない。
何せ自分の功績が全て無くなるのだ。
デメリットだけで自分にメリットなどない。
だが俺は違った。
正直、地位も名誉も俺には不必要なものだったのだ。
元々俺が冒険者を志したのは、旅をしながら自分の剣をより高みへと磨くため。
そして我が師であった爺ちゃんに世の常を知るには冒険者になるのがいいと助言を頂いたからにある。
元々SランクだのAランクだのを目指していたわけじゃない。
俺からしてみれば毎日冒険者生活をしていく中で勝手に付いてきたもの、所謂おまけでしかなかった。
そして今回、俺は地位や名誉についてのいざこざでパーティーから追い出されることとなった。
ずっと前からリセットのことは考えていたが、今回の出来事で決意が固まった。
俺としてはある意味、良かったのだ。
別に地位や名誉がなくても冒険者は続けられるし、生活もできる。
それ以上のことを望む必要は俺にはなかった。
それにリセットすれば今回みたいな争いもなくなるだろうしな。
「か、かしこまりました。では、そのように手続きをさせていただきます」
受付嬢は渋々その願いを受け入れ、渡したギルドカードと共に奥の部屋へ。
そして数十分後、受付嬢が窓口に戻って来ると、
「こ、これでリセットの手続きは全て完了しました。こちらがレイン様の新たなギルドカードと認識票になります」
「ありがとう。すまないな、変な頼みをしてしまって」
「い、いえ……」
俺は受付窓口でピカピカのギルドカードを受け取る。
ギルドカードの等級の場所にはデカデカと最低等級のCの文字があった。
ちなみに冒険者の等級はCから始まり、一番上はSまで存在する。
それぞれの等級で色分けされており、Sはゴールド、Aはシルバー、Bはブロンズ、Cはホワイトと分けられている。
その色は鉄製の認識票で分かるようになっており、冒険者たちはそれを首から下げることが義務となっているわけだ。
「じゃあ、俺はこれで失礼する」
「ま、またのご利用をお待ちしております……」
未だ顔色の戻らぬ受付嬢を横目に俺はスタスタと去る。
最後に例の魔物についての報告をサラッと済ませて。
こうして、S級冒険者だったレイン・レイフォードは死んだ。
そして今日、新たな冒険者が生まれた。
この事実は後にゲインの死と共に他の冒険者に明かされることとなる。
そこでレインに対しての一連の事件について疑義を抱いた冒険者たちがギルドに調査を依頼。
報奨金管理を専門とする部署で調査をしたところゲインの嘘が全て発覚し、レインの身の潔白は完全に証明された。
……が、その時にはもうレインはこの街にはおらず、本人もその顛末を知ることはなかった。