07.別れ
俺は生まれてから間もなくして両親を失った。
そして俺は、一人のある老人の手に引き取られることになった。
それが今の俺にある全てを身体に叩きこんでくれた人物。
剣の師でもあり、俺が剣を持った理由でもある人物。
名をベルグリット=ゼン・アイギス。
かつて大陸中が戦火の餌食となった大戦争の英雄で、【大剣聖】の称号を持つ者。
俺はその隠し子として育てられた。
とある地方の山奥にひっそりと暮らし、親であるベルグリットも世間の眼を欺いてまで俺を育てることに専念してくれた。
剣を教わり、常識を教わり、勉強も教わった。
そんな俺の夢は爺ちゃんのような強い剣士になること。
沢山の人を自分の剣で救って、いつしか爺ちゃんみたいな名誉ある剣士として歴史に名を刻みたい。
それが俺の目標であり、夢だった。
だから毎日のように剣を振るい、どんなに厳しい鍛錬でも乗り越えてみせた。
そして鍛錬を乗り越えると、爺ちゃんは家に帰るなりあったかいシチューを作ってくれた。
それが最高に美味しかったのを今でも覚えている。
だがそんな日も長くは続かなかった。
ある日、爺ちゃんは病に倒れた。
原因は不明。
医師にかかっても分からず、結局何も出来ずに爺ちゃんはこの世を去った。
悔しかった。ただただ悔しかった。
仕方のないことだって分かっている。
でも「今までありがとう」の一言も言えなかった自分が悔しくてたまらなかったのだ。
そして俺はその時、一つの決断をした。
もっと強くなって爺ちゃんの遺志を継ぐ世界最強の剣士になろうと。
それから俺の猛特訓が始まった。
今まで教わったことを踏襲しつつ、自分なりに応用を加えて自分だけの剣技を次々に編み出していった。
数年という時が経ち、世界というものを知るために旅に出ることにした。
今まで一度も下界に足を踏み入れたことのない人間の大冒険。
全ては自分がより強く、より逞しくなるために。
そして、天国の爺ちゃんに面と向かって「ありがとう」と言えるように。
こうして、俺は十数年間住み続けてきた故郷を去り、長い長い旅に出た。
当時、俺が18歳の頃の話だ。
♦
「これで全部か?」
「ああ。本当にすまなかったな。お前さんらには迷惑をかけちまって……」
「気にするな。俺がしたくてしたことだからな」
”困っている人を見たら助けること。強き者は弱き者を助ける責任がある”
昔、俺が爺ちゃんから教わったことだ。
あれから俺たちは街に戻り、物資搬送の手伝いをすることになった。
物資のほとんどはダメになってしまっていたが、とりあえず運び込み、今その作業が全て終わったところだった。
「嬢ちゃんも迷惑かけてすまなかったな……」
「いえ、迷惑だなんて。困った時はお互い様ですよ」
「なにか礼をしたいのだが……」
「別に気を遣わなくてもいい。大したことはしてないしな」
「い、いやいや! そんなことはない! 我々は命を救われたのだ。受けた恩は返さないと、罰が当たる」
商人風の男がそういうと他二人の男もぶんぶんと首を振る。
すると突然、小太りの男が何かを思いついたのかポンと手を叩くと、
「あ、そうだ! その装備を見る限り、お前さんらは剣使いなんだろう?」
「まぁそうだが……」
「なら二人にうってつけのもんがある」
と言って手渡してきたのは小瓶に入った無色の液体。
日光に照らすとギラギラ輝くその謎の液体だが……
「それはなんだ?」
俺が問うと返答はすぐに返ってきた。
「これは剣の刃の部分をケアするのに使うウォッシュ液さ。使い方を見せるからちょいとお前さんの剣を貸してはくれんか?」
「ああ……」
俺は胸元にしまってあった短剣を取り出すと小太りの男に渡す。
小太りの男は短剣を手渡されると、布を取り出し……
「このウォッシュ液をかけて布でその部分を拭きとる。そして数回振って乾かすと……ほら」
「おお、かなり綺麗になったな」
液を垂らした瞬間、何やらその部分が光り輝き、先ほどよりも光沢を帯びた剣に変貌。
驚くことに新品同様の輝きだった。
「それだけじゃない。刃こぼれや剣が割れちまった時もこの液をかければ元に戻る。この液体には修復系の特殊な術式が込められているからな」
「ほう、中々珍しい代物だな」
「ああ。地味だが普通の市場には絶対売ってないような物だぜ」
確かにこれは便利だ。
剣は消耗品だからな。
俺は自分の力でも耐えられるような剣を特注で作ってもらうのだが、やはり刃こぼれはするし、使う度に結構な傷がつく。
だからその後のアフターケアが結構しんどいのだ。
でもこれなら剣のケアがよりスムーズになるし、特に割れた時に助かる。
「これをくれるのか?」
「ああ、もちろん! 逆にこんなのしかなくて申し訳ないが……」
「いや、十分だ。ありがたく頂いておこう」
俺はそのウォッシュ液とやらを受け取ると、三人に一礼し、
「じゃあ、俺たちはこれで失礼する」
と、一言。
すると商人風の男も深く頭を下げた。
「本当に助けてくれてありがとう。あ、あと最後に名前だけ聞いてもいいか?」
「レインだ」
「シノアと言います」
「レインさんにシノアさんか。俺はドル。横にいる太いのがユーロ、そしてその隣にいる髭が濃いのがウォンだ」
「こう見えても俺たち兄弟なんだぜ」
「え、そうだったんですか!?」
驚くシノア。
現に俺も少し驚いている。
だって兄弟と言われないと分からないほどに似ていないのだから。
「兄弟で物資運送の仕事をしているのか?」
「まぁ肩書は他にもあるんだけどね。でも基本、大陸中に物を届けたりするのが俺たちの仕事さ。だから色々なところを旅してまわっているわけ」
「だからまたどこかで会うこともあるかもしれないってことよ」
「そん時は気軽に声かけてくれよな。もし何かあれば力になるぜ!」
男たち改め三兄弟は揃ってそう言った。
「分かった。もしどこかで会った時は声をかけよう」
「頼むぜ。それじゃあ……達者でな」
「ああ、また」
「失礼します」
俺たちは最後に三人と握手をかわすと、三兄弟と別れ、次の目的地に向かうのだった。