05.最強の剣士
「た、助けて……! だ、誰かぁぁぁ!!」
森の奥へ進むにつれて助けを呼ぶ声が大きくなる。
そしてしばらく走っていくと、道端に横転している馬車を発見する。
「あそこか」
横転した馬車の向こう側には数人の男たちの姿が。
商人風の男。
小太りの男。
髭の男。
彼らを囲み、数匹の魔物が歯ぎしりをしながら、迫っている最中だった。
見たところ、負傷者もいるようだ。
「マズイな、急ぐぞ」
走る、走る、走る。
そして今にも男たちに襲い掛かろうとする寸前、俺は間一髪でその間に入ることに成功。
腰に佩いた片手剣を抜き、襲い来る魔物に一太刀くらわせる。
――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
一振りで一刀両断される魔物たち。
だがまだ奥に潜んでいたのか、草むらから次々と新たな魔物が姿を現す。
「こ、こんなにも魔物が……!」
あまりの数にシノアは表情を歪める。
俺はシノアに視線を向けると、
「君、その人たちを安全なところまで連れて行くんだ。あと、負傷しているものにはこれを」
そう言って俺は懐から小さな小瓶を一本、手に持つとシノアに向けて投げた。
「これって、回復薬ですか?」
「ああ。負傷している者に飲ませてやってくれ。俺はこいつらを片付ける」
「か、片付けるって……この数をですか!?」
数的に言えばどんなに凄腕の猛者冒険者でも弱音を吐くレベル。
どう考えても一人で太刀打ちできるような数ではなかった。
それはあくまで一般的に考えてだが。
「ああ、そうだ」
俺はなんの迷いもなく答えた。
しかしシノアは表情を険しくさせると、
「む、無茶ですよ! レイン様がどれだけお強い方でもこれほどの数の魔物相手じゃ……」
彼女は決して無理だと決めつけているわけではない。
ただ、俺の身を案じてそう言ってくれていた。
確かにまともに考えれば、無謀な挑戦だと誰もが思うだろう。
でも俺は今まで数々の無謀をこなし、乗り越えてきた。
俺がまだ冒険者になる前。
かつて伝説の大剣聖と呼ばれた最強の剣士の弟子として生きた日々。
そして――幾度となく鍛錬という名の修羅場を越えてきた日々。
今ではすべて過去のことだが、昨日のことのように覚えている。
だからこの程度、俺にとっては修羅場にもならない。
俺は心配するシノアを見ると、ぎこちない笑顔で答えた。
少々笑顔は苦手なのだ。
「俺なら大丈夫だ。それよりも、早くその者たちを連れて逃げろ」
これでもまだ心配そうに眼を潤わせるシノア。
でも彼女も理解がないわけじゃない。
この人なら大丈夫だと割り切ったのか、キリッとした表情に変わった。
「分かりました。どうか、ご無事で」
「ああ、ありがとうな」
そういうとシノアは負傷者含む数人の男たちを連れて後退していった。
「さて……」
もう後やることはこいつらを一匹残らず駆除することのみ。
ここまで魔物が大量発生しているのは疑問だが、今はそんなことはどうでもいい。
「……覚悟」
俺は鞘に納めた自らの剣に手を添える。
同時に五感で相手の位置、数などを把握。
(数はこれで全部か……)
位置は俺を中心として扇形に展開している模様。
(一太刀でいけるか……)
俺は無駄に剣を振るうのは好きじゃない。
だからこそ、俺はどんな敵であろうと大体一撃で決められるように修練を重ねてきた。
師事していた人物の教えを元に自分流の剣技を編み出し、常に改良と応用を重ね、少しずつ自分に合った動きを構築していく。
今まで教えられてばかりだった俺が冒険者になって初めて生み出した技能だ。
「よし、大体は把握できた。そろそろ、やるか……」
添えた手は握りの手に変わり、剣の柄をぎゅっと握る。
そして腰を低く構え、精神を集中させる。
魔物たちも警戒しているのか、中々襲い掛かってこない。
その紅い目をギョロっとさせて様子を伺っていた。
「来ないか……なら」
こちらから行くまで。
というか攻められる前に全てを終わらせる。
俺は少しの間、目を瞑り、精神を統一。
心・技・体。
爆発的な力を生むための準備は念入りにしなといけない。
中途半端な力は逆に身を亡ぼす。
師匠からの教えの一つだ。
「……ッ!!」
全ての準備は整った。
俺は瞑った眼をパッと見開くと、豪速の如く剣を抜いた。
抜刀……ッ!
瞬間。
繰り出された一撃は空を切り裂き、風を伝って次々と魔物たちに襲い掛かる。
魔物たちは成す術もなく切り裂かれていった。
「す、すごい……」
それをかなり後ろの方でひっそりと見ていたシノアは思わず声に出てしまう。
圧倒的。まさに圧倒的。
彼の繰り出したたった一撃が圧倒的だった物量の差を一気に埋める……どころか全ての魔物を大地に還してしまった。
シノアはもはやもう言葉すら出なかった。
傍から見ればただ剣を抜いて一振りしたようにしか見えなかった。
それがどうだ?
その一振りで全てケリがついてしまった。
まるで夢でも見ているかのような感覚をシノアはこの時、初めて味わったのだ。
(ふぅ……終わったか)
俺は一通り辺りを見渡し、異常がないかを確認するとシノアのいる方へ。
「……無事か?」
「は、はい……わたしたちなら大丈夫です……」
馬車の少し後方で身を隠していたシノア。
何故かキョトンとした顔でこちらを見てくる。
何かあったのか?
「負傷者の様態は?」
「それなら大丈夫てす。回復薬がよく効いたみたいで」
回復薬もしっかりと飲ませたみたいで負傷者の傷も少しずつ癒えているとのこと。
とりあえず、ホッとする。
「す、すまねぇな。助かったよ……」
三人いる内の一人の男が口に出すと、他の二人も揃って、
「あ、ありがとう。君たちは命の恩人だ」
「恩にきる。本当にありがとう!」
お礼を言った。
「何があったんだ? 食料荒らしか?」
ひとまずギルドへ報告するために事の発端を教えてもらうことに。
すると一人の商人風の男が首を二回縦に振ると、
「そうだ。奴ら、俺たちがこれからフォルンの街へ食料を届けようとしていたところを襲って来たんだ」
フォルンというのはさっきまで俺たちのいた街の事。
正式名称は港湾都市フォルン。
名の通り、港町で水産業を主な産業としている。
で、話を聞くと物資調達の為にフォルンへと向かっていたところ、突然魔物たちに襲撃されたとのこと。
「他に何か違和感を覚えることはなかったか?」
「違和感……? ああ、そういえば……」
「何かあるのか?」
「……あ、ああ。実はさっき黒ずくめの男たちに道を尋ねられてな。最初は普通に接していたんだが、どうも不気味な感じがして。しかもそいつらに会ったすぐ直後に襲われたからもしかすると……」
「そいつらが仕組んでいた可能性があるってことか?」
「あくまで予想だけどよ」
なるほど。人為的な犯行も視野に入って来るわけか。
でもこれは一応ギルドに報告しておくべきだろう。
今後、こういう被害がないためにも。
魔物がこの辺で自然発生したとなれば冒険者も仕事が増えるだろうし。
「レイン様、これからどうしますか?」
「とりあえず無事な物資だけ街に運ぼう。チラッと見た限り、全部の物資が駄目になっているわけじゃないみたいだからな。街まで距離もそんなにないから手持ちで運べるだろう」
「分かりました。じゃあ早速、馬車から運び出しましょう!」
話はまとまった。
あとは……
「ということなのだが、俺たちも手伝わせてもらってもいいか?」
三人の男衆に許可を。
すると男たちは申し訳無さそうに、
「い……いいのか?」
「乗りかかった船だ。最後まで協力させてほしい」
「わたしも同感です。物資が届かないと街の人も困ってしまいますし」
「あ、ありがとう……本当にありがとう。世話になる!」
男たちは何度も頭を下げながら、礼を言ってくる。
そしてすぐさま馬車から無事な物資のみを取り出して……
「さ、街に帰ろう」
「はい!」
こうして、俺たちは再び港町フォルンへと戻るのであった。