42.実は……
甘い……だとッ!?
一口含んだ時にドンッと来る衝撃。
それは見た目からは想像もできなかったこと。
いや、そもそもこの料理を俺は知らないからこういうものなのかもしれないな。
と、いうことで……
「シノア、このパスターニャという料理はこういうものなのか?」
「いえ、本当のは違いますよ。というかまったく」
まさかの返答だった。
「え、じゃあこれは一体……?」
「わたし独自のアレンジを加えたパスターニャです。名づけるなら、そう! スイーツ・オブ・パスターニャですっ!」
「す、スイーツ・オブ・パスターニャ?」
ドヤ顔でキメるシノア。
名前はこれと言って特に捻りはなく、そのままだが……
「パスターニャをスイーツって……本当なの、レインくん!」
後ろで見つめる二人がさぞ興味そうにシノアの料理を見つめる。
俺はコクリと小さく頷き、
「うん……すごく甘いぞ」
この一言で二人の好奇心が頂点に達したのか、すぐさま駆け寄って来る。
二人は食べて良い!? としきりに俺を見てくるが……
(これ、俺が作ったわけじゃないしな……)
細かなルールはルモンさんが決めているし……
とりあえず聞いてみるか。
「ルモンさん、この場合は……」
「レイン様以外の方の味見は許可しましょう。後はシノア様次第ですが……」
「わたしなら全然大丈夫です。むしろ食べていただけると、嬉しいです」
と、お許しが出た瞬間。
二人は同時にフォークを持つと、その未知なる料理に手を伸ばす。
「うわっ! なにこれ!」
「あ、甘いですぅぅ……!」
一口だけ食べた途端、二人の顔はさっきまでの輝かしい表情から一変。
一気に暗くどんよりした雰囲気に変わる。
「れ、レインくん。これ、美味しいと思う?」
「ん? 俺はこれはこれでアリだと思うぞ。確かに見た目と味のギャップは凄いが、食べられないほどじゃない」
「う、ウソでしょ……」
驚愕するロザリア。
シェリーは……まだ何口から食べているみたいだが、食べる度に顔を歪ませていた。
「うぅ……やっぱり普通のパスターニャと比べると、どうもギャップが凄すぎて自然と味がマズく……でもなんか癖になっちゃいます~~!」
なんかシェリーの食べる勢いが増してきた。
どうやら、よく分からないスイッチが入ってしまったらしい。
「ふ、二人とも……一体味覚どうなっているの?」
「どうって……別に普通だが?」
まぁロザリアと比べて良い物を食ってきたわけじゃないが……
「これで美味しいって言うなら、既に普通じゃないわよ!」
そんなに酷いか? 確かに少し甘すぎる気もするが……
「というかシノアちゃん。この上にかかっている紅いソースは何なの?」
あ、それ俺も気になっていた。
なんか不思議な味なんだよな……分かるのはただただ甘いってだけで。
後はほんのりとだが、トマトっぽい味もする。
「あ、えっとそれは……」
シノアは少し間を空けた後……
「す、すみません!」
と、突然謝罪。
みんながキョトンと彼女を見る中、シノアは答える。
「じ、実はそのパスターニャ……失敗作なんです」
「失敗作?」
「はい。ソースを煮詰める段階で調味料を間違えちゃってその……お塩の代わりにお砂糖を……」
「さ、砂糖だったのか」
どうりで甘いはずだ。
「本当はトマトベースのソースを作ろうと思ったんですけど、色々と他の作っている過程で変だなって気づいて……でも時間もなかったので」
「そのまま作ったってことか?」
「はい。一応色だけはって思ってルルの実も入れて、あと少しだけ作ったトマトソースも入ってます」
「よりにもよってすっごく密の甘いルルの実が入っているのね……トマトソース感がなくなるくらいこんなに甘くなるのも理解できたわ……」
理由は分かった。
だからシノアはさっきから、自信なさげな感じだったのか。
少し引っかかっていたから、理由を知れて良かった。
「ほ、本当にごめんなさい! レイン様! こ、こんなものをレイン様に口にさせてしまって……その、すぐに――」
「いや、待て」
「えっ……?」
料理を持っていこうとしたシノアの片手をギュッと握り、彼女の目を見ると。
「食べるよ。最後まで」
「た、食べるって……これをですか?」
「もちろん。結果はどうであれ、シノアが頑張って作ったことに変わりはないからな。それに、食べ物を粗末にしたら罰がある」
「れ、レイン様……」
「まぁ、確かに甘さは凄いが、俺は結構好きな味だ。だから気にするな」
「レイン様……ありがとうございます!」
瞳をうるうるとさせるシノアの頭に手をちょんと乗せ、休めていた手を再び動かす。
(うん、甘いっ!)
でも糖分は大事だからな。
過剰摂取はよくないが。
そしてものの数分足らずで……
「ごちそうさまでした」
完食した。
「中々個性いっぱいで良かったぞ、シノア。今度は”成功”した方のも食べてみたいな」
「は、はい! ぜひお作りさせていただきます!」
深皿を持って退避するシノア。
これで全ての料理の味見が終わった。
「さて、これで全てのお料理を食されたわけなので、審査に移りたい――」
バタンッ!
「「「「「……!?」」」」」」
突然開扉されるダイニングルームの大扉。
中に入ってきたのは屋敷の男性使用人。
慌てているようだが……
「何事ですか? 今は取り込み中ですよ」
「も、申し訳ありません! ですが、今すぐロザリア様にお伝えしたことが……」
「なに? 何かあったの?」
ロザリアは使用人の元へ。
耳を傾け、話を聞くと、
「……分かった。すぐに行くわ」
何かを聞いてから表情が激変。
さっきまでの笑顔から険しい表情へと変わった。