38.最後の願い
「そんな出来事が……」
「ロザリア様は不運でした。いずれ知ることになろうともその時が早すぎたのです。まだ幼かったロザリア様には尋常なる苦痛だったことでしょう。私でさえも、かける言葉がなかったくらいでしたから」
ルモンはその時のロザリアの顔を今でも忘れず、まるで昨日のことのように覚えているらしい。
その顔には涙はなく、ただただ喪失感だけが漂っていて、ロザリアがいつも見せていた輝かしい笑顔の片鱗すらも感じなかったという。
それが当時7歳の頃。
ロザリアが俺の前から姿を見せなくなった時と同時期に起こった出来事だった。
「その後は、どうなったんだ?」
「……実に残酷でした。年頃の少女の人生にしては誰よりも辛く、険しく、悲しい道をロザリア様は歩まれました」
「じゃあ……」
「ええ、ロザリア様はアルファイム家当主のシザーズ様の命令で遠く辺境の地へと漂流させられることになったのです。皮肉なことに、それを実行したのは最後までロザリアを庇っていたリリィ様……ロザリア様のお母上だったのです」
「そうだったのか……」
当時、ロザリアの母親がどんな心境で彼女を捨てにいったのか。
全くの赤の他人の俺でさえも、大まかなことは分かる。
多分、辛いなんて言葉じゃ片付けることは決してできないこと。
王国はまだ他国とは違い、貴族社会の概念が強くある。
それも王国六大貴族の一角ともなれば、それが顕著に現れる。
何せ国を動かしているのはそういった金と強い権力を持った貴族連中だからだ。
中でもアルファイム家は伝統を重んじる家系。
500年守られてきたものを途絶えさせることは決して許さない、許されるわけがない。
ロザリアは不運だった。ただただ運が悪かったのだ。
他の家の子に生まれていれば、こういうことにはならなかった。
アルファイム家に生まれたばかりに、彼女の人生の歯車が大きく狂ってしまったのだ。
「ですが、私はそんなロザリア様を見捨てることはできませんでした。それはもちろん母であったリリィ様も同じ。そこで私はリリィ様に頼まれたのです」
「頼まれた?」
「はい。彼女を……ロザリア様をお願いできないかと」
これは母であったリリィの最初で最後の願い。
大切な娘のため、今まで一度も会って話したことのない娘を守るための策だった。
「リリィ様は酷く後悔しておりました。シザーズ様の命令に背いてでも、娘と沢山話しておくべきだったと。自分が弱いばかりに娘を守れなかったと」
本当は沢山話したかった。
沢山遊んで出来る限りの愛情を注いであげたかった。
でもそれを阻害するくだらないモノがそれらを許さなかった。
逆らえなかった。
権力に勝てなかった。
圧に負けた。
積み重なる様々な後悔。
当時、リリィは泣きながらルモンに彼女を託したという。
「リリィ様は本当にロザリア様を愛しておられました。それ故に呪いの掟に縛られることの苦痛が強かったのでしょう。そんなリリィ様の姿を見ていたら私はいてもたってもいられなくなったのです。そして、私は何も言うことなく、ロザリア様を引き受ける決意を致しました」
「それで今に至る……というわけか?」
「はい」
「だがその後ロザリアの母親はどうなったのだ? 託すと言ってもバレるのは問題だっただろう?」
「その通りです。なので、リリィ様は一つのご決断をなされました。今後、ロザリア様が笑顔で過ごしていけるようにと、そう願って……」
「……まさか、ロザリアの母親は……」
「お察しの通りです。リリィ様はその後、証拠隠滅のためにお屋敷で自ら命を絶たれました。……シザーズ様を道連れにして」
「殺したのか?」
「恐らくは。原因は放火だそうで、憲兵団が駆け付けた頃はお屋敷は火の海になっていたようなのです。この一件でアルファイム家は没落、家主含めての全員死亡という調査処理となり、今ではその名前は歴史として刻まれ、この世から消えることとなりました」
「そのおかげでロザリアは今こうして自由に生きていられることができている、ということか」
「ええ。リリィ様のおかげでロザリア様は本当の自由を手になさったのです」
最後に残したリリィのメッセージ。
リリィからロザリアへの愛が生んだ悲劇。
彼女は身を犠牲にして、ロザリアの未来を守ったのだ。
「私はこれからも、死ぬまでロザリア様のお傍にいたいと思っています。それが私の仕事であり、使命なのです」
「……使命か」
と、その時。
――ピピピピピピ
ルモンの手元にあった魔道具が鳴りだし、料理対決の終了時間が告げられた。




