37.鉄の掟
私、ロザリア=フォン・アルファイムは由緒ある騎士家系に生まれた。
小さな頃から何不自由なく育ち、恵まれた環境と共に時間を過ごしてきた。
あえて不満を言うなら両親が仕事で忙しくて全然会えないということくらい。
それ以外は特に不満を持つことなく、日々を楽しく過ごせていた。
でも、あの出来事をきっかけに私の人生、いや人生も含めた全てが変わってしまった。
今でもそのことは鮮明に覚えている。
今からざっと10年以上も前の話だ。
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あれは、観測史上最大と言われた雷雨に見舞われたとある休息日での出来事。
両親が仕事から帰っていると聞き、ダイニングルームへと足を運んだ時のことだった。
「なに!? もう子は産めぬだと!?」
「も、申し訳ありません。その……あの子を産んでから身体の調子がおかしくて……」
「ふざけるな! では跡取りはどうするつもりなのだ? 我がアルファイム家の掟に背くつもりか!」
「い、いえ……決してそのようなことは」
ダイニングルームから聞こえてきたのは誰かの怒号だった。
ダイニングルームの扉は少し開いており、そこから一筋の光が漏れていた。
私はその小さな隙間から顔を覗かせ、中を見る。
と、そこにいたのは父上と母上だった。
怒号を飛ばしていたのは父上のようで、母上は椅子に座りながら、ただひたすら下を向いていた。
「母上……?」
私は今のこの状況がどういうものなのかさっぱり分からなかった。
なぜ父上が怒っているのか、母上が悲しそうな顔をしているのか。
私はしばらくそこにいることにした。
その理由を知りたいというのもあったけど、何より久しぶりに父上と母上の姿を見れたことに嬉しさを感じていた。
今まで面と向かって話したことはないけど、今日こそは話せるかも知れない。
そんな希望の方が強かった。
でも、そんな子供らしい理由で高揚する私とは対照的に父上と母上の空気は時が経つたびに重くなっていった。
「分かっているんだろうな? もしお前が”男”を産めなかったら、我が家の歴史はここで途絶えることになる。500年以上もの歴史を持つアルファイム家に泥を塗ることになるのだぞ」
「ぞ、存じ上げております」
「ふん、ならいい。それと、あれのことだが……」
「あ、あれのこと?」
「ロザリアだ」
(わ、わたし?)
突然出てくる私の名前。
会話の流れ的に何故出てくるのかは分からなかったけど、私はさっきよりも聞き耳を立ててその先を言葉を待つ。
「ろ、ロザリアが……どうかなさいましたか?」
震えた声で母上は問い返した。
その顔はどこか恐怖に脅えたように血相が悪く、胸元で組んだ両手はブルブルと震えていた。
だがその理由は次の父上の言葉ですぐに分かった。
父上は震える母上に不敵な笑みを見せると、こう言った。
「捨ててこい」
「……えっ?」
「ロザリアを捨ててこい、メリー」
(す、捨て……る? わたしを……?)
まだ幼かった私でも流石にこの言葉の意味は理解できた。
最初は冗談かと思ったけど、父上の顔は本気そのものだった。
私はこの言葉を聞いた瞬間、まるで機能停止したゴーレムのようにその場で立ち尽くした。
それは母上も同じで……
「す、捨てるって……本気でおっしゃっているのですか!?」
「ああ、私は本気で言っている。我が一族に女は必要ない。奴隷商人か娼婦館に売りさばいて金にした方がよっぽど今後の為だ」
「なぜ……何故です!? ロザリアは家族ではないのですか!?」
「ふふっ、家族か。どうやらお前はまだなにも分かっていないようだな」
「な、何がですか!」
先ほどとは一変して語調を荒くさせる母上に父上は低いトーンで話し始めた。
「我が一族には鉄の掟、またの名を三か条がある。一つ、家主は如何なる理由があろうと”男”がすること。二つ、跡取りは必ず王国騎士にさせること。三つ、アルファイムに伝わる伝統・慣習は如何なる理由があろうとも絶対優位であること。もちろん、忘れたわけじゃあるまいな?」
「そ、それは……」
鉄の掟。
それはアルファイム家に伝わる絶対遵守事項。
破った者はどんな理由があろうと、処罰が下される。
そして私が捨てられる最大の理由は跡取りになれない、つまり”女”であったことだった。
アルファイム家は古くから男性至上主義を掲げた生粋の男家系。
理由は王国騎士になる最低条件が男であることということだったからだ。
アルファイム家は500年以上の歴史の中で王国騎士の礎を築いた誉れ高き貴族家の一角。
その伝統は他の家の伝統などとは比べ物にならないくらい重く、そして何より重要視すべきことだった。
だが生まれた私はその伝統に反する”女”。
しかも私を生んだ反動で母上の身体はもう新たな生命を授かることができずにいたのである。
「とりあえず、ロザリアの件はお前に任せる。いいか? さっき言ったことは絶対事項だ。どんな理由でさえも覆すことは許されない。それだけは頭に入れておけ」
「……はい、分かりました……」
私はその時の母上の姿を今でもしっかりと覚えている。
脳裏に焼き付いて離れないほどに。
私はこの出来事で今まで不可解に思っていたこと全てを悟った。
両親が何故私と関わりを持とうとしなかったのかを。
そして、同時に深く知った。
私は初めからこの家に必要とされていない存在だったということを。