36.数年前の出来事
ロザリア=フォン・アルファイム。
か弱き一人の少女は王国六大名家の一角であるアルファイム家の娘としてこの世に生を受けた。
アルファイム家と言えば古くから六大名家として名を馳せていただけでなく、伝統ある騎士家系でもあった。
国内ではアルファイムの騎士という固有名詞があるくらい有名で、数多くの英雄騎士たちを輩出してきた。
その影響力は凄まじいもので、今までの王国騎士の礎を築きあげてきたのはアルファイム家だといっても過言ではないと言われるほど。
だがそんな歴史ある名家に生まれたばかりに、一人の少女は不幸を味わうことになった。
「ねぇ、じいや。お父様とお母様はダイニングで何を話しているの~?」
「残念ながら、私にもそれは分からないのです。お二人以外は私たち使用人も入ってはいけないと言われておりまして……」
「なんで~? 何か大事な話でもしているの?」
「恐らくは……」
「ふぅ~ん」
ロザリアは少し不思議そうに小首を傾げる。
こう思うのも無理はなかった。
何故ならロザリアの両親は彼女を執拗に避けていたから。
いや。
正確には、全然相手にしていなかったというのが適切か。
彼女の両親は親でありながら実の娘と会話の一つすらもしなかった。
生まれてからずっと、ただ忙しいという理由を付けて。
実際、両親は仕事上の関係で家にいることも少なかった。
だからロザリアは両親と会うことはあっても面と向かって話したことがなかった。
育児や教育も使用人に任せっきりで話し相手はいつもルモンだった。
まだ幼かったロザリアは最初こそは受け入れていたが、時を重ねていくごとに少しずつ不信感が芽生えていった。
もちろん。
当時から使用人を務めていたルモンには全て分かっていた。
伝統を重んじる文化が家内に強く根付いてあること。
それが若くて小さなロザリアに刃を向けるような出来事であることも。
それでもルモンはロザリアに真実を伝えることなく、いつもと変わらぬ接し方で彼女を見守り続けた。
いつかは知る運命にあると分かっていても、ルモンは伝えることができなかったのだ。
だがそんなある日、恐れていたことは起こった。
それは、ロザリアの何気ない一言からだった。
「ねぇ、じいや」
「どうなさいました、ロザリア様」
「一つ聞いても良い?」
「はい、何なりと」
その時のロザリアがどこか様子がおかしかった。
ルモンは何も言うことなく、ただロザリアからの質問を待った。
だがロザリアは中々口を開かなかった。
何かを恐れているような、重苦しい空気が辺りを支配する。
ロザリアの表情は間が空くごとに苦くなっていき、ルモンはそれを見て何か感じ取った。
これはただごとではないと。
「ロザリア様? どうなさいましたか?」
何かを察しながらも問うルモン。
でも自分からはこれ以上、催促することはなく。
ただ彼女自身から何かを話すまでじっと耳を傾け続けていると、ようやくその小さな口から”ある一言”が発せられた。
「……じいや。わたしって……いらない子なの?」
「……!!」
その一言でルモンの身体には耐え難い衝撃が走った。
そう、彼女はとうとう気づいてしまったのだ。
アルファイム家の鉄の掟を。
古くからアルファイムの騎士を名乗れるのは男だけだということを。