34.○○対決
「ごめんなさいね、お待たせしてしまって」
ノック音と共に扉が開き、入ってきたのは冒険者スタイルから日常スタイルに切り替わったロザリアだった。
「なんかすごい格好だな。普段からそんな感じなのか?」
俺の何気ない一言にロザリアはなぜか顔をしかめた。
「すごい格好ってどういう意味よ? いわれるなら、こう……可愛いとか言ってほしかったな」
「す、すまん。か、可愛い……ぞ?」
「なんで疑問形なのよ……」
ロザリアははぁとため息をついて腰に手を当てる。
いきなり叱られてしまった。
これもおとめごころというやつなのか?
「すごいきれいです、ロザリアさん!」
「はい! さっきの姿も素敵でしたが、今は一段と美しく見えます!」
「うふふ、ありがとう。普段着でそこまで言われると、なんだか恥ずかしくなってきちゃうわ」
普段着と言っても庶民がするような恰好ではなく、華やかな白基調のワンピースに頭には流れ星を連想させるような髪飾りをつけていた。
ロザリアの美貌がフルに反映された格好で、普段着にしては華やかすぎるくらい。
でもシノアたちは一般人からすれば全く間違った反応をしているわけではない。
ロザリアがより美しく見えたのは俺も同じだった。
「レインくんもここまで言ってくれたら、嬉しかったんだけどな……」
残念そうな素振りを見せつつも、顔は何故か笑っているロザリア。
何を狙っていたのか、分からないが奥の見えないやつである。
「さて、まぁ雑談はこれくらいにして。そろそろ始めましょうか!」
「ッ!」
「……!」
そのはじめましょうの合図でシノアとシェリーのめつきが変わる。
シノアに至っては菓子の方に伸びていた手が引っ込み、口の中にあったはずの菓子たちはいつの間にかなくなっていた。
(す、すごい気迫だな……)
二人の何がそうさせるのか不明だが、俺が介入する余地がないことだけは分かる。
こうなった以上、俺は三人の行く末を見守ることしかできないのだ。
「本当は3番勝負で決着をつけたかったのだけど、あいにく今日は用事があってね。今回は一つの項目だけで勝負することに決めたわ。ちなみその勝負内容は……!」
ゴクリと唾をのむ二人。
すると突然部屋に入り込んでくる屋敷の使用人たち。
みんなお盆で何かを持っており、それが所狭しとテーブルに並べられる。
お盆に乗せられていたのは魚や肉、野菜などの食材のようだが……
「お、おいロザリア。これはなんだ?」
「食材よ」
「は?」
「食材よ」
「いや、二回言わなくてもそれくらい分かる。俺が聞きたいのは――」
「なるほど、料理対決……ということですね?」
隣に座るシノアが食材をじっと見ながらそう口にすると、
「せいかーい!」
と、高らかに声を張り上げた。
「でもなぜ料理対決なんだ?」
他にももっといろいろあるだろう。
剣と剣を使っての模擬戦とか、組手とか。
「あのね、レインくん。一つ聞きたいんだけど、貴方が今考えている勝負って正真正銘の”戦い”でしょ? 剣を使ったりとかの」
「おお、よく分かったな。その通りだ」
「はぁ……これじゃあ二人が怒る理由もよく分かるわ……」
俺の内面の一端を知ったのか、ロザリアは今日何度目かわからないため息を吐いた。
「いい? レインくん。料理ができるというのは女性の力、いわゆる女子力を図るには持って来いなの。貴方がいうような勝負じゃ女子力なんて図れないのよ。ていうかそもそも女性として魅力を勝負するのに何で剣が必要なのよ」
「そういうものなのか? 女性でも強い人ってやはり魅力を感じるんじゃ――」
「レイン様はお強い方が好みなのですか!?」
「そうなのですか!?」
「お、おいなんだいきなり!」
突然言葉が遮られる。
と、同時に。
隣のシノアが顔をグッと寄せてきて、シェリーも向かいのソファからテーブルに身を乗り出してまで顔を近づけてくる。
あくまで世間を基準に考えたことだったのだが、二人は俺の好みと勘違いしているようで。
「どうなんですか、レイン様!」
「詳しくお願いします!」
「お、お前ら……何か勘違いしてないか? 俺はあくまで世の中全体を基準にしてだな――」
「はいはい、みなさん。他人のお屋敷でイチャイチャはそこまでにしてくださいね」
パンパンと二回手を叩き、ロザリアが二人の暴走を止めてくれた。
だがその直後、ロザリアは小さく口を動かすと、
「まったく……長い付き合いの私ですらまだそんなスキンシップとったことないのに……」
ボソボソっとつぶやいた。
「ん、何か言ったか?」
「いいえ、なんでもありません。どれもこれもレインくんが悪いんだといっただけです」
「なんでだよ」
そりゃあいくらなんでも理不尽だ。
こっちは勝負に巻き込まれている側なんだぞ。
「ま、そんな鈍感なレインくんには私のこの腕で落とせばいいだけだからいいんだけど」
またも謎発言を一発放ち、ロザリアはシノアたちに向けてルールの説明を始めた。
「じゃあ、気を取り直してルールを説明するわ。勝負内容は至って簡単。各々が料理を作ってレインくんに食べてもらう。そこで誰の料理が一番おいしかったかレインくん本人に決めてもらうの! 食材はここにあるものなら何を使っても構わないわ」
「要するに何を作ってもいい……そういうことですね?」
「ええ、その通り。ただ制限時間は一時間にするわ。長すぎるのはレインくんに申し訳ないからね」
縛りは制限時間のみ。
その間なら何をしても構わないフリー形式のクッキングらしい。
「わたしは大丈夫です! ばっちこいです!」
「わ、わたしも頑張ります……!」
やる気あふれる二人の影で、俺はソファに座りながら様子を見つめる。
というかこの勝負、審査員である俺が一番負担になっている気がするんだが……
(そもそも二人は料理なんてできるのか? ロザリアは昔から料理得意だったのは知っているが……)
「さて、ルールも知ったことだし、始めましょうか。今からキッチンルームに移動するからついてきて。レインくんもね」
「ああ、分かった」
「レイン様、待っていてくださいね。必ずは最高の料理を作ってレイン様のほっぺをガンガン落としに行きますから!」
「わ、わたしもガンガン行きます!」
「お、おう……頑張れよ」
俺と彼女たちでは見えている世界がだいぶ違うのだろう。
温度差が激しい上に、ただならぬ闘志を感じた。
(まぁ……ちょうど腹も空いてきたし)
ちょうど良かったと考えよう。
俺は気合溢れる三人を背中を見ながら、厨房へと足を運ぶのだった。