32.レストランにて2
「れ、レイン様のことが好きかどうかですか!?」
「わ、わたしたちが……ですか!?」
「ええ、そうだけど」
ロザリアの質問は唐突なものだった。
二人ともその質問を聞くなり、顔を真っ赤に染めながら何やらあたふたし始める。
「ろ、ロザリアさん。そ、その……好きって言うのは、つまり……異性としてってことですよね?」
「そうだよ。で、二人はどうなのよ?」
なぜそんなことが気になるのか。
俺にはさっぱり分からないが、ロザリアが二人に軽く詰問している。
二人はさらに顔を赤くすると、逆に何も喋らず大人しくなってしまった。
「あ~やっぱりそうなんだ~うふふ」
意地悪な笑顔で楽しそうにするロザリア。
同時に二人の本心も見抜いたようで、愉快そうにニヤニヤする。
そしてとうとう二人とも俯いたまま、完全に黙ってしまった。
「おい、ロザリア。そういう質問は止めておけ」
「えーなんで? 面白いじゃん」
「二人が気を遣うだろ。俺に対して」
当の本人がいる前で嫌いですなんて普通は言えない。
詰問されれば、思ってもいないことを口走ってしまうこともある。
二人からどう思われているのか確かに気になるところではあるが、心の内を打ち明けるにはまだ早すぎる。
「そういう思ってもいないことを無理矢理言わせるのは――ん?」
と、話している最中で三人の視線が俺に集中していることに気がつく。
何やらシノアとシェリーが顔を上げて、じっと俺を睨んでくる。
ロザリアは睨んではいないものの、何故か溜息をつきながら肘をつけて額に手を当てていた。
「お、おいみんなどうし――」
「流石のレイン様でも、さっきの言動は酷いです」
「えっ?」
「そうです。レインさんは乙女心というものが分かっていません!」
「お、おとめごころ……?」
フォローしたはずの二人から謎の攻撃を受ける。
ロザリアもロザリアで明らかな呆れ顔をこっちに向けて、また溜息を一つついた。
「レインくん、一応昔からの友人として言わせてもらうけど、さっきの言動はちょっといただけないよ」
「いただけない……? 何か悪いことでも言ったのか?」
思い当たる節はない。
むしろ俺は二人をロザリアの魔の手から解放してやろうと動いただけ。
逆にこっちが三人に問いただしたいところなんだが。
(なんか三人の目つきがさらに鋭くなったような……)
多分、俺が次に何を話すかで三人の態度が決まる。
正直、悪いことをした覚えはないが、それが無意識だったという可能性も無きにしも非ず。
シェリーの言う乙女心もよく分かっていないから、気づかぬうちに地雷を踏んでしまったのかもしれない。
一人が言うならまだしも複数人に同じことを指摘されるのは何かがおかしいのだとも捉えることができる。
ならば、今俺が取るべき最善の行動は……
「わ、悪かった。軽率な行為をしてしまって……」
謝罪一択。
こういう自分でもよく分からない場合は素直に謝るのが吉。
そうすれば流石に三人なら俺を無碍にすることはないはずだし、何より何が間違っていたのか、確認することができるかもしれない。
俺にとっては、乙女心というやつを学ぶ絶好の機会でもあるのだ。
「本当に反省しているの、レインくん?」
「あ、ああ……」
俺は一度だけペコリと頭を下げると、ロザリアは再びシノアたちの方に顔を向けた。
「と、言っておりますが。二人はどうなの?」
「こ、今回は許します。わたしたちを必死にフォローしてくれているのは分かっていたので……」
「わ、わたしも先ほどは少し言いすぎてしまってすみませんでした。レインさん」
ここで二人からお許しが。
ロザリアも二人の姿勢を見て、うんうんと頷く。
「良かったね、レインくん。でも、次からは気をつけないとだよ?」
「お、おう……」
何をどう気をつければいいのか。
その具体的な内容を知りたい。
このタイミングなら何が悪かったか聞けそう。
でもなぜだろう。
今はこのタイミングだからこそ、聞いてはいけない……そんな気がした。
「でもこれでレインくんがどれほど乙女心に鈍いか分かったよ。育った環境的にも仕方ないことかもしれないけど、このままじゃ二人が可哀想だよ」
「な、なんかすまん……」
今の俺にはただ謝ることしかできなかった。
だがロザリアはそんな俺を見るなり、ニコッと微笑む。
「これは私がレインくんとデートして、手取り足取り女性に対する扱いを教えるべきですかね」
「は、はぁ? お前、いきなり何を……」
話は何故かロザリアとデートしてその乙女心とやらを学ぼうという流れに。
しかしその話に真っ先に疑問を呈したのは俺、ではなくシノアたちだった。
「そ、それはダメですロザリアさん!」
「そ、そうです! で、デートだなんて……」
反対する二人。
いつの間にか対立の構図はさっきよりも大幅に変わっていた。
「でも、このままいってもレインくんは今のまま変わらないかもしれないよ?」
「そ、その時は……わたしから行きます!」
「わ、わたしもその時はその時だと思っています!」
バチバチと火花を散らし合う二人。
その脇で俺は音も立てずに三人をじっと見つめていた。
というかもう既に俺が介入できるほどの隙間は残されていなかった。
「なるほど、そこまでの覚悟があるということね。ならこうしましょう」
そうロザリアは前置きを。
そして流れるようにその内容を説明し始める。
「わたしと貴方たち二人でどちらが女性として魅力的であるか、勝負しましょ。勝った方はレインくんとデートができる。もちろん、二人きりで」
「で、デート!?」
「レインさんと二人きりでのデート……」
「お、おいなに勝手に話を――」
「レインくんは少し静かにしてて!」
「は、はい……」
もう俺に入れる余地はないみたい。
てか勝利した見返りが俺とのデートって、なんの勝負だよ。
でも二人の眼は真剣そのもの。
むしろ燃え盛るほどの闘志を何故か知らないが、ゾクゾクと感じたくらいだ。
二人は暫く黙っていたが、それから少し経ってスッと顔を上げると、
「わ、分かりました。その勝負受けて立ちます!」
「わ、わたしも望むところです!」
二人はロザリアの謎な挑戦状を受ける様子。
というか当事者である俺の意見はどうなるのだろう。
何かもう三人ともやる気だし、その中に割って入れるかと言えば難しいところ。
どうする、と頭の中で考えているうちに話はどんどん先の方へと進んでいく。
「じゃあ、早速場所を変えましょう。レインくんも一緒にね」
「あ、ああ……分かった」
結果、何も思いつくことがなく勝負がなされることに。
目の前には火花を散らし合う華たちが三つ。
そんな三人を見ながら、なぜこうなったのかも薄っすらと忘れかけそうになっていたところで、俺はふと思った。
結局、俺は何が悪かったのだろう。
……と。