03.レインと少女
「貴方がレイン・レイフォードさん……でしょうか?」
少女はそう問う。
俺は着ていたローブのフードを取りながら、
「そうだが……君は?」
逆に何者かを聞いてみる。
少女は手に持ったモノを床に置くと、被っていたフードを取る。
フードを取ると、露わになったのは栗色のセミロングヘアに翡翠の瞳。
年齢は大体18~20と言ったところか。
顔立ちはかなりの美少女で年齢以上に大人な雰囲気が出ている。
しかし美少女はその綺麗な翠眼で俺を見ると、さっきまで引き締まっていた表情が急に笑顔へと変わり……
「や、やっと見つけた……! レイン様……!」
「お、おいっ……!」
突然。
美少女はそう一言呟くと、布に巻かれたモノを持ちながら俺に抱き着いてくる。
(な、なんだこの子は……!)
出会ったばかりの美少女に抱き着かれ、動揺する。
だが少女の方も我に返ったのか「はっ」と気がつくような素振りを見せると、
「す、すみません! つい嬉しくなってしまって身体が勝手に……」
すぐさま謝罪してくる。
驚きの余韻が消えない俺は「ああ……」と気の抜けた声で返答。
再びさっきの質問を飛ばしてみることに。
「え、えっと……最初に戻るが、君は誰だ?」
そういうと少女はスッと頭を下げた。
「あっ、すみません。ご紹介が遅れてしまいました。わたしはシノア・クラウレと申します。レイン様をずっとお捜ししておりました」
「俺を……捜していた?」
と、言ってもこの少女に見覚えはない。
俺の記憶が間違いでなければ、初対面だ。
しかし向こうは俺のことをご存知みたいで……
「はい。わたしは貴方に、ずっとお礼を申し上げたいと思っておりました」
「お、お礼……? 何のだ?」
首を傾げ、そう問うと、少女は少し悲し気な表情を見せた。
「やっぱり……覚えていませんか。わたしは、貴方に命を救われたんです」
「俺が……君を?」
シノアは首を傾げる俺にうんと頷く。
そして同時に、その時のことを説明してくれた。
「二年前、わたしがまだレノファ剣錬学院に在籍している時でした。わたしは自分の剣技にさらなる磨きをかけるために危険級の魔物がよく出没するという森に赴きました。当時のわたしは自分の力を過信していました。優秀な成績を収め、魔物討伐も学生ながらたった一人でこなしていたわたしは怖いもの知らずだったんです」
シノアは続ける。
「森へ向かった後、わたしはその森で危険級の魔物と会敵しました。正直、その時のわたしは自信に満ちていました。何もかも一人でできると……でも、それは間違いだった。危険級の魔物は通常の魔物とは桁違いの強さだった。わたしの剣は悉く跳ね返され、終いには剣と心をへし折られる始末。何もできず、ただ目の前の脅威に怯え、死を恐怖していた時……貴方が現れたんです。そして……愚かだったわたしを魔物の手から救ってくれた」
思い出した。
確かに二年前、俺は一人の少女を救ったことがある。
顔はそんなによく見ていなかったから覚えていないが、出来事なら記憶にある。
その時の少女の服装が確かどこかの学校の制服だったから……。
彼女のいう出来事と俺の記憶の中にある出来事に恐らく相違点はないだろう。
「そうか。君があの時の女の子だったんだな」
「お、思い出していただけましたか!?」
「うっすらと出来事だけだが……」
「良かった……ギルドで初めて名前をお聞きした時はまさかと思っていましたが……」
「でもなぜその人物が俺だと分かったんだ?」
素朴な疑問。
俺はあの時、自分のことについて話した覚えは一切ない。
(魔物を倒した後に、すぐに場を去ったはず……)
だが少女はそれを聞くと懐に手を伸ばして一枚の紙を取り出し、俺に差し出してきた。
「レイン様が去った後、これが近くに落ちていたんです」
「これは……」
手に取り、見てみるとそれはだいぶ前に受けたクエストの依頼書だった。
NAMEと書かれたところには俺の名がお世辞にも綺麗とは言えない字で書かれており、承認を示すギルドの印が押されていた。
どこかで無くしたことは知っていたが、面倒だったので探さなかったのだ。
「これを手掛かりに俺を……?」
「はい。わたしは学院を卒業後、貴方を捜すために冒険者となりました。そしていくつもの都市とギルドを回り、情報を集めていたんです」
「その過程でこの街を訪れて、俺を見つけたと……?」
少女は無言で首を縦に振った。
「初めは半信半疑でした。ですが、物凄く強い剣使いの冒険者だって聞いて確信したのです。そして今日、たまたまレイン様がギルドから出てくるところを目撃して……」
「後を付けたってわけか……」
これで話の道筋は全て解明された。
少女は学院を卒業してから一年間、ずっと俺のことを捜していたらしい。
それも、命を助けてくれたお礼を言うために。
「あの時は本当にありがとうございます。あの時、レイン様が助けてくれなかった今頃わたしという存在はありません。今のわたしがあるのは貴方のおかげなんです」
「い、いや……そこまで畏まらなくていい。当然のことをしたまでだ」
「いえ、そうはいきません。わたしには命を助けていただいた分の恩を返すという義務があります」
「ぎ、義務って大袈裟な……」
「大袈裟なんかじゃありません。わたしはレイン様に新しい命を頂きました。その恩に報いなければ天罰が下ってしまいます!」
シノアは声を張り上げ、必死な顔でそう話す。
でもまさか人を助けただけでここまで言われるとは……
お礼を言うためだけにずっと俺の行方を捜していたってのも驚きである。
相当、あの時の出来事が彼女にとって衝撃的なことだったのだろう。
「レイン様、わたしにできることなら何でも言ってください。レイン様の為ならば何でもしますよ! レイン様がご希望ならその……ちょっと大人なことも……」
「い、いやだから……」
しかも大人なことって……。
自分で言っておきながら顔を赤く染めるシノア。
可愛らしいが、当然そんなことは望んでいない。
が、その時。
俺はさっきから気になっていたことを一つだけ、聞いてみることにした。
「そういえば、さっきからずっと気になっていたんだが、その布のやつはなんだ?」
「これですか?」
「ああ、見たところ剣みたいだが……?」
「そ、それは……」
少女は急に不安そうに表情を歪めると、言いにくそうに言葉を詰まらせる。
何か言えない事情でもあるのだろうか……?
もしかしたら触れていけないことを触れてしまったか……?
「べ、別に言えないなら無理に言わなくてもいい。少し気になっただけだ」
「い、いえ! そういうわけじゃないんです……」
「……?」
少女は周りをチラチラと見渡す。
店には俺とシノア。
そして後から入ってきたお客が数名いた。
「あ、あの……レイン様」
「どうした?」
「少し場所を変えてもいいですか? できれば人のいないところに……」
「あ、ああ……構わないが」
理由はよく分からないが、人目につかないところに行きたい模様。
俺はシノアの提案を受け入れると、街の近辺にある森林地帯に足を運ぶことになった。