27.慌ただしい朝
「んん……もう朝か?」
早朝。
俺は誰よりも早くに目が覚めた。
ベッドの近くにある魔道時計を見てみると、時刻は6時30分過ぎ。
ギルドが開く時間は8時からだから時間的に猶予はある。
「顔でも洗うか」
そう言って身体を起こそうとするが、それを阻むものが。
まるで茨のように両腕をガッチリと固定し、俺を離さない二人の少女の姿が目に映った。
「ああ、そういえば……」
前回に宿に泊まった時から寝る時の配置が決まっていたんだった。
俺を真ん中に置き、右にシノア、左にシェリーという挟まれる形で寝る位置が固定されていた。
例の如く俺は二人に腕を掴まれ、残念なことに寝返りもうてない状況が構築される。
だがそれは同時に何を意味するかというと、二人が起きるまで俺も起きることができないということ。
無理に剥がしそうとすればできることではある。
でもぐっすりと眠る二人を無理に起こすのに罪悪感があるのも事実。
せめて不公平さを無くすためにどっちかが起きていればいいんだが。
前のそうだったが、結局早めに目が覚めても、二人が起きるまで待っていたし。
「うーむ、どうしたものか」
何もしないまま、時間がだけが過ぎていく。
というか二人とも物凄い力だ。
少し力を入れてみても、ビクともしない。
(もう少しだけ寝るか……)
そう思い、再び頭を枕に乗せようとした時。
俺の腕を離し、むくむくっと起き上がる者がいた。
「ふわぁ~。あ、レインひゃま。おひゃようごじゃいましゅ」
目を擦り、大きな欠伸を一つ。
まだ脳が完全に起きていないのか、少々寝ぼけながらシノアが起床した。
「おはよう、シノア。よく眠れたか?」
「は、はい。眠れました~」
ようやく脳が動き出したか、いつの間にかいつものシノアに戻っていた。
そして俺はそのまま左腕の方にストンと目線を落とす。
朝食や準備のことも考えると、そろそろ起きても早い時間ではない。
現にシノアはもう起きたんだし、シェリーも起こそう。
「おい、シェリー。朝だぞ、お前も起きろ」
耳元から少し離れたところで声をかけてみるが、返答はない。
というかまったく反応を示さなかった。
よほど深い眠りについてしまっているらしい。
「シェリー、おいシェリー」
空いた右腕で軽くシェリーを揺すってみる。
しかし、これでもシェリーはビクともしない。
むしろ顔をニンマリとさせて、もぞもぞとするだけだった。
一体、なんの夢を見ているのやら。
「これは、相当深いところに行っちゃってますね……」
「だな。でももうそろそろ起こさないと」
時刻は7時近くになっていた。
朝食と準備の時間も入れると、そろそろ起床しなければいけない。
俺とシノアは二人がかりでシェリーを起こす。
そういえば昨日の朝も何だかんだでシェリーが一番起きるの遅かったな。
最初は疲れているだけだろうと、思っていたが……
「おーい、シェリー起きろー」
「シェリーちゃん、起きて~!」
身体を擦りながらも、声をかける俺たち二人。
その声の音量は少しずつ上がり、遂にシェリーの瞼がゆっくりと開かれた。
「お、置きたか? おはよう、しぇ――」
「レインしゃん、こんにゃところにいたんれすね~!」
「おおっ!? なんだ!?」
目を開けた途端、飛びかかって来るシェリー。
俺の上で馬乗りになり、半開きの瞼を向け、ニッコリと笑っていた。
「ど、どうしたシェリー? なぜこんなことを……」
「しょんなこと決まっているじゃないれすか~わたしとの結婚式の時に突然抜け出すんれすからぁぁ」
「け、結婚式? 何の話だ?」
トロッとさせた表情に色彩を失っている瞳。
どうやらシェリーは完全に寝ぼけているようだった。
そして夢の中で俺と挙式を上げている最中だと。
なんという夢を見ているんだ、こいつは……
俺は馬乗りになるシェリーをどかそうとするも、両腕を抑えられてしまう。
完全に身体を固定され、何やら良からぬことが始まりそうな雰囲気になっていく。
「し、シノア! シェリーを何とかしてくれ!」
身動きの取れない俺はシノアに目線を向け、助けを求めることに。
でもシノアは何故かシェリーの方を向いてぷくーっと頬を膨らませていた。
「お、おいシノア? どうしたんだ?」
何があったのかとそっと問いかけてみると、シノアはボソッと何かを言い始めた。
「ズルいです……」
「は?」
「シェリーちゃんばかりズルいです! わたしもレイン様と結婚したいのに!」
おいおい何を言っているんだこの子は。
というか、俺とシェリーが結婚する前提になんでなっているんだ?
あくまで夢の中での話だろ? いや、それも俺としちゃあ問題なんだが。
「と、とりあえずシノア。シェリーが暴走する前に止めてくれ。お礼が必要なら後でなんでもするから」
そう言ってしまったのがまずかった。
シノアはそのなんでもという言葉にピクリと反応をしてしまったのだ。
「れ、レイン様。その話、本当ですか?」
「あ、ああ! だから頼む」
迫りくるシェリー。
謎の怪力が俺を離さず、何故か彼女の接吻を求めるように顔を近づけてくる。
そんな俺の必死の懇願を目にしたシノアはニコリと不敵な笑みを浮かべると、
「分かりました! わたしにお任せください!」
一気にテンションがハイになったシノアはシェリーのおでこに一発チョップをくらわす。
「あ、あれ……? わたしはなにを……ってレインさん!?」
「お、おはよう……シェリー」
その一撃が功を成したか、シェリーは完全に目を覚まし、事態は収拾した。
何か重要なことを忘れている気がするが、まぁいいだろう。
とにかく今は朝食だ。
そんな慌ただしい朝を迎え、俺たちは朝の王都に繰り出すのだった。