02.ギルドからも追い出された……けど?
「それは、どういう意味で?」
俺は問う。
もちろん、裏切った記憶なんてなかったからだ。
髭の男はヘラヘラと笑いながらこう言ってきた。
「ゲインが嘆いてたぜ? お前、クエストの報酬の全額を横取りしたんだってな。しかもS級パーティー様のみしか受けられない高額な依頼だったそうじゃないか」
「横取り? 何のことだ?」
心当たりなんてない。
というかそこまでするほど金に飢えてはいない。
ありもしない事実を突きつけられ、戸惑っていると……
「なにも知りませんでしたって面だな。ゲインの言っていた通りだぜ」
「本当にゲインがそう言っていたのか?」
「ああ、そうさ。ホント、見損なったよ。まさかお前ほどの冒険者がそんな姑息なことをする人間だったなんてな」
「いや、ちょっと待て。それは誤解だ。俺は報酬金額を横取りした覚えはない」
「この期に及んでシラをきるってか」
「いや、だから……」
「――やっぱり、あの話は本当だったのか」
「――俺、レインさんの強さに憧れていたのに……」
「――幻滅だな」
周りからチラホラと聞こえてくる罵詈雑言の声。
この様子だと相当色々な人間に拡散されていると分かる。
そしてそこまでの人に影響をもたらすことのできる者は数えるほどしかいない。
S級冒険者はその一部。
要はこの作り話を拡散させたのは……
「あ~あ、せっかくS級まで昇りつめたのに哀れだねぇ~」
「くっ……!」
周りの冷たい視線が一挙に俺の方へと集中する。
そして周りから発せられる罵倒も声を次第に強くなっていく。
犯罪者だの、S級冒険者の恥さらしだの。
好き放題だ。
(マズイな……完全に信じ込んでしまっている)
今の俺は発言する権利はあっても説得できる力はない。
この罵倒の嵐を切り抜けるにはもう……
(一旦、身を引くしかないか……)
不本意。
実に不本意だが、俺は仕方なくギルドを後にすることに。
背を向け、出口に向かうとなんか「逃げた」とか「情けない」とか言われ始めたがどうでもいい。
(何とでも言ってくれ)
俺はそんなヤジに耳を貸すこともなく、スタスタとギルドを去る。
だがギルドの外に出たその時だ。
「おっ、レインくんじゃないか」
「ゲイン……!」
ちょうど鉢合わせになったのはゲインとその一行。
顔を合わせた途端、ゲインのニヤリと笑みを浮かべた。
「どうしたんだ? そんなに慌てて。なんかあったのかい?」
「ゲイン、なぜこんなことをする? 俺は昨日パーティーを抜けることを認めただろう?」
「こんなこと? はて、一体なんのことだ?」
あくまで俺は何もやってないと言うつもりか。
本来ならここで食ってかかりたいところだが、肝心の証拠がない。
要は何を言っても証拠はないだろう? と返されるのが関の山。
(クソッ……)
俺はこみ上げる怒りを我慢しつつ、
「……悪い。やっぱりなんでもない。じゃあな」
一瞥たりともゲインの顔は見ずにその場を去る。
だが俺には分かった。
あの人を嘲笑うかのような目。
犯人は確実にあいつだと。
「へっ、ざまぁないぜ」
「おい、止めろ。聞こえるぞ!」
いや、もう聞こえている。
でも俺は絶対に振り返らなかった。
正直なところ、相手をするだけ無駄だと踏んだからである。
ゲラゲラとご満悦に笑みを浮かばせるゲイン。
対して俺は何も言うことなく、ただ無言でその場を去ったのだった。
♦
「今日はクエストに行けそうにないな……」
場所は変わってとある大衆酒場。
俺は昼間にも関わらず、酒を飲んでいた。
「こうして飲むのも久々だな」
昼間から飲む酒は一味違う。
そして一人で飲む酒もまた、一味違った。
いつもはクエスト後にパーティーメンバーと酒場で打ち上げするのが恒例行事だったから、酒の席では隣に誰かしらいるのが普通だった。
元々一人で酒を飲んだりすることがあまりなかったので、新鮮と言えば新鮮。
最後に一人で飲んだのは冒険者になる前だったかな。
「はぁ……これからどうするべきか」
もう冒険者界隈では俺の噂はさらに広がっていることだろう。
別に気にしなければいい話だが、正直なところやりづらい。
あまり人に見られるのは好きじゃないんだ。
「はぁ……」
本日二度目の溜息が零れる。
まさかこんなことになるなんて思いもしなかったからな。
「これからどうするか……」
誰もいない酒場にて。
酒を片手に考え込んでいた――その時だった。
「あ、あの~……」
突然。
背後から聞こえてくる誰かの声。
声質的に女の子の声だった。
周りに客はいないから多分、俺に話しかけてきたのだろう。
俺はそっと声のする方向を振り向く。
……と、二つの眼に映ったのは布に包まれた”何か”を両手で持ったローブを着た少女の姿だった。