16.マスター
「ここです!」
「ここは……バーか?」
俺たち一行はシェリーの案内で例の宿屋の前へと来ていた。
入り口は宿屋というよりかは少し洒落たバーといった感じ。
街の路地裏にあり、人通りが少ない場所にあった。
「本当にここが宿屋なのシェリーちゃん?」
「そうですよ。何でも一年前くらいまではバーだったらしいですけど、改装と同時に宿屋にしたみたいで」
とはいっても外観だけだと微塵も宿屋に見えない。
バーと間違って入る人もいるだろうな……
「こんばんは~! マスターさんいますか~?」
少々古びた木製の扉を開けると、シェリーは大きな声でその”マスター”なる人物を呼ぶ。
すると……
「は~い、どなた~?」
と、その声に反応し、店の奥から声が。
それから数秒して奥から現れたのは……
「あら! シェリーちゃんじゃないの! 帰ってきたの!?」
ひらひらとフリルのついた可愛らしい服装に身を包んだ大柄の男。
見た目に似合わない甲高い声と乙女チックな挙動と言動で俺とシノアの目線は一気にその人物の方へ向く。
「ただいま、マスターさん!」
「あら、お帰り♥ ……じゃなくて、旅に出たんじゃなかったの?」
「えへへ……ちょっと色々あって帰ってきちゃったの」
サクサクと進んでいく会話。
たった少しの会話を見ているだけでも二人の関係の良さが伝わってきた。
「そうだったの……それで、そちらのキュートなお嬢さんとお兄さんは?」
「シノアさんとレインさんです。私を危機から救ってくれた命の恩人なんですよ」
「危機から救ってくれたって……まさかシェリーちゃん、差別魔に襲われたの!?」
「ま、まぁ……はい」
小さく頷くシェリーを見るやいなやマスターはまたしても見た目に似合わない軽いフットワークでシェリーの元に近づくと、
「ほ、本当なの!? 大丈夫? お怪我はしていないかしら?」
「だ、大丈夫ですよマスターさん。お二人のおかげで今はもう……」
「良かった……! 良かったわ~~~~!」
マスターはシェリーを両肩をガシッと掴むとぎゅっと力強く抱きしめる。
「ま、マスターさん! 力が……力がぁ!」
なんかシェリー滅茶苦茶苦しそうなんだが……
あの剛腕で抱きしめられたら、まぁそうなるなという反応だ。
「あら、ごめんなさいね。つい、嬉しくなっちゃって……」
マスターはシェリーから離れると、今度は俺たちの方へと視線を向けてきた。
「貴方たちがシェリーちゃんを助けてくれた恩人さんね。あたしはこの宿の宿主をしているルル。シェリーちゃんを助けてくれて本当にありがとう」
「れ、レインだ」
「し、シノアです」
「レインちゃんにシノアちゃんね。オーケー、覚えたわ!」
れ、レイン……ちゃん……?
そう呼ばれたのは生まれて初めてだ。
だがそれよりも……
(さっきから俺ばかり見られている気がするのだが……)
目を凝らし、ずっと見つめてくるマスター。
そしてしばらくしてから、ようやく口を開いたかと思うと……
「レインちゃん……貴方、中々いい漢ね」
「……は?」
「見た目は冴えない感じがあるけど、こう……見た目だけでは図れないほどの男らしさを感じるわ。それもビンビンに!」
な、なにを言っているんだこの人は……
いきなり喋りだしたかと思えば、よく分からない一言が飛び出す。
それもなんだろう……この背筋が凍るような謎の感覚は……
「うん、気に入ったわ! レインちゃん、もし貴方さえよければあたしのガールフレンドになってくれないかしら?」
「は、はぁ? が、ガール……?」
なんかよく分からないが、目をギラギラさせて近づいてくる。
その覆いかぶさってくるかのような威圧感はそこら辺の冒険者とは比にならないほど。
(まさか、こいつ……こう見えて相当な実力の持ち主なのでは?)
そんな風に迫られていた、その時だった。
「マスター、お客様にご迷惑をかけてはいけませんよ!」
またもや店の奥から聞こえてくる声。
今度は声質的に女の声のようだった。
「あら、マリィちゃん。もうお掃除は終わったのかしら?」
「はい、終わりましたよ」
マスターがマリィと呼ぶその人物。
コツコツという足音が大きくなってくると共に、その姿が露わになった。
「あ、あの耳……」
「狐人……なのか?」
現れたのは金色の美しい髪を持つ者。
一目で分かる特徴的な耳を持った狐人族の少女だった。