先ずは情報収集から
今年最後の更新です。
父親と母親のどちらにも見覚えは無い。黄緑色の髪をした父親は、柔和というより硬質な印象を与える顔立ちで、薄い青の目が冷たそう。
明るい茶色の髪をした母親は、ふっくらとした面立ちが優しそうだ、と見えるだろう。同じ色の目が日本人っぽい。さて、私はどちらの色を受け継いでいたっけかな。
7歳にもなれば、記憶はそれなりにあるもの。思い返してみれば、母親の色を受け継いでいるようだ。……ふむ。日本人を感じさせる色合いは良い。そこまで考えたが、もう疲れてしまった。熱を出したせいで体力が奪われているせいか。子どもの脳では難しい思考が出来ないせいか。
心配しているらしい両親を余所に、私は眠りについた。熱が下がってから数日。自分の身の上を理解した時は、絶望した。よりにもよって私達を不幸にした側の人間に生まれ変わるなんて、と。だが、とも思い直す。ある意味チャンスだった。この国のトップ達へ復讐するためには、奴等の生活も把握していなくてはならない。
幸い、5歳から徐々に勉強をする機会が与えられていた。淑女教育とやらも始まっている。何の知識と教養が、復讐の手助けになるか分からない。覚えられる事は覚えておくべきだ。ただ残念なのは、私が今世も女に産まれてしまった事だろう。体力が問題だ。
仕方ない。毎朝、体力作りで走ろう。復讐に体力は資本だ。それから国の内政や概要も知っておくべき。地理は覚えているが、どちらかと言えば、言われたままに歩いただけの感覚しかない。地名も観光資源も何も分からない。貧富の差も不明だ。そんなわけで、私は体力作りと共に休憩も惜しんで勉強した。
「サーシャ」
「はい、お母様」
「明日、あなたの伯父様がいらっしゃるわ」
「おじさま?」
母親から言われたのは、午後のティータイム。勉強の合間の休憩時間。普段は休憩を取らない私も、母親に言われてしまえば仕方ない。そこで、父親の兄が来る事を教えられた。
「サーシャの伯父様はね? 10年前この国を混乱に落とした偽勇者を制御してこの国を救った方なのよ?」
その言葉に目を見開く。私がスゴイ! と驚いているように思ったらしい母親が微笑むが、私はそんな事で驚いたんじゃない。あの時の2人のうち、どちらかと血縁者という事実を知って驚いた。そして自分の血が悍しいものに思えた。だけど。だけど、復讐相手に会えるなんて……幸運だ。そして、私達が死んでから10年の月日が経った事も理解した。
18歳でこの世界に召喚され、およそ8年。そして野垂れ死に。という事は26歳の年だった。それから10年。私は7歳。死んでから3年で転生したらしい。好都合だ。それから勇者がこの国にとって、どういう存在なのか、知っておくべきだ。
「ねぇお母様。偽勇者様って?」
「ああ、そうね。あなたに偽勇者の話をした事が無かったわねぇ。偽勇者は、異世界からこの国に魔物を退治するために召喚された人でね、魔物の討伐中に魔物に殺されたそうよ。でも赤い髪をした女性で、それはそれは力が強かったそう
よ。魔物を討伐出来る力があるから偽勇者でも必要で。だからあなたの伯父様が偽勇者を制御して、魔物を討伐させていたの。まぁ魔物に殺された後、国王陛下がその偽勇者が魔物を呼び寄せて国を混乱に落としたから、その罪を償わせるために討伐させていたみたい。皆に納得させふため、勇者と呼んでいたのよ?」
「偽勇者に赤い髪?」
「ええ。そんな薄気味悪い髪色だったなんて、本当に異世界から来たのかしらねぇ。もしかしたら人間では無かったかもしれないわねぇ。そうよ、力が強いなんて信じられないし。ああ、だから偽勇者だったのね。国を混乱に落としたなら魔物に殺されても当然だわ」
「お母様。赤い髪って薄気味悪いの?」
「それはそうよ。血の色をした髪色なんて気持ち悪いじゃない」
成る程。なっちゃんは、魔物討伐で死んだ事にされたわけだ。しかも、赤い髪は薄気味悪い上に、力が強くて人外だと思われた、と。その上、勇者として召喚しておいて偽物扱い。随分だわ。それと私の存在は無い事になっているわね。でも私は忘れていないわよ! ……本当に許せない。許せないけど、まだ私は7歳。あともう少しこの女の世話になる必要がある。
だけど。独り立ちしても大丈夫になったら、絶対許さない。
「お母様。伯父様に会うの楽しみだわ」
「ええ、そうね。色々お話を聞かせてもらいましょうね」
ええ、本当に。なっちゃんを苦しめた事、どれくらい覚えているか、聞かせてもらうわ。
私の復讐心等、両親も使用人も知らずに、今日を迎えた。伯父様とやらが現れる日。確か、魔物討伐に居た2人は、1人は魔術師。1人は騎士だった。魔術師は魔法の力が凄くて頭も良いから油断が出来ない。……但し、腕力は弱かった。
もう1人の騎士は、騎士と言うだけあって腕力は強くて時には素手で川魚を捕ったり野ウサギ程度なら絞め殺したりしていた。その捕ってきた獲物はもちろん、自分と魔術師の分だけ。私達には無かった。私達は自分で食料も確保していたわね。でも、頭は悪かったわね。
そして、悍しい事になっちゃんの目を盗んで、2人がかりで私の身体を暴いた下衆共。どちらであっても、私は許さないわ。
そうして現れたその男はーー。
吐き気に襲われながらも、私は両親に促されて挨拶をした。下卑た笑みを浮かべて頭からを撫でてくるこの男は、間違いなく、ずっと共にいた騎士だった。ええ、忘れていないわ。慰み者にされた恨み。子を宿せないように怪しい薬を飲ませた時だけは感謝したわね。こんな悍しい奴らの子を産まなくて済むんだって思ったもの。
でもそれ以上に、なっちゃんを貶して汚物を見るような目をして、陰口を叩いた事は、本当に許さない。死ねばいい。なっちゃんの事、忘れていたら許さないわ。覚えているか聞かせてもらおうじゃない。
……いいえ。今の私はまだ7歳。話を聞いて覚えていても、今の私じゃこの男を殺す力は圧倒的に足りない。なっちゃんの事を尋ねるのは、この男を殺す時だわ。覚えていようと忘れていようと、この男を殺す時に尋ねるべき。
だからそれまであなたに偽りの笑みを見せてあげる。油断してくれるならいくらでも。必ず力をつけて、あなたをきちんと殺してあげるわ。絶対生きていて頂戴ね。私が殺してあげるまで。
「伯父様。私に国を救ったお話を聞かせて下さいませ」
私が無邪気を装って頼めば、この下衆は話を聞かせてくれた。但し、なっちゃんが頑張っていた魔物討伐については、嘘をついて。成る程、これは私となっちゃんとこの下衆ともう1人の下衆にしか分からない内容ね。誰にも分からないなら、多少嘘を混ぜても分からないわね。
その嘘を暴ける時を楽しみにしておくわ。誰にも知られなくて構わない。私とこの男と2人きりの断罪でも、必ずその嘘を暴いて差し上げるから。
久しぶりの小説家になろう復帰。ご覧頂いている方がいらっしゃるなら、ありがとうございます。引き続き来年もよろしくお願いします。