最後の復讐・12
これにて本作は完結です。
本日2話更新してます。
「そういや、戴冠式なんつうご大層なモン、見たこと有りませんや。ふぅん。俺たちみたいなもんでも次が決まらないことは無能だと言ってるようなもんだと分かりやすが、それならこんな国、無くなった方がいいんじゃないですかい」
ヤン、はっきり言い過ぎだぞ、それは。
「お前隣国の出身だろう」
少年が無表情のままヤンをチラリと見る。
「まぁ」
それとこの話に関係があるのか、という顔でヤンが頷く。
「確かに無能ばかりの集団が上に居る国ならば滅びた方がいい、と思うかもしれないが。滅びる国の後というのは大変なんだそうだ。隣国はそういった歴史が無いらしいな。僕が聞いた話だが、ある小国では平和だったのに他国に侵略され王族は赤子を含めて全員処刑され、貴族だろうと平民だろうと男は奴隷として食べることすらままならないで働かされ、女は貴族だろうと平民だろうと弄ばれて妾にされるか飽きて殺されるか、という運命を辿ったと聞く。上が機能してなくても形だけでも存在しているというこの国は、まだマシな方だろう。つまり形だけでもあるというのは、これほど違うそうだ」
ヤンは気不味そうな顔をして頷いた。
「国があるのと無いのとではそんなに差があるんですかい」
「だが、無能が上に居ることが他国に知れることになれば、侵略される可能性もあるかもな」
少年が肩を竦める。
「一人残らず命を奪うわけじゃないのなら、寧ろ国が存続する方がいい、というわけか」
私の確認に少年が軽く頷いたが、軽く見せかけたのだろう、と思えた。
「だが、国王も王妃も王子達も碌でもない奴等だ。生きていても良いことはない、と私は思っている」
「それは僕も同じだ。……さて王子達はある場所に集まっている、はずだ。楽だろう」
手に掛けやすいだろう、という意味の楽という言葉。
「感謝する」
その気持ちに嘘はない。少年の後を着いていく。さぁ最後の復讐だ。
少年の後から王城の庭に面した回廊を歩きまた回廊から庭に出て更にまた回廊を歩く。……どこをどう歩いているのかさっぱり分からないが、別にそんなことは些細なことだ。
「ここだ」
少年が足を止めてドアを示す。三人の中では一番高いヤンの身長を軽く超えたドア。おそらく普段は二人かそれ以上の人数で開けるのだろうそのドアをヤンと少年の二人がかりで押す。ぎ、ギギギィという錆びているのか重さなのか分からない音を立てながら開いていく。
こんな音をさせたら中の人間に気づかれるだろう、と思う。騒がしくなるだろうことが予想されていたが、少しずつ少しずつ開いていくドアの向こうはやけに静かで。
本当にここに王子達が居るのだろうか、と首を捻りたくなる。
やがて人一人が通れるくらいにドアが開いて少年は少々弾む息を整えながら、最初にドアの中へ身体を滑り込ませた。
続いてヤンが身体を半分だけ中へ。さっと危険が無いか、確認でもしたのか、こちらへ、と手で招いて来るのでそれに合わせて身体を中へ滑り込ませると縄で身体を縛られて転がされている男と女が何人か居た。ついでにシーツか何か、布で口元が覆われているところから声を封じているようだ。……だがおそらく薬が効いているのだと思う。こんな姿にされても大人しくしているのだから。
その側ではベジフォードと王弟が立ってこちらを見ていた。
そしてベジフォードの隣から少し下がった辺りに先程の、少年。
ここにこうしてベジフォードと王弟が居るからには、転がされている男女達は王子たちと王子妃たちだろう。どうやら予定通り、というところのようだ。
「お疲れさん」
ベジフォードが気軽に声をかけてきた。……掛けた言葉は適当なのか不明だが。
「いよいよ最後、で、いいんだな」
ベジフォードの言葉はスルーして確認を取ればベジフォードが頷く。王弟をチラリと見ればこちらも頷いた。
「終わったら、なっちゃんと私が死んだ場所に連れて行ってくれ」
それが、願いだ。
強く望んでいると、王弟とベジフォードも重々しく頷いた。
この約束が本当に守られるのかどうかは、知らない。これが最後だから。
ゆっくりと確実に転がっている男女たちに近づく。慎重に顔を確認し、息を吐き出す。いつの間にか息を詰めていたようだ。
男達は先程葬った父と母に良く似た顔をしている。ーー即ち、王子達だ。
女達は生まれ変わってから茶会に参加した時に見た顔ぶれ。……それぞれ王子妃達だ。
「いよいよ、だな」
呟きながらナイフを鞘から抜き出す。ナイフの抜き身は血脂で汚れていた。これでは役に立たない可能性もある、と考慮して新しいナイフを取り出すことにした。
先程の血脂で汚れ血曇りをしていたナイフとは全く違う眩く輝く抜き身。
ふと、ナイフでも包丁でも刃こぼれしたモノで切ると中々切れない上に指でも切れば切れやすいモノよりも痛い、という話を思い出した。本当かどうか試したことは無いが。……試す気にもならない。
なっちゃんと私の受けた苦痛を味合わせるのなら血曇りのナイフの方がいいのかもしれないが、死ぬことに対する痛みや恐怖をコイツらに味合わせても、それでなっちゃんが喜ぶとは限らない。
あの子は……死ぬ間際までこんな目に遭わせたコイツらを恨みながらもそれ以上に、私を巻き込んだことを悔やんで死んでいったような心優しい子だから。私の自己満足を、彼女が生きていたら、私のように転生していて知ったとしたら。どう思うだろうか。
多分、喜ばないだろう。
復讐なんて、私の自己満足だ。私の独り善がりだ。それでも何度生まれ変わる機会が与えられたとしても、私はこの道しか選ばない。
……出来れば、なっちゃんに再会したら、仕方ないねぇ、と笑ってくれればいいな、と思うが。
まぁ、今はそんな感傷に浸っている場合じゃない。
一度深呼吸をしてからヤンを見る。
ヤンは「いつでもどうぞ」とでも言うように強くこちらを見ていた。
なるほど。私を待っていたらしい。
「後は頼んだ」
誰にともなくそれだけ口にして、手始めに手前にいた男たちのうちの一人の首を目掛ける。刃を当てて強く押し込もうとするが、結局力が足らずにヤンが上から押し込んでくれる。
温かさを感じる血飛沫。肉の弾力。
でも、もうこれが三度目だからか何の感慨も湧かない。作業のように次、次、とそれだけが脳裏に過ぎる。
「お嬢、終わりです。終わりやした」
ヤンに声をかけられてハッと意識が戻る。気付いたら男たちも女たちも土気色の肌に白目を剥いてどこからどう見ても絶命、していた。
「終わった、のか?」
目の前で手に手を重ねているヤンを見る。ヤンは「終わりやしたよ」と優しく声をかけてきてそうか、と納得した。
ナイフを改めて見れば、一本目よりも多い血脂で汚れている。周囲を何となく見回して、一本、その辺に落ちているのを見て、いつの間にかこれは三本目になっていたのだな、と頭が働く。
ぼんやりとした思考で何を考えるのかよく分からないままに、更に周囲に視線をやれば、ベジフォードと王弟、そして少年が此方をジッと見ていた。
ーーなんの感情も見せない、ただ石ころを見ているかのような、目。
そんな目で見る少年と、痛ましげな顔で此方を窺う王弟と、息を吸って吐いて呼吸を整えるベジフォードと。三者三様の様子。王弟はおそらく同情で。ベジフォードはおそらく血の臭いに気持ち悪くなって。少年はおそらくこの後の私がどんな行動を取るのかつぶさに観察して。
「終わった、らしい」
呟くように溢した言葉は、静かなこの部屋にかなり大きな声で響いたように聞こえ。
その声に現実が迫って来たような顔で、王弟とベジフォードが頷く。
「約束通り、彼女と私が死んだ場所に連れて行ってくれよ」
どこか終わったことに安堵したような表情になった王弟を見て、ずっと観察者の目をしている少年を見て、ある意味で同士だったベジフォードを見て。そして、最後の最後に相棒になっていたヤンを見て。
「お前のことは見捨てる。そう、言ったな。何があっても、私がお前を見捨てないで、逃げないと思っていたようだったが。そんなことはないと言った通り。お前のことは見捨てる。私は逃げる」
「お嬢」
「じゃあな」
ニヤッと笑ったつもりだったが笑えたのか分からない。一つ言えるのは、残った力を振り絞って、渾身の力で自分の喉にナイフを押し込んだこと、だろうか。
ヤンの手が振り払えなかったのは、残念だったかもしれないが。
けれどもその手を振り払わなかったからこそ渾身の力が出せたのかもしれない。
「女神、きさまに、対価を、払えなかったな」
ゴフッ
血が口の中に溢れ返る。
それでもまだ喋れる。
口の中が錆の味がしているが、それも直ぐに分からなくなるに違いない。
『やれやれ。あなたに少しでも恋愛感情が灯れば直ぐにでも対価に出来たのに。全く無いとは。転生させても対価がもらえないなんて……。と言いたいところだろうけど。そうでもないのよね。あなたに恋愛感情が無いままだったのならば、あなたにも言った通り、あなたのことを女性として愛した男の気持ちをもらうだけだわ』
女神の声が聞こえてきた。
身体の力が少しずつ抜けている所だ。
首に当てたナイフの感覚も、痛みもよく分からなくなってきている。まだナイフを私の手は握れているのか、それもよく分からない。
さらに。
耳鳴りがしているし、目も霞んで来ているので女神の姿が分からない。それともまだ力とやらが戻っていなくて姿を現すことが出来ないのかもしれない。
併し。
「私を、愛して……? そんな、やつ、いるものか」
変なことを言う女神に嘲笑ってやる。
また口の中で血が溢れる。
『そう思っていてもいいわ。でも、対価はもらえる。これは間違いない。さぁ、おやすみ。あなたの魂は、あなたが望んだように、勇者の元へ送ってあげる。友人としてではあるけれど、あなたの想いもまた、愛情。勇者の魂もまた、友人への愛情が深かった。だから、異例ではあるけれど、互いを想い合える二人に敬意を払い、あなたの魂を勇者の元に送ってあげる。眠りなさい』
感謝する。
その一言は口に出来なかったけれど、多分女神には届いたのだろう。どういたしまして、と柔らかな声音が耳鳴りのする耳に聞こえた。
意識がもう、朦朧とする。
ああでも、眠っていい、と女神が言っていたか。ならば意識が朦朧としても構わないのだろう。多分、目を閉じたのだと思う。感覚が無くなってきているから分からない。
もしかしたら女神の声すら幻なのかもしれない。けれど、眠っていい、と言われたのだから眠ろう。
私の復讐は終わった……はず、なのだから。
私を愛した奴が居る、とか、女神は言っていた気がしたが……そんなこと、信じられない。復讐に彩られた人生しか送っていない私を愛する者なんて、そんな物好きがどこにいるというのか。
対価を貰えないことに対する女神の八つ当たりかもしれない。済まないな、女神。
だが、復讐を果たさせてくれたことは、感謝する。
……ああ、それと、なっちゃんにあえるのはひさしぶりで、たのしみだなぁ。
「お嬢……」
俺ァの手ごと、自分の喉にナイフを突き付けたお嬢。幸せそうにお前を見捨てて逃げる、と笑った俺ァの女神。
対価を払えない、と言ったお嬢に対して、空から声が聞こえてきた。
無表情だった少年すら驚いたような顔をしている。王弟とかいうやつとベジフォードも驚いた顔をしたが、直ぐに気を引き締めたような顔になった。
お嬢と女神とやらのやり取りが続いて。お嬢はお嬢が望んでいた勇者の元に魂が行けると知って喜んでいるようだった。最後はとても嬉しそうに笑って、目を閉じた。
俺ァはそれを見届けた。
『ヤンと言ったな』
まだ響く女神とやらの声に「ああ」と頷く。
『そなたの願い通り、サーシャとして生まれ変わったこの子の転生の対価として、そなたの恋心をもらうことにする』
「俺ァの気持ちで良けりゃ」
『ただ、恋心だけでは軽過ぎる』
女神とやらの声に深刻さがあって、どういうことだ、と思わず聞いた。
『サーシャが復讐を願ってそれに呼応して転生させたけれど、本当に復讐のみで生きるとは思っていなかった。どこかで、復讐を躊躇い、自分の幸せを願うのではないか、と思っていた。まさか最後の最後まで復讐に身を投じるとは思ってもいなかったのだ。人間とは時に神の思惑を飛び越えるものだ、とつくづく思わされた。だが予想を超え、最後まで復讐に身を投じ、更に本当に誰にも心を許さずに死んでしまったサーシャだから。そなたの恋心程度では、対価が間に合わない。他に、サーシャに恋心を抱いた者が居たのなら、そちらからも対価をもらえたがその可能性も無い。故に、そなたが払うのはサーシャへの恋心だけではない。それを取り上げるだけでなく、そなたの記憶からサーシャに関する全てを取り上げる。そなたが出会った、あの子の前世の記憶も、だ』
さすがに、それまで取り上げられるとは思っておらず、声すら出てこない。
『本来、サーシャが誰かに恋をしていたのなら、そなたから記憶も取り上げることは無かったのだが……』
「そ、れは。お嬢の記憶じゃなくて、他のものではダメですかい」
俺ァにとって、お嬢の記憶は、俺ァの人生の全て。それを取り上げられるのは、俺ァにとって死に等しい。だったら、命をくれてやるのではダメだろうか。
『そなたの命、になるが?』
「それでお願いしやす」
女神が俺ァの望む方法を持ち出してきた。お嬢の記憶を奪われるくらいなら、命を差し出す方がいい。即答すると、空から降ってくる声に溜め息が響いた。
『いいでしょう。そなたの恋心と命。それと引き換えに、サーシャの対価と見做す。併し、それでいいのか? あの子の転生はあの子自身が払わなくてはならないものだというのに』
「お嬢に拾われて永らえた命をお嬢のために擲つなら構いやしやせん」
『いいでしょう。……王弟、ベジフォード。そなたらは、サーシャの復讐心を利用して、この国の腐敗を止めた。その責任がある。分かっているだろう。故に、この国を、そなたらは身命を賭して良くせねばなるまい。だが、その前に、サーシャとこのヤンの身体を、必ず、勇者と前世のサーシャが死んだ土地に埋めよ。それはサーシャを利用したそなたらの義務である。そなたらの手で必ず行え』
厳かな声が朗々と響き渡ったのを聞いて、王弟とベジフォードが深々と頭を下げて返事をしたのを見届けたのと同時に、俺ァの心の臓の鼓動が止まったーー。
ーー王弟とベジフォードは、サーシャとヤンの遺体を丁寧に勇者達が死んだ土地に埋葬し、その後、死ぬまで国に尽くした。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
これにて本作は完結です。
主人公に恋愛感情を持たせるか否か、それが途中まで定まらないままでしたが、この結末で良かったと思っています。ありがとうございました。