最後の復讐・11
ヤンが中に入り続けて入ろうとする前にヤンは少年に「入れ」 と一言。ああ、少年を疑っているからこそ、先に入れ、と言っているのかと納得。少年も疑われていることが分かっているように素直に入った。王妃はその間も高笑いを続けている。そして最後に入った時。
王妃と目が合った、気がした。
一瞬のことだし、気のせいか。
まぁ仮に気のせいではなかったとしても、だからどうしたというものではあるけれど、もしかして、実は正気なのではないかと胸に過った。……だからといって止める気はないが。
一歩ずつ王妃に近づく。
高笑いを続け、視線が彷徨い続けている王妃の姿に、いつかの姿が蘇る。
「これが勇者? 二人共変な服を着た女じゃないの。こんなのが役に立つわけ? というか、片方は赤い髪をしているじゃないの! 気色悪いわ。本当にこんなのが、こんなバケモノが勇者だと言うの!」
侮蔑の視線と嫌悪と怖気の表情。
……かつて私となっちゃんがこちらの世界に召喚された時に見たこの女に浮かんでいた表情。かつては二十代半ばだっただろう若さ溢れる麗しい顔が四十代に入っただろう皺とくすみの多い顔へと変化していた。
歳を取るにも綺麗な取り方と醜い取り方がある、と聞いたことがある。
笑顔いっぱいの人生を歩んだ人は若々しく歳を取るらしいが、人を貶したり虐めたりした者は、その時の醜い表情のように老いていく。
この女は当然後者だ。
何しろ年齢から考えても顔に刻まれた深い皺はさらに二十年は歳を取ったように見えるのだから。
同情などしない。
寧ろ嘲笑だ。
大ぶりのエメラルドやサファイアが付いた指輪を全ての指に付けていたりルビーの首飾りをかけていたりレースがふんだんに取り入れられたシルクだろうドレスを着ていたかつてのゴテゴテとした浪費家の王妃の姿などまるでないのだから。
その国の頂点に立った女が今の自分を受け入れられずに狂ったのだろうと推測出来る。他の理由などあるかもしれないが、その辺はさして興味がない。
「ああ、やっと、だ。やっとこの時が来た」
気付けば零れ落ちた言葉に潜む歓喜の声音に自分で気付く。
ーーそうだ。
私はこの女を手に掛けられることがとても嬉しいのだ。
「随分と嬉しそうですが、さっさとやらないとこちらが手を出しますよ」
人の歓喜に水を差すようなことを言われる。当然少年だ。
チラリと視線を見れば早くこの女を仕留めたい、という獣のような目をしている。私の目も同じような目をしているだろうか。
急かされたから、というわけではないが、確かに長く此処に留まって誰かに気付かれてもばかばかしい。まだ王子達が残っている。
ふぅ
息を吐き出してからナイフを手に取る。
心臓目掛けて刺せるだけの力がない。
だから最初から喉を狙っていた。
ヤンに視線を向ければすぐに王妃であった女を拘束する。
その時、だった。
「無礼な! 下賤な者が気安く触れるな!」
どうやら正気に戻ったらしい。……いや、もしかしたら狂っているように見せかけていたのかもしれない。
まぁどちらでもいい。
ナイフを高々と掲げれば。
「そなたたち、わたくしは高貴な者。下賤の身に触れられて死ぬなどわたくしの誇りにかけて許されることではない! お下がり! そなた達に殺されるくらいならば自死をする!」
この女の居丈高な言葉も声もどうでもいい。私は無言でその喉にナイフを突き刺した。
「お前のような女の矜持など知らん。私は私となっちゃんを殺したお前達に復讐しているだけ。お前達の矜持などに付き合う気などない」
皮膚が裂かれる感触や同時に飛び出す血の臭いや弾力のある肉の感触がナイフ越しに伝わるし、何かを言おうと口を開こうとしてヒュウヒュウ鳴る息も聞こえてきて、やはり力の足りなさを実感する。
だが、ヤンがすかさず私の手の上から手を握ってナイフを押し込んでくる。
「済まない」
「これが俺ァの役割だ」
淡々と謝れば緩く首を振ってヤンが答える。その間に少年が更にトドメとばかりに心臓だろう位置にナイフを突き刺した。
ピクピクと痙攣する女の全身。
末期の息。
生臭く生暖かい血。
急速に消えゆく両目の光。
冷たく硬直していく身体。
誰がどう見ても、女は息絶えていた。
仮にこれでもまだ息を吹き返したとしても、どのみち誰かが異変に気づいてこの女を助けようとする前には、間違いなく死ぬだろう。
「次だ」
私の声に少年が感情がまるでない目で此方を見た。
「なんだ」
「君は何者だ。今、間違いなくこの国の言葉ではない言葉を使っていただろう」
そういえばお前のような女など知らん、と日本語で応えたような気がするな。……そうか、しまったな。あの女に、どうして自分が下賤な者の手にかかって死ぬことになったのか、理解させられなかった。咄嗟とはいえ日本語では意味がなかった。
ーーまぁいいか。
どうせ聞こえていようがいまいが、復讐することに関係はないからな。
少年の質問に答えることをしなくても、少年は咎めないだろう。私が尋ねない、と言っているのに自分は尋ねているのだから。
「勇者の友人だ」
だが、簡潔にそれだけ答えた。少年は、目を見開き驚いたようだが、次の瞬間には無表情に戻った。
「そうか」
真偽を尋ねて来ないがその辺は気にしない。どうせもうすぐ終わるのだから。少年が納得していようがいまいが関係ない。
檻から出て、帰りは最初からヤンに手を引かれて階段を降りていく。体力が無いのは仕方ないと割り切った。なんでこの身体はこんなにも体力がつかないのか。階段を降りるまでに考えてみたら、記憶を思い出す前の自分の食生活があまりにも悲惨だったことに気づいた。
野菜と果物ばかりで肉も魚も食べない。嫌いなのではなく、料理長があまり出さない。どうやら令嬢というのは痩せているのが美しい、というこの国の基準のせい、らしい。その基準のせいで食事の量も日本人だった頃の私が中学時代に食べていた量の半分程だった。……育ち盛りにそんな少量で体力がつくわけがない。
というか、そんな少量でよくここまで成長出来たな、と自分で感心した。
置いといて。
階段を降りきり、塔を出る。少年の後を着いて行き、残るは王子達。
此処までは順調だったが気を抜かない方がいいだろう。先程のように見回りの奴らと出会さないとも限らないのだから。
「それにしても一度外に出たのは何か理由があるんですかい」
呟きくらい小さなヤンの疑問。
確かに国王の殺害後、王妃ではなく王子達を先に仕留めた方がやり易かっただろう。
だが、その理由に察しは付いていた。
「確かに国王の次に王子達の方がやり易いだろうが、命令系統の問題だろう」
「それに気付くとは」
私が答えると、少年がそのように相槌を打ってきた。
「まぁそんなところかな、と思っただけだな」
ヤンの疑問に道すがら答える。
「この国で一番偉いのは国王だ。その次が王太子だがどういうわけか、現状では王太子位に着いている者が居ない。第一王子はあくまでも第一王子で王太子ではない。王太子の位に着くにはその会議が開かれ、賛成が多ければ候補に選出される。その後、何の問題も無ければ戴冠式が行われる。国王や王妃もそうだが王太子と王太子妃も戴冠式が行われて初めて王太子と王太子妃として国内外に認められる。私の知る限りその戴冠式がずっと行われていない」
……というか、王子達、そろそろ三十歳を迎えるか過ぎてるか、ではなかったか? そんな年齢まで王太子を決めてないってどうなんだ。それだけ王子達の誰かが次の国王になることを反対されている、ということなら……。
まぁ王子達の資質に問題があるということだよな。決めていない理由はさておき。そんな問題ある王子達なら、やはり生きていてもいいことなど無いだろうから、手を掛けることに躊躇いが生まれなくていい。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
次話で完結します。本日中の投稿です。