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最後の復讐・9

 王城の表門ではなくいくつかある裏門のうち、尤も小さな門の前に人を待たせる、とベジフォードは言っていた。果たして……私の同じくらいの年齢の少年がいた。城の使用人だろうと思っていたが、まさかこんな少年を寄越すとは思わず、ちょっと声をかけるのを躊躇う。

 だが、少年の方が先だった。


「アンタたちがフォード様が言ってた使者?」


 ベジフォードから、フォードという名前で使者が尋ねてくるように伝える、と前もって打ち合わせしていたので、少年の質問に軽く頷く。


「じゃあ着いて来て」


 少年の後を着いて微かに開いていた裏門に身を滑り込ませる。城内でもあまり人が通らない場所らしく、通り道に草が生い茂っていた。通らないから手入れも怠っている、という事なのだろう。

 後を着いて行きながら身体に震えが走る。どうしても突然、此方の世界に召喚された時のことを思い出してしまう。

 あれは言うなれば目覚めることのない、悪夢ーー。

 蟻地獄のように一度落ちて引き込まれたら二度と這い上がることの出来ない、そんな悪夢。そして。

 悪夢から目覚めても悪夢は続き、今、ようやくその悪夢を打ち砕くことが出来そうだ。


「なっちゃん、私たちが死んだ場所に会いに行けなくてごめんね。でも今度こそあなたに会いに行くから」


 他人に聞こえないくらい小さく小さく呟いてなっちゃんに改めて祈る。彼女の冥福と、私となっちゃんが精一杯生きたことは何一つ間違っていなかった、ということを。

 あの世とやらが有ったとして。もしもなっちゃんが溜め息混じりの呆れ顔で迎えに来てくれるのだと考えれば。この人生も悪くないのではないか、と言える。まぁ死んでみないとなっちゃんがお迎えに来てくれるなんて分からないことだけど。信じるくらいは、自由だからね。

 少年が不意に止まるよう合図を出して来るので足を止める。息を潜めて窺うと見張りだろうか騎士が向こうから歩いて来るのが見えた。

 少年の手の合図から回廊の手前の叢に息を潜めてしゃがみ込む。足音がゆっくりと近づいて来て、それから止まった。


 ーー止まった⁉︎


 内心焦るが急に動き出す方が拙い、と更にしゃがみ込んで騎士が居なくなるのを待つ。程なくして再び足音が聞こえ、去って行くのが聞こえた。少年が足音が聞こえなくなったタイミングでそっと伸び上がり誰もいないことを確認したらしく、回廊に入り込んで歩き出した。当然同じように回廊に入って周囲を窺いつつ再び少年の後を着いて行く。

 それからどれほどの時が経ったか。取り敢えず来た道を案内して欲しい、と言われたら覚えていない、と速攻で断ってついでに胸を張れる自信もあるくらい、既に王城の中は入り組んでいて分かりにくい。

 分かり易い城は人に襲ってくれ、と言っているようなもの。だから攻略されないための城造りというのは間違っていない。

 そうして少年による案内が唐突に終わった。


「ここです」


 そう言われてドアの前に立たされているが、此処は何の部屋だ、と訊ねる前にサッと少年が入り込み早く入れと誘われる。

 ヤンが先に入って頷くので入れば、侍女らしき女や護衛らしき男が数人倒れている。


「これは」


 微かに呟けば少年が寝てもらっているんですよ、と事もなく言う。倒れている者達を放ってサッサと奥へ足を向ける少年に着いて行き更にドアが見えた。


「このドアの向こうが、国王の寝室です」


 あまりにもあっさりと部屋の主について口にした少年をちょっと信用出来ずに、チラリと見やる。本当にコイツはベジフォードの手の者なのか、と。


「疑っていらっしゃいますね。でも本当です。僕も国王には恨みがあるので。でもあなた方に任せるように言われているので案内役を請け負いました」


 国王に恨み、ねぇ。

 まぁ嘘でも本当でもこの奥にソイツが居るというのなら、どうでもいいか。

 ヤンが確認するように中に入り込む。直ぐに顔を出して「お嬢、間違いない」 と言うので少年にはここで待つように言って中に入ろうとしたのだが、それより先に少年が入ってしまった。


「おい」


「言ったでしょう。恨みがある、と。一矢報いる機会なのです」


 所作の綺麗さといい、今の言葉遣いといい、少年は貴族出身のようだ、と判断出来る。

 だが、深い事情を知ろうとは思っていない。


「分かった。好きにしろ」


 一矢報いるがどんなことなのか、知らないが好きにさせておこう、と判断する。万が一にも裏切られたらそれまでだから。

 ベッドに寝ているヤツの顔を見て、不思議な感覚だった。

 怒りに恨みで心が狂うだろうと思っていたのに、心は実に凪いでいた。だからといって復讐を止める気はもちろん無い。

 妻に刺され、一時は命が危なかったようだが今は回復している、らしい。だが命の危機を脱した程度で油断はならないという診断を医師が下したそうだが、そんなことはどうでもいい。

 恨みつらみを言い聞かせてから死なせるつもりでいたが、わざわざ起こして騒がれる方が面倒だ、とナイフを取り出す。

 叫ばれるのもまた面倒だ、と使用していない枕を顔に押し付け、ヤンに枕から手を離さないよう頼んだ。非力な私では心臓にナイフが到達する程の力は込められないだろう。

 一応伯父であった騎士の時は酒がかなり効いていたから非力でも何とかなったが、こちらは酒を飲ませているわけじゃない。

 瀕死の状態から回復しただけとはいえ、暴れないとも限らない。

 ーーだから喉を掻き切る事にする。

 その、予定だったのだが。


 ザッ


 という音が聞こえた時にはシュツという音と共に国王の首から血が噴き出ていたーー。


 思わぬ事態に目を見開き、その相手……少年を見る。


「何故」


「言ったでしょう。恨んでいる、と」


「聞いたな。だが何もするな、と言われただろうが」


 それには答えず少年は国王を見ている。こちらもまだ生きているようで呻く声が枕の向こうから聞こえて来たのでトドメとして身体のあちこちを刺してやる。苦しんで死ねばいいと思うのは確かだが恨みを込めて刺したくなるのも確かで、喉の掻き傷から流れ出る血などものともせずにむちゃくちゃに刺してやった。


「随分むちゃくちゃに刺しましたね」


「恨みを込めているからな」


「僕以外でこんなに恨んでいる人が居るなんて思ってもいませんでした。あなたが手加減するかもしれないから先手を取りましたが、これなら疑う必要も無かったですね」


 今度はこちらが答えなかった。それに返事をする意味など無いと思っていたから。互いに余計な詮索など無用である。


「絶命した、ようだな」


 仮に出血が多くて意識を飛ばしただけだとしても直ぐに死ぬのは時間の問題だろう。


「倒れている使用人達はいつ目覚める」


「もうそろそろか、と。次に行きましょう」


 少年に促されるが、取り敢えず脈と呼吸の有無を確認し、無さそうだと判断してその寝室を後にした。寝ているように見せかけるも何も血飛沫の部屋では無意味だろうから放置する。使用人達はまだ寝ているので悠々と部屋を後にした。……実際に寝ているのかそれとも当身を喰らわせたとかで物理的に意識を失わせたのかは知らないが。

 再び少年の後を着いて行く。夜とはいえ見回りの護衛や侍女達に会わないのは少年が人に会わない通路を通っているのか、それとも別の意味があるのか。今度はいつの間にか外に出ていた。


「こんなに入り組んだ通路を灯も無しによく歩けるな」


 つい、口から溢れでた言葉。

 詮索めいたことを言ってしまいハッとして「済まない」と謝る。


「何故謝るのです?」


 少年が振り返らずに問いかけてくる。


「詮索されたくないだろうに。私も詮索をされたくないからな」


「詮索という程のものではないでしょう」


「それでも、だ」


 もう一度済まない、と口にすればお気になさらず、とだけ返された。それ以上は互いに口を閉ざす。前に少年。後ろにヤン。挟まれて動く私は灯が無いので足元がやや不安だが文句は言えないので前を歩く少年を見失わないように神経を尖らせて着いて行く。

 いつの間にか随分と古ぼけた城よりかは低いがそれなりに高い塔まで到着していた。


 その塔は見上げるだけの高さがあるが、取り付けられたドアの古さから年月を感じさせた。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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