最後の復讐・8
「決行はいつにする?」
ベジフォードの問いかけには王弟に視線を向ける。此方は、明日でもいいが準備は必要だろうから。
「難しいな。国王と王妃は明日でも何とかなるが王子と王子妃達が厄介だ。何しろ父親が母親に殺されかけたからな。自分達もいつ誰に、と恐慌状態に陥っていて落ち着かせるように昼夜を問わず人を配置している。その全てを一斉に退かせるのは一日や二日ではどうにもならない」
ああ、本当に無能だな。
「本来なら子どもとはいえ王族として、民達のために表舞台に立たねばならないのに、それか。王弟の苦労が偲ばれるな」
つくづく復讐を果たすのに躊躇いを持たせない相手であることに、逆に感心する。
「お陰で私一人が皆の賞賛を得ているな」
王弟は事実だけを口にしているのだろう、淡々としている。
「まぁ此方は何の躊躇いも罪悪感も無くて良いことだ」
やり易い、としか思えない。
「……そうだな。今の私は過労で倒れてもおかしくない状況。この場に出て来たのは仮眠を取ると言って出て来ただけだ。もう戻らねばなるまい、というくらい忙しい。故に過労で倒れる《《事にする》》。倒れたと同時に少ないながらも私に忠誠を誓っている者達が騒ぎ立てて、部屋に閉じ篭もってばかりの王子達と王子妃達を引き摺り出すことにする。引き摺り出して一箇所に集まらせれば、護衛や侍女達の人数を減らせるだろう。その辺はベジフォードが上手くやるから、後は任せる。一箇所に集まれば楽だろう」
王弟の案にニヤリと笑ってやる。
確かにそれならば一気に片付け易い。
私の体力はほぼ無いが、ふと思い出したことがある。
最近良い物を買ったから役に立つだろう。
「ベジフォード、最近良い物を手に入れた」
ニヤァと笑いながら声をかければ薄気味悪いものを見た、とばかりに此方を見て来るが、そんな失礼な目つきを無視してポケットから香を取り出す。
「なんだそれは」
「眠り香さ。眠りを誘う草というのがヤンの国では生えているらしい。その国から仕入れたとかいう商人が香にしていた物を手に入れた。使ってくれ。先程、酒や薬を使用するのなら証拠を預かるつもりだったが、酒や薬ではなく香ならば不審感を抱かれないだろう。どういった手段を取るのか分からなかったから言わなかった。だが一箇所に集めるというのなら、部屋全体に香の匂いが広がる方が手っ取り早いだろう」
……まぁどう言った手段を取るのか分からなかったから、言わなかったわけじゃなく、ただ香の存在を忘れていただけだが、それを言う必要は無い。
素知らぬ顔でベジフォードに香を渡した。
「忘れていた、とか言わないだろうな」
疑わしそうな目を向けられて目を逸らす。大きなため息を吐かれたので忘れていたことがバレたらしい。まぁいいけど。
「では私はこれから五日後に疲労が募り倒れる。その報せを聞いた王子達は、私が直ぐに回復すると思うから、そこから三日は寝込む予定。三日も寝込むとさすがにベジフォード達が王子や王子妃達を引き摺り出してくるから、そこが狙い目だな。私が倒れると王城は混乱に陥るから警備も手薄だろう」
「王弟の言葉を疑いたくないが、もしそれが本当になるとしたら、この国は大丈夫なのか、と疑わしくなるな」
ベジフォードが苦々しい、とばかりに「だから殿下に玉座に着いて戴かねばならない」と言った。心ある者は皆、ベジフォードと同意見という事なのだろう。
つくづく上に立つ者に何かあった場合、その関わり方で人との関係性が見えて来ることが分かる。きちんと関係性を紡いで来た相手だけが守ってもらえたり心配してもらえたり協力を惜しまなかったりするのだろう。
「では、八日後に」
気を取り直した王弟の言葉に頷き、黒い子犬を拾って宿に戻る。宿には七日後に出立することを話しておいた。七日後の夜は王城に忍び込む予定だ。人目につかない夜陰に紛れて忍び込み翌朝を迎える、とヤンに言えば忍び込む際は自分が先に忍び込んで危険がないか確認する、と言うので任せる事にした。
ヤンは何も言わないが、決行の日の後、捕まることには気付いているようだ。向こうが何も言わないのなら此方から言うこともないだろうと判断した。
「そういえばヤン」
「はい」
「酒を呑みに出て行って来てもいいぞ。偶には楽しんで来い。中々機会が無いだろうし、大きな事をやるからな」
人生最後の酒盛りになるかもしれん、とはさすがに言わなかったが、察しているのだろう。いえ、と短く否定する。
「遠慮せずとも」
「遠慮なんてしちゃいません。自分でお嬢の元に居ることを選んでいるだけです」
「そ、そうか」
選んだと言われてしまえばそれ以上何かを言うことも出来ない。本人が良いと言っているのだから。
「でも、お嬢が気になるのなら、ちょっと美味い物を食べたいですね」
珍しく要望を口にするヤンに目を瞬かせ、「美味い物」と呟く。
「はい。ここの食堂も美味いですが、屋台でいくつか美味い物があったじゃないですか」
「あったな。それが食べたい、と」
ヤンが頷くので、明日、食べたい物を屋台で買いに行くことが決まった。
不思議なもので、今までと変わらない日々を七日目まで過ごしていたことは気負うことは無いという表れだったのかもしれない。
七日目の夜。
宿の部屋には多めに金を置いて荷物を処分してもらう手間賃としてもらうことにする。早い出立と嘘をついておいて、荷物を置いて居なくなる客なんて宿からすれば迷惑でしかないのだから。とはいえ、荷物を持って王城に忍び込むわけにもいくまい。どうせ不要な荷物、売れるなら売ってもらって構わないし、引き取りたいならそうしてもらって構わない。捨てるのならその手間賃だ、と手紙を書いてサイドテーブルの上に金と共に置いた。
服装は動き易い男物のシャツとスラックス。髪は切っているから問題ない。
後は。革の鞘に入ったナイフ。コレは新品だからよく研がれている。これを三本購入した。血で錆びて使い物にならなくなった時のことを考慮して。
同じ物をヤンも買っていた。
「お前は要らないだろう。私の身を守るだけでいいはずだから」
買った店を出てそんなことを言えば。
「守るからこそ見つかった時に相手を消すのに必要だと思いやせんか」
確かに。
目的を果たすことなく捕らえられてしまっては笑い話にもならない。
いくら王弟が協力者とはいえ、王城に仕えている者が全員、王弟に協力するわけではない。こちらは誰が王弟の協力者なのか判断が付かないのだから、見つかってしまつた時のことを考えれば、必要だろう。
まぁ見つかってしまったのなら、王弟の手の者には悪いが道案内ではなく此方の人質になってもらうだけだが。その際にもヤンのナイフは確かに必要かもしれない。
そんなことを考えれば私が三本。ヤンも二本購入したことに納得がいく。それ以上言わないことにした。
「お嬢、支度出来やしたか」
コツと一度小さくノック音が聞こえて来たので「入っていい」 と返事をすればヤンがサッとドアを開けて入って来るなり、そう尋ねる。
「ああ。もちろんだ。もう行くか」
「いえ、もう少しだけ待ちやしょう。今は人目が多くて酔っ払いも居るでしょうから、変に絡まれても困りやす」
支度は終えたから直ぐにでも、と気が急くがヤンに押し留められる。
酔っ払いに絡まれるのは確かに御免被るのでヤンの言葉に従う。それから三十分程経過しただろうか、ヤンが「出やしょう」 と呟くように促して来たのでそれに頷き部屋を出る。
既に宿の人もカウンターに居ない所から奥に引っ込んだのだろう。とはいえ気付かれても困るので静かに素早く通り過ぎた。
……私の中では、素早いつもりだったがヤンから見れば普段と変わらないとのことだったから、気持ちだけが素早かったらしい。
さておき、宿の裏口から外に出てヤンの後を着いて行く。
王城に居る憎い相手共へ直接手を下せる興奮を押し隠しながら只管に王城へ足を運んだ。
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