最後の復讐・7
「やはり王弟とやら以外は居ない方がいいんじゃないか?」
ベジフォードが提案に苦笑する。
「本当ならば。併しその提案を受け入れたらあの方が疑われる。あの方が仕事をして下さることに感謝している者でさえ、掌を返したようにあの方が王位に就きたいから暗殺したのでは、などと後ろ暗い噂を立てられかねない」
なるほど。そういう奴は一定数居るだろう。だが、そのような理由ならば。
「私が、犯人だと名乗ればいい」
ベジフォードが目を丸くする。
「なにを……」
「抑々、私の狙いは最初から最後まで変わらずこの国の王族とこの国自体。王弟とやらを見逃す代わりに他は全て死人に口なしの状態にすれば良い。犯人は私だと名乗り出よう。国民さえも手にかけるつもりだ、と言って名乗り出れば王弟とやらもお前も私を捕まえねばなるまい?」
「それはそうだが、何が狙いだ」
提案の先が分からないのだろう、ベジフォードが警戒した目をしている。
「簡単だ。私は王弟とやらを見逃すことにしたし、国民にも手を出すことは諦めてやる。だが予定通り国王達を始末し、犯人は私だと名乗り出る。その理由として勇者の生まれ変わりだと言おう。前世の恨みを晴らすためだ、と言えば良心がある者達なら、その恨みの理由に気付くだろう。だから王弟とやらもベジフォードも疑われる事はない。その上、王弟とやらが私を捕まえることで身の潔白を知らしめられる」
「それは……そう、だが。捕まるぞ」
「構わん。国王達を始末出来れば捕まえて処刑されても本望だ」
ベジフォードは、ハッと目を見開く。
「君は……最初から死ぬつもり、だったのか」
唇を一文字に引き結んで強く射抜いてくる眼差しが非難するかのように、何かを訴えかけるかのように、ジッと見てくる。
その視線に逃げることなく受け止めて反対に見つめ返してやった。
……先に逸らしたのはベジフォード。
ややしてから「そう、だな」と頷く。
「分かった。あの方に話してみる。許可を得てからだ。また五日後に此処へ」
ベジフォードの中でどんな心境の変化があったのか、それは知らないが尋ねることはしなかった。深入りする必要はない。
五日後の約束だけを確認して後はさっさと退く事にした。
深入りして、互いに何らかの情が生まれるようなことをする気はない。深入りしても何の情も湧かないかもしれないが、余計なことは身を滅ぼすことも、ある。
やるべきことをやった上で身を滅ぼすなら構わないが、その前に身を滅ぼすなど愚の骨頂だろう。ーーだから、深入りはしない。
五日後。
ベジフォードの隣に忙しいはずの男が居た。
「いいのか? 忙しいと聞いた」
「忙しい、が。君を犠牲にしたくない」
苦悩に満ちた表情を浮かべる王弟。
……ああ、前世でこの人物に出会えていればまだ私もなっちゃんも救われただろうか。
だが、そんなのは今さらだ。
「構わん。元々生きたくて転生したわけじゃないからな」
「併しっ」
言い募ろうとする王弟の言葉を遮るように片手を挙げるのは、きっと不敬なのだろう。だがそれがどうした。私は私のやりたいようにやるだけ。
「復讐することが転生の理由。他に何もない」
自分でも驚く程の静かな声は、それが真実だから。他に欲しいものなど何もない。
「死に場所に……行きたいと言っていた、だろうに」
ようやく絞り出された声には肯定する。
「確かに。でもどうしても、というわけじゃない。死ねばなっちゃんに会える」
笑顔を浮かべて彼女を思う。
王弟は、絶句したのか口を開閉するだけ。
それからややして諦めたように肩を落とし、大きく頷く。
「分かった。それなら君の案に乗ろう。……捕らえていいんだな?」
最終確認だろう一言に「もちろん」 と強く承諾する。
そこから先は打ち合わせになった。
「先ず、兄は未だ回復していない。正直なところいつ死んでもおかしくない状態からは抜け出しただけだ」
「意識が戻らないってやつか」
「そうだ。数少ない手の者に案内させることは簡単だ。護衛を退かせるのも構わんが護衛の方は一晩中というわけにはいかない。手っ取り早いのは交代の時間に君が侍女に扮装して、交代の隙をつくことだろう」
なるほど。申し送りか何かで意識が逸れたタイミングで侵入する、という事か。
確認すればその通りだ、と頷く。
ベジフォードは黙ってやり取りを見ている。
「兄の室内に入ったら、その先は君に任せるしかない。私が無関係であることを示すためにも普段とは違う行動は取れない」
済まない、と呟く王弟に構わんと返す。自分が関与していることを他人に知られてしまえば王位継承に確実に影を落とす。そういう事なのだろうが気にしない。
「王子達とその妻と王妃について知りたい」
話を続ける。
王弟は心得たように頷いた。
「先ずは王妃は牢に入れたまま。牢への案内も手の者にさせる。王妃を監視している牢番のことはこちらで何とかする。王子達と王子妃達についてもまぁ何とかしよう」
お膳立てをしてくれる、というのなら有り難く受け入れておこう。
「酒や薬でどうにかするのなら、その証拠は私が預かる」
捕まって処刑されようにも証拠が無いという理由で生かされるのはごめんだ。証拠は持っている方がスムーズだろう。
「証拠を所持していれば刑は確定するな」
ベジフォードが分かっているのか、と目で問うて来るが何を言うのだろう。
「捕らえてもらうことが前提なんだ。所持していて当然だし、刑も確定してもらわなくてはならない。……余計な気は回すなよ。前世でボロボロになった。今世はその復讐なだけ。人を愛するだの友情を築くだの、そんなものは要らんからな。金が無いと復讐出来ないからどうにかして稼いでは来たが復讐が成されるのなら、金すら要らん。ただおそらく私に付いているあの男は離れようとはしないだろうから、あの男も一緒に捕らえて構わない」
どうせ、あの黒い子犬は自分も共に、と言って来るだろう。
「ヤン……とか言ったか。あの異国の者」
ベジフォードが確認してきたので頷けば、いいのか、と尋ねられた。どういう意味だと目を向ける。
「お前はあの男に離れるように言いそうだと思ったからな。……誰も信用する気が無いだろう」
ベジフォードの問いかけにあっさりと頷く。
「ああ、ヤンもついでにベジフォードも王弟も信用してない。……だがベジフォードと王弟は手を組む理由がハッキリとしているから、その理由が片付くまでは私の手を振り払うことはしないだろう、と思った。ヤンは信用していないと言っても構わない、それでも最後まで、と言ってきたからな。最後の最後に裏切られたとしてもそれはそれ、と思えば別に。付いて来たいと言うのなら好きにしろ、と言ってあるだけだ」
前世、気まぐれで助けた黒い子犬が、まさかそれを恩に着ているとは思っていなかったけれど、それもまた巡り合わせというやつだ。
ならば好きにすれば良い。
それで裏切られても構わない。
復讐の邪魔をするなら助けた命を刈るのもまた役目なのかもしれない、と思えば気にならなくなった。
「ハッキリと信用していない、と言うが。私は君を裏切る気はない。それに私の代わりに天罰を降して私の治世の足掛かりとして踏み台になってくれる、と言ったのは君だ」
王弟の言葉に、ニヤリと笑う。
「天罰なんかじゃない。そんな大げさではない。ただの当然の報いさ」
足掛かりとして踏み台になる、という表現は気に入った。きちんと此方の役割を理解してそれを受け入れる気になった、ということなのだから。
お読みいただきまして、ありがとうございました。