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最後の復讐・6

 ーー結論から言えば、この話は流れた。


「どういうことだ」


 ベジフォードと共に、なっちゃんと……前世の私が死んだ場所に赴くという話を王弟に話したところ、王弟も乗り気だった。

 だから少ないとはいえ王弟の手駒を国王の手の者の後をつけさせて、場所を特定するということにまで話が進み、特定された報告を受けたら堂々と向かうはずだった。

 実際、場所は特定されたと王弟から報告も受けた。

 ベジフォードは一応、国王にお伺いを立てて了承を受け次第、その地へ向かうということまで計画していた。

 勝手に向かって国王から変に目を付けられたらやり辛くなる、というのが王弟とベジフォードの考えで。

 こちらの手の内を見せることは反対だったが大きな事を為す前にあちらに気取られたら、それこそ愚かだと言われてしまえば口を噤むしかなかった。

 だから、国王から許可を得る連絡をもらえたのか、いつも通り密かに接触するためにやって来たら。

 王弟とベジフォードが深刻な表情で、この話は無くなった、と告げた。

 全く意味が分からず激昂しかけた私が口を開くより早く、王弟が手を上げる。それに合わせて口を噤むと、王弟が深刻な表情のまま、驚くべきことを口にした。


「兄……国王が倒れた」


「倒れた?」


 さすがに驚き鸚鵡返しで尋ねる。

 この前の茶会とやらでは元気そうで卑しい目を向けていた、あのドクズが?


「公には急病だが、誰かに毒を盛られた」


「……なに⁉︎」


 私がヤツを仕留める前に、誰かがヤツに毒を盛っただと⁉︎

 誰だ、そんな余計なことをしたヤツは!


「君があの茶会であのまま国王の元に残らなくて良かったな。……毒を盛った犯人にされて口封じをされていた可能性が高いぞ」


 ベジフォードも深刻な表情のまま、そう告げて来る。別に毒を盛った犯人にされるのは構わないが、どうせなら自分の手でヤツを降したい以上、認めない。併し認めるも認めないも関係なく口封じをされていた、ということか。

 ベジフォードの言葉から察するに、犯人に心当たりがありそうだ。


「犯人は」


「まだ確定ではないが、おそらく王妃だ」


「妻に盛られたのか。とんだ仲良し夫婦だな」


 王弟が犯人の目星を溢したので、鼻で笑えばユルユルと王弟が首を振った。


「仲良しでは無かったよ。似た者同士ではあったがな。おそらく王妃は国王に飽きた。兄である国王もそこに気づいてはいたのだろうが、警戒していなかったのか、それとも王妃が実行したのではなく実行者は別に居て、その相手に兄は油断したのか。どちらかだろう」


「両方かもな」


 それにしても、仲良しに見えたが仲良しでは無かったのか。まぁ仲が良くも悪くもどうでもいいし、似た者同士なのは確かだ。似た者同士でお似合いではあるな。


 迂闊に動くと王弟が捕えられてしまう、とベジフォードが言うので私だけが行く、と主張してみたが。


「済まない。あの茶会で私が君をエスコートしたことが裏目に出た」


「つまり?」


 ベジフォードの謝罪に何が言いたい、と尋ねれば。


「伯爵家の火事で唯一の生き残りであり、行方不明であったはずの君が表舞台に出て来たことに不審感を抱く者もいた」


 王弟がこのように言う。

 チッ。

 行方不明のままであった方が良かったということか。目を付けられたと言われたようなものだ。だが、表舞台に出ることに同意したのは私自身だ。

 王弟とベジフォードを責めるのは筋違い。

 改めてあの城に足を踏み入れて理解する。全く不案内の私があの中に忍び込むことも出来なかっただろう、と。

 腐っても一国の国主が住まう城。警備も厳重だが単純にどこに行けば誰に会うのか、すら分からない。表舞台に立つことと引き換えに城の中をもう一度見回してみて気づいたのだから、まあ私も考え無しだったことは確かだ。

 それが分かっただけでも表舞台に戻ったことは間違いではなかった。

 ……それに。

 王弟やベジフォードが言っていたように、使用人達の目は虚ろだった。尊敬する相手に仕えているとは思えない目。

 だが嫌悪や憎悪などといった類の目でもない。そういった目は処罰の対象にでもなるのか誰もが虚ろな目をしていた。

 絶望も無い。代わりに希望も無い。

 そんな目をしていた使用人達が多い。

 その理由の一つとして、国王や王子達、男共の女癖の悪さと政に対する無能さが挙げられるとか。

 更なる理由の一つとして、王妃や王子妃達、女共の浪費癖と身近な存在……有り体に言えば使用人への陰湿な嫌がらせが挙げられるようだ。

 つまりまぁ、仕え甲斐の無い主人共ということとなる。

 それでも辞めないのは偏に賃金の良さがあるからだろう。……とは王弟の言。

 本当にどうしようもない程クズな連中が国のトップなのだから目が虚ろになる使用人達ばかりでも仕方ないのかもしれない。

 また、王弟曰く、政を動かす文官や王族を守る近衛を含む武官なども王族の横暴さに頭を抱えて目が虚ろになったまま仕事をこなしている者達ばかり、らしい。

 上が愚かだと下が苦労する、という事実の典型的な見本のようだ。

 それでも王弟を担ぎ出そうとする者が居ないのは、王位争いのような争いごとに発展させたくないのと、王弟自身がどのような人物なのか分からないから担ぎ出そうとする者が居ないとの事だった。

 ……王弟がどんな人物か分からないのに、王弟が状況を把握していることに訝しんだら、普段はメガネをかけて前髪で目元を隠し、俯きがちで根暗な一文官として仕事をしている、と言っていた。

 馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑うのは簡単だが手駒が少ないから、と自ら動く所は気に入ったので黙っておいた。

 何にせよ、一旦仕切り直し、ということが決まり、外で待っているだろう黒い子犬と共に街中を歩いてみることにした。


「お嬢、早かったですね」


「仕切り直しだ」


 それだけで黒い子犬は何も聞かない。

 黒い子犬という呼び方が好きなんです、ヤンからそう言われて以来、ずっと黒い子犬と呼んでいることをフッと思い返す。


「黒い子犬……いや、ヤン」


 後ろを振り返らずに呼びかけたのに驚いた気配がしたことに気付く。……それだけ長く一緒に居るということか。


「どうしやした、お嬢」


「……知っているか、この世界は大大陸・中大陸・小大陸の三つの大陸から成り立つ」


「へぇ」


「この国は小大陸に位置する」


「こんなに大きな国なのに?」


「大大陸にはもっと大きな国が沢山あるそうだぞ。……お前、私から解放されたら見て来たらどうだ?」


「大大陸を見に行け、と?」


「いや。そういう未来もお前にはある、という話だ」


 それ以上は何も言わなかった。

 何故、こんなことを言い出したのか、と考えているのだろう。

 確信があるわけじゃない。

 ただ、この黒い子犬の忠誠心みたいなものを見る度に、いつか黙って離れていくと思っていたのに、離れていかない黒い子犬を見ていると、復讐を終えた後でそのまま一緒に死を選びそうだ、と不意に考えが過ぎった。

 その考えが過ぎると同時にストンと納得したのだが。

 納得したからといって、じゃあ共に死のうという考えにはならなかった。


「お嬢」


「うん?」


「お嬢は、俺ァの残りの人生まで決める気ですかい?」


 そう言われてハッとする。

 黒い子犬の人生は黒い子犬のもので勝手に決めていいものではない。


「……済まん。提案だ。決めるのは、お前だ」


「提案ですかい」


「そうだ。選択肢というやつだ」


「それなら分かりやした。選ぶのは俺ァならそれでいいでやす」


 それきりこの話は終わった。

 余計なことは言わない方が、いい。

 選ぶのは本人の自由なのだから。

 自分が前の人生で此方に来て以降、自由が無かったことを忘れていないはずなのに、何を強要しようとしていたのか。

 自ら由と思うことを選ぶ権利が、自由。

 選ぶ権利が無いことすら地獄だったことを忘れていたことに、自身に失望する。

 自嘲してしまう。

 忘れるな。

 この子犬は所有物ではない。

 自らの意思で側に居ることを選んだ子犬なのだ、ということを。


「少し気分転換にあちこちする」


「分かりやした」


 鬱屈した気持ちを八つ当たり気味のように黒い子犬に言っていたのかもしれない、と自省して気分転換をする、と言えば了承の声がいつものように返ってきて、なんだか少しだけ安心したのは何故なのか。

 それを考えるのはダメだと思って頭を切り替えて街中を散策することに集中した。


 あれから十五日は経過した。

 毒物に詳しくないから何とも言えないがその後の状況を知りたいがためにベジフォードを訪ねる。


「アイツは居ないのか」


「知っての通り、忙しくなってしまったからな。私も忙しいが君からの連絡があると困るから、と約束の日だけは此処に来ている」


 王弟とやらは、国王が伏せているため、代わりの仕事が忙しいとのことだ。ベジフォードも側近というやつで此処に来られる時間を作れないくらい忙しいが、何とか来た、とのこと。


「状況は」


「変わらない。王妃は牢に入っているし、王太子や他の王子達もあまり仕事に関して役に立たないからな。あの方の仕事量が増えたくらいだ」


 その辺がよく分からない。

 国王の仕事が王族で割り振らないと出来ないということは分かるが、何故、子ども達やその妻は仕事が出来ないのか。


「仕事に関して役立たずって、何のための王太子や王子。或いはその妃なんだ?」


 私の当たり前な疑問にベジフォードが苦笑する。


「その通りだ。あの方の仕事量が増えるのは分からないわけじゃないが、普通なら後継ぎが仕事をしていくもので補佐はあくまでも補佐でしかないものだ」


 そうだろうな。私でも思う。


「そういうものじゃないのか」


「他国はそういうものだ。この国は違う。……いや現状が違うというべきか。皮肉なことに、あの方以外の王族は召喚の儀式についてばかり興味があって、最低限の仕事しか元々して来なかった。だから誰かが倒れたらその代わりを担う仕事をあの方以外、出来ない」


「……愚か者ばかりだな」


「全くもってその通りだ。本来ならもっとまともに仕事をしてもらわなくてはならないのに、元からそんな状況だ。それが悪化した。仕事量が増えてマトモな者達の負担は増えたが、その分仕事そのものはスムーズに進んでいる」


 仕事量が増えたのにスムーズに進むというのは、裏を返せば最低限のことしか仕事をしない上に滞らせていた、ということ。


「……そんなのが国の頂点に居ていいのか?」


 国そのものを恨んでいるが、それでもその状況を知ると本当にそんなんでいいのか、と思ってしまう。まぁそれで国が滅んでも別に胸は痛まないのだが……。


「良くないからあの方は陛下達を諫めたし、周りも諫めてはいたが。圧倒的な身分差を振り翳されれば周りは黙るしかないし、あの方も弟という超えられない身分の前ではどれだけ諫めても声は届かなかった。だから皮肉なことに今は量は増えてもスムーズに終わらせられる」


 ……つまり召喚術とやらで此方に無理やり来ることになった私たちだけでなく国民達もあのクズ共の被害者、ということか。

 憎い気持ちは、恨む気持ちは消えないが、多少同情出来る気持ちにはなっている。

 ……というか、やはりこのまま王弟以外死んでしまう方が全て丸く収まるんじゃないのか。

 ベジフォードに提案してみるか。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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