最後の復讐・3
あの話し合いから十八日。何度か顔を合わせたが、ようやく計画とやらが決まったようで教えてもらえることになった。
「まず、君は記憶を失っていたことにする。そしてベジフォードが君を助けた」
随分とざっくりしてないか? それも記憶喪失? なんだそのいかにも怪しい設定。
「それで?」
取り敢えず最後まで聞いてやるとしよう。
「ベジフォードが君を助けたのは偶然。君とベジフォードに面識は無いから。記憶の無い君の面倒を見ていたが、君の素性が分からないために王家に報告も出せなかった」
ベタベタかよっ。
「ある日、君の記憶が不意に戻りベジフォードが君の話を聞いて、王家に君の生存を報告。君の無事を確認したい王家が茶会を催す」
突っ込み満載じゃないか? そんな杜撰な計画で王家が納得するのか? しかもたかだか伯爵家の小娘に会うために茶会を開く? 何だその開催理由は。
「おい、本気か?」
「言うな。招待状を出すのに不自然じゃないのはこんなものだ」
王弟の説明に、思わず頭の中身の心配をしてみればベジフォードが苦々しく吐き捨てた。まぁそうか。王家と懇意にしている家では無かったし……ん?
「いや、不本意だがあの騎士の親戚だ、という名目ではダメなのか」
それにはベジフォードがまた苦々しく吐き捨てる。
「魔術師も騎士も勇者の供をしていたことを鼻にかけてな。やりたい放題だったんだ。王族に対しても」
あー、バカはやっぱりバカだった、と。
「つまり、それを全面に押し出すと王家に睨まれる、と。招待も何も……ないわけだな」
「本当に聡いな」
納得するとベジフォードが目を丸くする。
「そりゃどうも」
適当に返事をして肩を竦める。
日本人だった頃、勉強しか取り柄がなかった。勉強は嫌いではなかったけど好きでもなかった。ただ歴史を勉強してその背景を知れば、成る程、と権力者の考えが何となく見えてきていた。それと同じ状態だし、なんて言うか。
こちらの世界だとリアルタイムなわけで。
おそらくこういう事だろうな、という推測が当たっているに過ぎない。
要するに勉強してきた事が実践されているようなもの。褒められてもなぁ……としか思えない。
「取り敢えず、その方法以外、私が茶会に潜り込む事の不自然さが無いというなら、それに従う事にしよう」
そうとしか言えない。
だってこんなに待たされた挙句、考え出した計画とやらがこんな三文芝居のような嘘くさいお話、なんて思わないじゃないか。
とはいえ、不自然さを無くすのは当然だし、一介の伯爵令嬢が王弟だろうと他の王族だろうと親しい間柄ではないのだから、まぁこの程度になってしまうのだろう。
いつぞやの側妃候補がどうたらこうたらの記憶は掘り返したくない。
さて、それから。
本当にあのくだらない三文茶番劇でお茶会が開催されることになった。……王家、本気か?
いやでも、そうか。
頭がオカシクなければ異世界から勇者召喚だのなんだの言わないか。
真面な思考の持ち主じゃあない奴等だ、と改めて理解出来た。それでいい。あまりこんな事を言いたくはないが、王弟とベジフォードが常識的な人間に思える辺り、他の王族共のオカシさがまざまざと思い知らされる。
だからこそ、なっちゃんと前世の“私”の敵討ちについて罪悪感など覚えることもなく果たせるというもの。
良かった良かった。
……まぁ良心なんぞ生まれ変わった時から持ち合わせちゃいなかったが、改めて、というやつだ。
「黒い子犬」
「お嬢、何か?」
王家からの茶会の招待状とやらを空に翳しつつ、隣の男に声をかける。
思えばずっと隣に居たこの男に、何も与えてやることが出来ないことに気付いた。
「褒美もくれてやれなくて済まないな」
「要りませんよ、そんなん。知っての通り、お嬢に助けられたこの命。お嬢のために使われるなら構いやしやせんって」
「そうだな。いよいよ最後の復讐が始まる。だからもう一度尋ねる」
ジッと目を逸らさないよう見据えれば、黒い子犬……ヤンが此方に視線を向ける。
「本当に、最期まで共に来るので、いいな?」
ヤンは無言で、しかし強く頷いた。
それならばもう尋ねない。
最後の最期まで側に着くことを許そう。
「そうだ。王弟に頼んだ。復讐を果たした後で私となっちゃんが死んだ場所に連れて行くように。お前も来るか?」
「お嬢が死ぬその時まで、側を離れる気はないですからね」
全く迷いなく返答してくるヤンが少しだけ面白くて口元が緩くなった。そうか。そこまで共に来るか。
私がその地で再び死を選ぼうとしている事すら、ヤンは気付いているのだろう。だったら死ぬ所を見届けてもらうのも、有りか。
女神よ。
これから最後の復讐に足を踏み出す。
そしてそのまま私は死ぬ。
アンタから言われた転生の対価とやらは、払えそうもない。
私は誰にも恋などしていないし、私なんぞに恋するやつも居ない。
そうしたらアンタ、どうする?
対価というのは理解出来る。人生においてなんだって対価は必要だろうから。でも支払えない場合、アンタは何を引き換えにして、なっちゃんのオマケだった私を転生させた対価にするんだろうな。
アンタもきっと何かを失うんだろう?
寝る前にふと窓を開けた。
世界が違っても月は変わらないというべきなのか、いや、常に丸のままだから変わっていると言えば変わっているのか。
取り敢えず黄色い月を見上げつつ、前世の自分とサーシャとして生きてきたこれまでのことを思い返す。
「女神よ、アンタは私を転生させて良かったと思う日が来るのか分からないが、転生させてくれたお陰で復讐が出来ることには感謝する」
『あら。あなたからそんな殊勝な言葉が聞けるとはね』
独り言に返って来た少しだけ馴染みのある女性の声。
「聞いていたのか。女神が盗み聞きは、はしたないのではないのか」
『盗み聞きというより、私はあなたを監視している、というべきね』
監視。
成る程?
だが、確かに異世界から召喚した人間の魂を転生させたのだ。何をやらかすのか見張りたくなる、というものだろう。
「まぁ何をやらかすのか見張りたくなる気持ちは分かるな」
『そうね。それに、前にも話したはずよ。神とはいえ制約がある、と。私よりも上位の力を持つ神だって居る。それは何も一柱だけじゃない。そんな上位の神から私も監視されるし、私も自分より下位の神を監視することもある。それとあなたを監視することは変わらない』
神には神のルールがあって、人には人のルールがある。
それを破る者は危険視されてもおかしくないし、ルール内とはいえ、目溢し出来るスレスレの問題ならば、目溢しから逸脱しないよう見張るのも仕方ない、か。
「女神よ。ついでに尋ねるが、私は結局、恋心なぞ生まれそうもない。アンタは私から対価を得られないが、そうなると私を転生させた対価を支払うために、アンタは何を犠牲にする?」
『神として使える力を一定期間制限する、というところね。でも、あなたから人を恋しく思う気持ちがなくても、対価の方は宛があるわ』
それは、要するに私を恋愛対象として愛する存在が居る、ということか。だが、それを私が知っても意味などなさない。ならば知らない方がいいだろう。
それに。
もしも私を恋愛対象にしたのなら、復讐が終わり次第、死ぬつもりの私への想いなど消した方が相手の幸せにもなりそうだ。
だから、敢えて対価の宛については、何も知らないことにしておく方がいい。
「そうか。まぁそれは兎も角。復讐だけの人生だったが転生させてくれて感謝だけはしておくことにする」
『あらあら。可愛げのない礼だこと』
ふふ、と笑い声が聞こえてきたが可愛げのないことは分かっているだろうに、と肩を竦めた。
お読みいただきまして、ありがとうございました。