最後の復讐・2
「取り敢えず遅効性の毒を使用するのは理解した。しかし。それでは私の恨みは晴らせない」
ここまで話に乗っておいて何を言う、という表情のベジフォード。王弟は無表情。
「計画を台無しにする気か」
「そうではない。毒ではなく睡眠薬を使用することにしろ」
ベジフォードがいきり立つが否定する。
「睡眠薬? 眠り薬などでは死なんぞ」
王弟が無表情のまま疑問を呈す。当たり前だろう。大量の睡眠薬を飲ませて死なせるのは難しいだろうからな。
「頭が良さそうだが悪いな」
揶揄すればベジフォードが眉間に皺を寄せて睨みつける。
「そう、睨むな。先程、そっちは忠誠を誓う薬屋が居る、と言った」
「そうだ」
ベジフォードがまだ睨んだまま肯定する。
「だが、裏切らない保障は無い、とこちらも言った。それに薬屋は本来人を助けるために薬を扱うのだろう? いくら忠誠を誓っているとはいえ、人を害する物を用意するのは心情としてやりたくないのではないのか?」
「それは……そう、だろうが」
ベジフォードはグッと詰まりながら返事をする。王弟は内心を見透かすようにヒタリと視線を定めている。
「だからこそ、毒ではなく睡眠薬を用意させろ。睡眠薬ならば眠れない人のため、と自分を納得させられる。それがどれだけの量だとしても、な。茶会の最後に飲む茶にでも混ぜればいい。疲れが出た、とでも思うはずだ」
「それで?」
王弟が興味を示す。
「皆が寝た、と判断した頃、私が直接手にかける」
あっさりと放った言葉に、ベジフォードも王弟も唖然としたように二の句を告げない。
「それならば私自身の恨みも晴れるし、そっちも困らんはずだ」
「し、しかし」
王弟の方が早く立ち直ったのか、困惑したような顔で物を言いたそうだ。
「お互いに利益があるだろう」
「だが! それでは、そなたに罪を押し付けるようなものだ」
王弟が珍しく声を荒げるのを見て、何を言うのか、と呆れる。
「元より私は既に人殺しだ。罪は負っている」
一人だろうと何人だろうと、この手で人を殺めた時から、それが……どんな理由であっても、もう罪を背負っている。今更、増えようともその罪は変わらない。
そして。
何度生まれ変わろうとも、己が手で復讐を果たしたい、と願っただろうし、実際に復讐をしているだろう。それがどんな相手だろうと、自分がどんな立場だろうと。
だからこそ、現にサーシャという人間に生まれ変わっていても復讐をしている。
記憶が無くならない限り、きっとこの先何度でも生まれ変わっても復讐を続ける。探して見つければ……きっと。現在復讐出来ているからそれで終わり、などと思わない。もしこの先生まれ変わるとするのなら、この記憶が、この思いが無くならない限り続くはずだ。
だから、何人増えようとも構わない。
奴等の息の根は必ず止める。
「だが」
まだ何か言いたそうな王弟が鬱陶しい。
コレを言うのは正直なところ恩着せがましいから嫌だったが……仕方ない。
「そっちの提案で毒殺された王族達。それは構わん。だが国民全て皆殺しでは無いのなら、必ず誰かがその犯人探しをするはずだ。違うか?」
王弟は黙る。
それは懸念していたのだろう。そしておそらくその対策はーー。
「大方、適当な人間を毒殺の犯人に仕立て上げるか、有耶無耶にして犯人が見つからないままにするか、どちらか程度にしか考えていなかったのだろうに」
「何故、分かった」
ベジフォードが驚いた顔をするか、本当にバカなんだろうか。
「向こうの世界でも暗殺された偉い奴という歴史はある。犯人が捕まることもあれば捕まらないこともある。捕まらないのは有耶無耶にされて放置だな。犯人が捕まった場合、本当に相手に恨みがある場合や、無実だというのに罪を被せられて犯人に仕立て上げられた者もいる。世界が変わっても考えることは変わらない、のだろうよ」
歴史を紐解けばそういった怪しさ満点の話は山程ある。そもそも事件にすらならない話だってあるのだ。世界が変わろうとその辺は変わらないのだろう。
「ならば、それでいいはずだ」
ベジフォードが言い募るが本当にバカなのか?
「王弟が国王の座につくのだろう? その玉座が血に塗れているのは兎も角として、後ろめたいことがあるまま玉座に着くよりもすっきりとしてから玉座に着けばいい。そのためには、国王を含む王族を手にかけた咎人を捕らえて処罰した、というのはかなり分かり易い上に、誰も王弟が玉座に着くことに不満も抱かない。違うか」
ベジフォードが目を見開く。
そのルートも考え付いていたのだろう。おそらく提案をしたが……王弟に却下された、といったところか。
何やら甘い考えの持ち主らしいしなぁ。
「それは、却下する」
「いいや。それが一番八方丸く収まる」
「ハッポウ?」
「全てが上手く綺麗にまとまるという意味さ。丸は円。歪な形がないことから、綺麗にまとまる。八方というのは私が前世で生まれた国の言葉だ全てを意味する。この方法ならば、王弟は何の疑いも持たれずに玉座に着ける。ベジフォードや王弟の味方は、邪魔者を排除出来る。私は個人的に復讐が果たせる。誰か損をするか?」
「……誰も、損をしない」
「だから、八方丸く収まるだろ」
王弟もベジフォードも黙った。それが一番いい方法だ、と二人も理解している。そして当事者がこの案を出してきたのだ。反対する理由が無い。受け入れてしまえばいい。
こちらはそう思っているというのに。
「いや、だめだ。サーシャ嬢の話を信じた上で言わせてもらえば、君と勇者殿は我が国の、私たち王族の我儘で人生をめちゃくちゃにされた被害者だ」
「今更何を」
つい鼻で笑ってしまう。
前世の苦しみも辛さも悲しさもやるせなさも、貴様らに何が分かると言うんだ。
「そう、今更だ。だから、せめて今度は私たちの犠牲になど」
「アホらしい」
言い募る王弟を更に鼻で笑う。
犠牲? だからなんだ。
この王弟やベジフォードには関係ないかもしれないが、そんなことは知らん。
こちらから見れば、この二人も他の王族達も何も変わらない存在。奴等に復讐出来るチャンスを与えてくれると言うなら、と思って手を組んだだけ。それ以上もそれ以下もない。
「アホ、と。さすがに王族に不敬だ」
ベジフォードが睨み付けてくるが、不敬だからなんだと?
「罰するか? その首が繋がっているといいな、二人とも」
捕えると言うのなら二人の命を貰い受けるだけだ。別にコイツらと手を組まずとも構わん。復讐の機会は何年先になろうと死ぬまでに果たせばそれでいい。
「分かった」
こちらの気持ちを理解したかのように王弟が頷いた。
「ならば君を王族殺しの実行犯として捕える」
悲壮感たっぷりの表情で決意しました、という顔を見せる王弟。別の意味でこんなのが国のトップで大丈夫なのか? と首を傾げたくなる。甘すぎるだろう。どんな育てられ方をしたらこんなお人好しな人間になるのか。まぁいいか。了承したならそれでいい。
「具体的な計画を立てる」
茶会を開くのは構わない。眠り薬で寝落ちた奴等を仕留めるのも苦労なくて良い。だが腐っても王城。警備も凄いだろうし使用人達もかなりの人数だ。その中でいくら王弟の手引きが有るとはいえ、スムーズに王族達の元に辿り着けるとは思えない。
警備をしている護衛達が茶会だけでなく王城内の王族達の護衛をどのように行うのか、人数等が分からなければ意味が無い。人数・配置・巡回の頻度や護衛の強さ等、尋ねたいことは山程ある。当然、今日で全ての計画が立て終わるとも思っていない。
「眠り薬で寝ている相手の元へ君を案内するのは出来ないこともない。だが、そもそも王城に忍び込ませるのが難しい」
「まぁそうだろうな。ならば私を招待客として王城に入れろ」
王弟の懸念にあっさりと答えれば王弟は「成る程、その方が怪しまれなくて済むな」 と頷く。但し問題はある。
「まぁ生き残りの伯爵令嬢が今までどこにいたのか、という問題や、王城での茶会に招かれる程、身形が整っているのか、どうやって招待したのか……等、計画に齟齬が出ないよう綿密に立てねばならないだろうけどな」
他人事のように問題を提示してやれば、ベジフォードが溜め息をついて「その辺は少し考える。次の時まで待て」 と言うので、次に会う日を決めて取り敢えず、本日は終了した。
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