最後の復讐・1
「普段、王家が一堂に会すのは、他国からの賓客相手や王家主催の夜会等でしかない」
あれから二度王弟とベジフォードと会う機会を作り(常に図書館だ)互いの意思を確認し合った。三度目の今日、いきなりそんな事をベジフォードが切り出す。目で続きを促せば一呼吸置いてベジフォードは計画を話した。
「だがそういった場合は警護が厳しくなる」
「だろうな」
「しかし、庭園で開かれる茶会は庭園であることで警護がかなりばらけるのは分かるか?」
ベジフォードの端的な説明に少し考える。
「守る人数が多くなる上に庭園の広さの問題か?」
「そうだ。晩餐会にしろ夜会にしろ会場は城内。広さが限定される。だが庭園は開催場所を限定するとしてもかなりの広さがある。当然警護人員を増やしてもばらける」
「成る程?」
「そして、今回は王弟殿下が上手く王妃殿下を掌で転がしたものだから急遽庭園で茶会を開く事になった。そうなるとどうなると思う?」
「急であるから人員をかき集めるのが厄介?」
「それもあるが、誰が警護人員なのか分からないから意思疎通や伝達事項に齟齬が出てもおかしくない」
成る程。つまり伝達ミスが出やすいということか。それは例えば不審人物が出たとしても、全員に共有されるまでに時間がかかる、或いは全員が不審人物だと認識しない、ということか。ふむ。
「その隙をついて、というやつか」
「そうだ」
「具体的には? たとえその隙を付けるとしても簡単に武力行使など出来ないだろう?」
「まぁな。今の王族に不満を抱いている連中と密かに連絡を取り合っていても、一枚岩ではないからな」
「成る程。王族に不満はある。しかし、王弟とやらに忠誠を誓っている者もいる。という事もあれば、王族に不満があるから全員を引き摺り下ろして別の者を玉座に据えたがる者もいる、とかそういった所か」
日本人だった頃、歴史を学べば日本史だろうと世界史だろうとそういう思惑が見えるばかりだった。所変わればとは言うが、人の欲望など意外と世界が変わっても変わらないのかもしれない。
「その通りだ。王弟殿下に王位を継いでもらう事は兎も角として、今の国王以下の王族を引き摺り下ろしたいのは、共通だ。だが、王族に仕える騎士達を此方側に引き込めない限り、武力行使は難しい」
まぁそうだろうな。常に訓練されている騎士達相手に文官だか領主だかが敵うとは思えん。それも何人が王弟やベジフォード達に与するのかも分からない。武力で制圧するのは現実的ではないのだろう。
「そこで、だ。昔から繰り返されている毒を使うのがベストだと考えた」
王弟が口を出す。
ありきたりだが成功する可能性が高いからこそ使われる手法。
「だが。魔法使いはどうする?」
魔術師とか言ったようだが、要するにそういうことだ。
「魔術師のことか?」
ベジフォードの確認に頷く。
「魔術師は別に万能の存在ではない」
王弟の発言に目を瞬かせてしまった。
万能ではない?
「サーシャ。前世では異世界から来ていたが異世界には魔術師はいなかった?」
ベジフォードに問われ頷く。
「騎士も他国にはいたが、自国にはいなかったな」
「そうか。では魔術師のことをあまりよく知らないな」
図書館で勉強していたのは王族についてであって、魔術師の存在についてではないからそれも肯定する。ベジフォードが心得たように説明を始めた。
「簡単に言うと魔術師というのは属性を持つ」
「属性」
「風とか火とか。自然のそういったものから力を借りる。あの糞男は風の属性が強かった。だから魔物から身を守るとか攻撃から身を守る結界は得意だった」
ベジフォードの説明に、嫌な記憶を一瞬思い出したが、確かに攻撃や音の遮断は出来ていた、と渋々認めた。
「だから毒を混入する妨害行為は出来ない」
王弟が端的に答えた。
「だがお茶か何かに入れるなら水を扱う魔術師とやらが居たら意味が無いのでは」
私は更に疑問を呈する。王弟もベジフォードもニヤリと笑ってまるでその質問を待っていたとでも言いたいようだ。
「確かに水を扱う魔術師も居るが、魔術師そのものが希少でな。しかも力の弱い魔術師が多いから仮に水を扱う魔術師がその場にいたとしても、お茶から毒を取り除くような繊細な術は使えない。……そもそも混入していることにも気付かないかもしれない。気付かないならいくら水を扱えても無意味だ」
ベジフォードが悪巧みをしている、とよく分かるニヤニヤ顔で説明した。そうか。ちょっと理解出来ないが問題無いのであれば構わない。
深く尋ねても理解出来ないのだから、ここで納得しておくべきだろう、と何も言わずに頷く。問題が無いのなら、それでいい。
「話を戻すが魔術師については警戒しなくていい、ということだな。そして毒を王族に使う、ということか。了承した」
だが、どういった毒を使用するのかも確認を取らなくてはなるまい。即死の毒など味気ない。
「即死では味気ないぞ」
「元よりそんなモノは使わん」
ベジフォードが否定したが最初からそんなモノを使わない?
「毒の知識も無さそうだな。異世界には無かったか? 生まれ変わっても令嬢ならば知ることのない知識だが」
「向こうの世界に無いわけじゃない。扱うのは一部だ。素人が扱って自分が毒にやられるわけにはいかないからな」
「確かにそれもそうか」
ベジフォードは納得すると、簡単に説明する。要するに一人に対して使用するならば速効性のある毒の方がいい。まぁ相手を苦しめたいならば別らしいが。だが、大人数が相手でその相手が同じ場に居た場合、全員が同じタイミングで飲まないならば、生き残る奴がいる、ということ。
「成る程。誰かが先に飲んで直ぐに死ぬと、残った者は毒を疑って飲まない、ということか」
「そういうことだ」
理解力が早いな、とベジフォードと王弟の二人が目を丸くするが、これくらい大したことない内容だが?
「ということは遅効性というヤツか?」
「そうだ。効果が出る時間を調整する必要があるのが難点だが、全員が確実に死ぬことを考えるならば、寝入った頃に死ぬように調整するのが一番だ」
「そうだとすると、別問題として、誰がその調整をするのか、だ。毒を入手する伝手だけでなく、全員が同じ時間に死ぬように調整するなら、少なくとも毒物を扱うのに長けた人間が居ないとダメじゃないのか」
本当によく頭が回るな……と王弟は、感嘆したように見てくるが、これくらいは当たり前だろう。
「その件については、一人だけ信用出来る薬屋が居る。本来ならば人を生かすために必要な薬を扱う者だが、王弟殿下に命を助けられた者だ。忠誠を誓っている」
「そいつが信用出来るかどうかは知らんが、仮令忠誠を誓っているといえども、確実とは言えん。失敗した時のことも考えておけよ。土壇場で裏切らないとも限らん」
王弟もベジフォードも忠告に少し考えている。吟味している、という事だろう。だが、信じていたら裏切られる、ということもあると知っている。帰れると思っていたのに帰れないまま死んでいった身としては、疑うことも必要だと思っている。
「確かにその可能性もあるな。分かった。考慮する」
王弟は納得したようでそんなことを言う。だが用心するに越したことは無いはずだ。信じていたのに、裏切られた……! など終わってから嘆いても、もう終わったことだとしか言えないのだから。それよりも最初から裏切られる覚悟をしながら相手を見極める方がいい。裏切られなかったらそれはそれで、裏切られたらどうするのかを考えておくことも大切なのだから。
お読みいただきまして、ありがとうございました。