閑話・好きになってはいけなかった人・2
「なぁお嬢」
「なに」
女神が自分の伯父さんになってた、自分を甚振った騎士を、その手で復讐してから。女神は俺のことを少しだけ、ほんとにすこーしだけ、信じてくれるようになったみたいで。その前より目が柔らかくなった。
「お嬢は、俺ァ信じられないが神サマに生き返らせてもらったんだろ」
「そうね」
「ただで生まれ変わらせてもらえるモンなのですかい?」
女神はキツく俺を睨んで「なんでそんなことが気になるの?」 と言う。そんなの、当たり前だ。
「だってお嬢、折角生まれ変わったんでさぁ、あの方を探さねぇんですかい?」
「なっちゃんをってこと?」
俺はコクリと頷く。お嬢は泣きそうな顔をして笑った。それから首を振る。
「女神に尋ねてないから分からない。でも。多分あの子は生まれ変わってない。私を……こちらに連れて来てしまった、と後悔しながら死んでいったけど。あの子は私よりもよっぽど心が綺麗で勇者なんかじゃなくて。あの子こそ、女神だったよ。そんなあの子が、なっちゃんが生まれ変わるなんて思えない。多分、後悔はしたけど死ぬ時にこの国の人達も世界の人達も女神だって恨まなかったと思う。私の方が、恨んで死んだから」
勇者は生まれ変わってないはずだ、と女神が悲しそうに笑う。
「じゃあお嬢は生まれ変わったのに、復讐が終わったら……」
「ああ、そういうこと? 別に復讐が終わったら直ぐに死んでも構わないと思ってる。まぁ女神が生まれ変わるのに必要なのは、恋心とかふざけたことを言っていた時は、平手打ちしたくなったけどね」
女神は神を睨むように空を見上げた。
「恋心」
「私が誰かを好きになった気持ちが転生の対価だってさ。でも私は誰も好きにはならない。そうしたら私を好きな気持ちを持った相手の恋心を奪うとかなんとか言ってた気がしたが。そんなこともないはずだから、どうでもいいが」
女神はクツクツと嘲笑う。
でも、女神。お嬢、俺の全て。
アナタが誰も好きにならないなら。俺が、俺の女神を思う気持ちでいいのなら、俺の気持ちを女神の生まれ変わった対価にしてもらってください。
いえ、アナタは優しい人だから。そんなことを言えば首を振りそうだから、俺がアナタを生まれ変わらせた神に言います。俺の恋心を奪って下さい、って。何も出来なかった俺だから、せめてそれくらいはしてもいいですね、お嬢。
「じゃあお嬢は復讐が終わればそれで死ぬんですかい」
「そうだね」
「寿命尽きるまで、とか」
「考えてない。ああ黒い子犬。お前は復讐が終わったら自由をあげる。好きに生きればいい」
それはきっと無理です、お嬢。だって俺はアンタに救われた。アンタが助けてくれた命だから再びアンタに会えた今、お嬢が居ないなら生きる気なんて無いですよ。
「俺ァ、お嬢の復讐が終わるまで付き合うしか考えてネェもんで。その後のことは復讐が終わったら考えさせてもらうってんでいいですかい?」
「ふふっ。そうか、そうだな。まだ終わってもないのに終わった後のことなど考えられないな。いいよ、黒い子犬。それならば最後まで私の復讐に着いておいで」
「言われなくともそのつもりでさぁ、お嬢」
だって、お嬢に、俺の女神に酷いことをした騎士はお嬢の手で復讐を果たしたのに、もう一人の魔術師は別の人間の手によって復讐されていた。もちろん、その理由をお嬢は納得していたけれど、叶うならば自分の手で復讐したかったはずだから。
次は……必ず自分の手で復讐したいはず。
「この国も民も王族もみんなみんな居なくなればいい」
お嬢が呟く。口癖のように。呪いのように。恨みを込めて。憎しみを込めて。
国を民を王族を、口には出さないけど俺と神を、そしておそらくこの国に生まれ変わってしまった自分を、世界を、憎んで恨んで呪っている。俺はそんな壊れたお嬢ですら尊いと思う。恋とか愛とかそんな言葉で表せられないくらい尊い方。
尊いけど同じくらい貶めたいと思ってもいる。
俺にとって女神だけど。
同時にただ一人の人間の女性。
貶めて俺が持つ薄汚れた欲望を吐き出したくなる程度には、女性としてお嬢を思う。でもそれは、お嬢が一番厭うこと。忌むこと。
お嬢の尊厳を踏み躙ってもいい、なんて思ってなどいない。そんな獣のようなことをする気はない。
欲望を抑え込むくらい、出来る。
それも全く気付かれないくらいに。
だってそうじゃなければ、こうしてお嬢の側に居られない。
いっときの欲でお嬢の側から永遠に離れるくらいなら、欲を抑え込んで一生側に居られる方がいい。
だけど。
お嬢を生まれ変わらせた女神。
アンタ、俺がお嬢を好きだって分かるだろ?
俺の恋心を奪ってさ、お嬢の対価とやらにしてくれよ。
俺ァ、お嬢のためなら命だって賭けられる。
アンタなら神なんだから、そんな俺の気持ちが分かるだろ?
お嬢の幸せはお嬢が決める。
俺の幸せも俺が決める。
お嬢は根は優しい人だから、俺がお嬢の対価とやらを支払ったと知ったらきっと気にする。俺の気持ちにお嬢が気付く前に、俺の気持ちを奪ってくれ。
だって、お嬢は。
俺の恩人で女神で
好きになってはいけない人だから。
そんなことを思いながらお嬢が図書館に出入りして、王族について勉強を始めた。そんなときだった。
「アイツに会った」
お嬢が目を険しくさせて俺に言う。
「アイツ」
「ベジフォード」
お嬢が騎士の次に殺したいと思っていた魔術師を仕留めた男の名が出て来た。話を聞けば、よく分からないがまた図書館に来い、と言われたらしい。お嬢はムスッとした顔でそれ以外は何も言わない。次に図書館へ向かった後でお嬢は物凄く嫌そうな顔で話をしてくれた。
「王弟とやらに会って、ソイツとベジフォードの話から、一応、国民に恨みを持つことは止めることにした。許せないが納得も理解も出来たからな。国王を含めた王弟以外の王族達が復讐対象だ。そして残った王弟が国王になる。国を導く存在が必要だそうだ」
とてもとても嫌そうにお嬢は言う。
「それでいいんですかい」
「いい、とは言わん。が、国民の立場に立てば理解は出来る。だからといって許すつもりはない。許すつもりはないが、仕方ないこともあることは理解出来るからな」
無理やり納得しているようなお嬢に何も言わない。
「また十日後に図書館に来るように言われている。具体的な話を進めることになるはずだ。あの王弟やベジフォードを信用しているわけではない。が、奴等の協力無しに乗り込んで行っても門番に追い返されるだけだろう。あの屑王子達の側妃話も結局、女神の介入で無くなったわけだが、つまり側妃話は再び異世界から召喚するためだけの生贄の予定だったわけだし。人の命を何とも思わん連中の命を、此方が今度は奪う番なだけだ。まぁ私も奴等の命を何とも思っていないからお互い様ではあるだろうがな」
お嬢の、俺に話しているようで独り言のような言葉を聞きながら。
また、若くして死んでしまうこの人を生き永らえさせたい、と願うのは、多分俺の我儘なんだろうなって思う。
この人はきっと望まない。
でも長生きしてもらいたい、と俺は思ってしまう。俺の身勝手。
その一方で。
最後の最期までこの人の側にいられるのであれば、やっぱりこの人に長生きしてもらわないのがいいな、と正反対のことを思う。
最後の最期。
俺はこの人のことを生かしたいと思うのか、死なせたいと思うのか。
ただ一つ分かっているのは、その時まで俺はこの人の側から離れないことだけ。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
本作は他サイトで完結させているのでなるべく更新頻度を上げられるよう努力します。