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閑話・好きになってはいけなかった人

前話が短かったので本日もう一度投稿

 俺は、黒い子犬。この呼び名が好きだ。


 隣国の生まれだが、貧乏だったからなのか、父も母も働いて働いて働いて。そして、ぶっ倒れて死んだ。腕が折れそうなくらい細くて小さい弟と生きるために、他人の家の畑から食いもん盗んで、追いかけ回されながら生きてきた。でも、ある日、いつものように他人の家から食いもんを盗んで家に帰ったら。弟まで死んだ。そんなに食えなかったからだろうか。細っこくて真っ白な体で死んでた。

 それからのことはあまり覚えてない。相変わらず食いもん盗んで追いかけ回されて盗んだもん食って生きてた。家なんて無いからあちこち走り回ってた。ある時、気付いたらこの国に来ていた。この国でもおんなじ事をしていた。働く、なんて、何をすればいいのか分からないから、盗むしか無かった。


 でも。

 相変わらず追いかけ回されて、とっ捕まって殴られて怪我して血だらけになった俺のところに、ある日、女神が現れた。


 俺とおんなじ黒い髪。黒い目で、大人だと思ってたけど、後から知った時は、俺より少しだけ年上の、女性だった。

 彼女は、一人だった。怪我をして血だらけの俺にハンカチを濡らして血を拭き取ってくれた。傷薬を塗って「早く治ると良いわね」 と笑ってくれた。でも、優しいフリして、怪我を治すフリをして、俺を殴るかもしれない、蹴るかもしれない、と警戒していた。怯えていた。女神は、そんな俺に気付いたように、そっと頭を撫でてくれた。殴られる、と怯えた俺の頭をそっと、優しく、撫でてくれた。そうして言った。


「黒い子犬ね。怖がりで怯えていて。大丈夫よ、黒い子犬。私はあなたを傷つけないわ」


 ずっと頭を撫でていただけだった。でも。


「あ、アイツらが戻って来るわ! 早く行きなさい、黒い子犬。アイツらに見つかったら、何をされるか分からないわ!」


 ハッとした表情に、焦ったような口調で追い立てられた。やっぱり俺のこと、追い出すんだって思って女神を振り返れば、手を振ってくれた。「気をつけて」 と笑ってくれた。だから、本当に、俺が傷つかないようにしてくれたって、なぜか解った。慌ててその場を離れて。気付かれない所まで行ってから、女神を見た。男二人が女神に近づいているのが見えた。


 なんだか嫌な気持ちになって、女神の所に行こうと思ったところで、なんだか光った。眩しくて目が見えなくて。光が無くなった時には、なんだか壁みたいなのが目の前にあった。動きたいのに、その先には行けないし、声を上げても、聞こえない。女神と男二人も話しているはずなのに、向こうの声も聞こえない。


 そうして、女神は俺に気づかず。男二人も俺に気付かないで、女神は男二人に組み敷かれた。何をされているのか、理解出来なかった。でも、女神の目が虚で、服を剥ぎ取られて裸にされて。見てはいけない、知ってはいけない。なんだかそんな感じがして、俺はそのまま目を閉じようとした。でも、閉じてくれなくて。俺は見てしまった。


 ガキが見るようなもんじゃなかった。

 気持ち悪くてその場で吐いた。

 でも、女神が一番、気持ち悪いのだろうって思った。

 俺は、その場から走り出した。

 何をすればいいか分からなかった。

 走って走って、めちゃくちゃに走って。


 気付いたら叫んで、泣いた。泣いて泣いて泣いていた。


 ガキが見ていいもんなんかじゃなかった。きっと女神は見られたくなかったはずだ。自分のことをこれほどバカでアホでどうしようもないヤツだって思ったことはなかった。泣いて泣いて泣いた後で。俺は誓った。必ず、女神を助けるって。


 そして、俺は本当にバカなんだと思う。


 あんな姿の女神を見て、それでも綺麗だと思って、初めて女を見て欲情したから。俺は、女神を甚振った騎士と魔法使いと同じくらい、どうしようもないクズだって、自分で理解した。だけど、いつか女神を助けるって決めたことも嘘じゃなかった。だから。


 なんでもして、絶対に生き延びて、早く大人になって、助けようと思ってた。食うモンなくて泥水啜った。人ン家の畑から食いモン盗んだ。それで食い繋いだ。殴られた。蹴られた。それでも生きることに必死になった。今までみたいに、何となく生きることはやめた。どうにかして早く大人になって、女神を助けるんだって。


 そうして大人になっていくに連れて、女神がどんな存在か知っていく。


 この国どころか、違う世界から来た人だと。世界が違うって何なのだろう。国が違うのとは違うのか。勇者と呼ばれる人と一緒にやって来た人。やっぱり女神だ。と俺は思った。そして。知る。


 俺は間に合わなかった、と。

 助ける相手がもうこの世のどこにも居ないのだ、と。

 死んで、しまった、と。


 女神が居ない。

 どこにも居ない。

 泣き喚くどころじゃない。

 多分、慟哭とは、こういう状態の俺だったんだと、思う。

 それくらい、女神を失った痛みが消えない。

 折角大人になったのに、助ける相手がいない。伸ばしても誰も手を取ってくれない。何もない。


 そうして、なんで俺は生きているんだろうって思いながら、日々を過ごしていた時だった。貴族の娘っこを拐って来る仕事をした。随分と肝の据わった娘で、騒ぎもしないことに気味が悪くなった。でも。


 そうじゃなかった。


 いや、確かに気味が悪いし、恐ろしいとも思ったが、そうじゃなかった。

 この貴族の娘っこが、お嬢が、俺の女神の生まれ変わりだった。彼女が再び呼んでくれた。


「黒い子犬」


 と。

 見つけた。俺の女神。俺が今度こそ助ける相手。女神は、見た目はこの国の人間そのもので、中身はアイツらやこの国の王様達のせいでひねくれたけど。それでも、俺を唯一人「黒い子犬」 と呼べる人。俺のことなんて信じられないって目をしながら、それでも生きて、アイツらやこの国に復讐するために、俺の手を取ってくれた人。この人のために、俺は今度こそ生きて死ぬ。


 この人のために。


 そんなある日、俺は前から聞いてみたいことがあったから、ちょっとまじめな気持ちになって女神に聞いてみた。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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