王弟との密談・1
「行ってくる」
「お嬢、お気をつけて」
「分かってる」
約束の5日目。再び王弟とやらに会うために私はやって来た。ベジフォードが再び迎えに来て今度は何も言わずに後をついて行く。5日前と同じ場所に、相手は居た。
「来ないかと思っていました」
「手を組むかどうかは別だが、共通の敵では有るようだからな。……聞いたか」
「……はい。お訊ねしたい事がございます」
「ふん、敬意を払われるような人間じゃない」
「分かった。では、改めて。君は何故、此方の世界に?」
その問いかけは予想がつかなかったため、少しだけ言葉が詰まる。あの日の事を忘れた事は無い。だが、何故、と問われると何故なのだろう、と自分で思う。
「なっちゃん……お前達の言う勇者は私の親友だ」
「はい」
「その親友が目の前で何かに引きずられるような感覚だった。失う、と思って咄嗟に手を伸ばして。そして気付いたらこっちだった」
王弟は、眉間に皺を寄せて何かを考える。
「実は。一応、王族で有る事から儀式の事は聞かされたし、その儀式のやり方も聞きました」
「それで?」
「こう言ってはなんですが……。《《何か一つでも間違っていたのなら》》儀式は失敗して、勇者もあなたも召喚されなかった」
まぁそうなのだろう。成功したから、こちらに来てしまったわけだ。
「ですが。成功したという事は、あなたが来る理由が解らないのです」
「……どういうことだ」
何が言いたいのか分からない。
「あの儀式は、異なる世界から勇者を召喚するための儀式。勇者《《だけ》》しか召喚されない魔法なのです」
ーーっ。
なんだろう。嫌な予感が背を伝う。
これ以上、聞いてはいけないような、そんな予感が身を震わす。
「そ、れは」
聞いてはいけない、と思うのに、口は考えている事を否定するかのように先を促す。
「つまり」
やめろ、その先を話すな!
「あなたも、勇者、なのだと思います」
聞いてはいけない事を私は正面から浴びせられた。
ばか、な。バカな。莫迦な!
そんな事が有ってたまるか!
だったら……!
「そんなわけがない! だったら、何故、私には何の力も無かった! 何故、なっちゃんだけがあんな目に遭わなければならなかった! 何故、私にも背負わせてもらえなかったんだ!」
そう。
もし、その仮説が真実だと言うのなら。何故、なっちゃんだけにしか力が与えられなかった。何故、なっちゃんと同じ事が出来なかった。何故、私はなっちゃんのお荷物でしか無かったんだ!
そして、何故……
私はあんな奴らに嬲りものにされ、慰みものにされ、そして終いには、なっちゃんと二人で棄てられなくてはならなかったという。
一体私達が何をした!
貴様らは勝手に私達を呼び出して、勝手に私達を使い倒して、勝手に私達を棄てたんだろうがっ!
私の人生を返せ!
私のなっちゃんを返せ!
なっちゃんの人生を返せ!
ああ、そして、私の絶望した瞬間を失わせたこの目の前の男が憎い。
何度も何度も何度も、なっちゃんと同じ力が欲しい、なっちゃんと同じ場所に立ちたい、なっちゃんだけに背負わせたくない、と思ったことだろう。
それを。
その絶望を、この目の前に居る男は、今、失わせたのだ!
私が勇者《《ではない》》から、なっちゃんと同じ力が無かった。なっちゃんと同じ場所に立てなかった。なっちゃんだけに背負わせた、と後悔ばかりだったあの日々を、この男は、こいつは、この野郎は、無かった事にしやがった!
私は目の前の男が憎くて憎くて堪らなくなった。
「死ぬ、覚悟は出来ているな」
絶対に許さん。
こいつは、この男は、ここで殺してやる
「待て」
ベジフォードが王弟の前に立つ。その男を庇うというのなら、貴様も此処で共に殺してやる。服の内側に縫い付けておいたナイフを取り出そうとした、その時。
『待ちなさい』
その、声がした。
声だけで姿が見えないが、あの女神だ。王弟とベジフォードにも聞こえたのだろう。周囲を窺っている。
「なんだ、嘘吐き女神め」
「「女神?」」
嘘吐き女神、と呼び掛ければ王弟とベジフォードが訊ね返してくる。だが気にしている場合ではない。
『嘘吐きとは心外だ。でも、ちょっと待ちなさい。アナタが何故か憎いはずの王族に接触しているから会話を聞かせてもらっていた』
「盗み聞きか」
フンッと鼻を鳴らしてやれば、女神の苦笑した声が聞こえた。
『まぁ否定しない。でもそのおかげで訂正が出来るのだから感謝して欲しいな』
「訂正」
『そこの王族の考えでは、アナタは勇者だった』
口を噤む。聞こえてくる声に口は出したくない。
『それは違う。アナタは勇者ではなかった。そこの王族が言ったことが全て正しいわけではない。召喚には私が力を貸した、と言ったはず』
確かにそうだった。
『アナタはあの勇者に呼ばれた、というのが正しい』
「なっちゃんに呼ばれた?」
『というか、あの勇者が一人を恐れて咄嗟に縋った。アナタの差し出された手に。だからアナタはこちらに来た』
「そんなこと、言わなかっただろう」
『勇者が呼ばれた理由しか聞かなかっただろう。そして自分も勇者の力が欲しい、と』
それは……。自分となっちゃんが召喚された状況が同じだったから、理由が違うとは思っていなかった。だから自分で考えたこともなかった。女神を責めるわけにはいかないらしい。
「納得、した」
『それなら良かった。あまり力を使いたくない』
女神の声はそれきりだった。
都合が良すぎるタイミング。
まぁだから確かにこちらを気にかけていたのだろう。王弟の考えを否定したのは、あの女神の中で聞き捨てならなかったからなのだろう。まぁいい。取り敢えず、こちらに来た理由が思いもかけず分かった。それは素直に受け入れる事にした。
王弟とベジフォードが半信半疑の顔で此方を見ている事に、鼻を鳴らした。
「なんだ」
「ほん、とうに、女神か?」
ああ、そうか。此方は日本以上に神秘な存在に畏怖だか尊敬だか忌避だか、そんな感情を抱いているのか。ベジフォードの、いつもは尊大に見える態度が恐る恐るになっていて嗤える。
「そうだな。私が転生出来たのは、あの声の持ち主が手を貸したから。……説明したはずだが?」
日本人だった前世からサーシャへと転生した、と話したはずだが、聞いていなかったのか、信用していなかったのか。……おそらく後者だろう。まぁ別に構わん。信用も信頼も不要なのだ。欲しいのは、此方を裏切らない協力関係。そして。
王族をこの手で。
「……いや、神の存在を、こんなに身近に感じたことは無かったものでね」
ベジフォードが大きく息を吐き出す。
「どうやら、推測が間違いだったようだ。済まない」
王弟はそう言うと、気を取り直したように口を開いた。
「君は、王族を滅ぼしたい、そうだね?」
その問いに当たり前だ、と頷く。
「だがそれだと、国をまとめ、導き、守るものが居ない」
ベジフォードの言葉にまた、鼻で嗤ってやる。
「こんな国、滅びればいい」
そう。
私の復讐は、王族だけじゃない。この国の、国民全てが対象だ。誰も、誰も、だれも!
私となっちゃんに手を差し伸べて来なかった。なっちゃんに助けられておいて、掌を返したように、誰も。
「あなた方の世界では、上に逆らう事は許されるのでしょうか」
王弟の言葉に、何を尋ねられたのか解らず、目を瞬かせる。いや、尋ねられた内容は理解出来るが、今、それを問われた意味が不明。
「許される時と、許されない時が、あるな」
「許されない場合の罰則は?」
質問の意図を解せずに答えれば、さらに問われる。
「罰則……。時と場合により、だな」
「そうですか。……この国は、王国である以上、国王の命は絶対です。それに逆らう者は貴賤を問わず、それこそ王妃や王子であっても、許されません」
何が言いたい。
「あなた方の最期について、調べていました。民は……、国の者達は、勇者に感謝していました。たとえ、それが忌み嫌う赤い髪の持ち主であっても。……ですが。国王は、あなた方を確実に《《死なせる》》ために、褒美も与えないどころか。生活の保障も与えなかった。そして、国民達には、あなた方がどれだけ困っていても。空腹で倒れて食べ物を恵むように言ったとしても、与えることを禁じました」
「つまり、命令だった、と?」
問えば、王弟は静かに肯定する。チッ。どこまでも腐った奴等だ。だけど。
「国王の命令だからといって、それを盾にして助けない、と決めたのは国民の方だろう」
つまり、命令に叛くのが怖くて従っただけ。
「それは、仕方ないのです」
仕方ない? 仕方ないで、死んだ私達が受け入れられると思っているのか⁉︎ 口を開くより早く。
「命は、惜しいものです」
また静かに王弟が言葉を落とす。
命。
「まさか、あの屑共、手助けをしたら、お前達の命を奪う、と命じたのか⁉︎」
王弟に一歩詰め寄る。
「はい。国王の命は、勇者達に手を差し伸べた者は、誰であれ、殺す、と。それが嘘でなかったのは、あなた達がまともに褒美を与えられない事に反発したとある文官が、翌日には物言わぬ身体に……明らかに殺されたと解るように、死んでいたからでした。見せしめに、殺されたのでしょう。あなた方には知られないように国民に知らせる事くらい、簡単ですからね」
そうか。私となっちゃんを助けようとしてくれた人が居たのか。……そして、そのために、殺されてしまった。
そんなことを知らされれば、誰だって命は惜しい。だから、食べ物を恵んでももらえなかったのか。
本当に、そんな人の命を軽んじる奴が国の頂点にいるなんて、どうしようもない。
お読みいただきまして、ありがとうございました。