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嗤う男の正体・4

「あんたは……《《あの》》王族とは思えんな」


 敢えて挑発を続ける。王弟殿下とやらは、クスクスと笑った。


「ああ。アイツらと同じ存在になりたくないのでね」


 面白い。

 その一言で振り向き王弟殿下とやらを見た。成る程、確かに王族の一員では有るのだろう。髪色や目の色は糞王太子達と同じ色だ。しかし王弟という事は、現国王の弟という事。それは解るが……。


「王弟、ね」


「そこが引っかかるのか、君」


「年齢が離れ過ぎだろ」


「確かにね。先王で有る父が、無理やり手篭めにしたメイドが母なんだ。もう国王を引退していて大人しく離宮に居れば良かったのに、女好きで、どうしようもない男さ。子種なんぞ無いかと思っていたら、うっかり私が出来てしまってね。母は望んでもない私を堕胎する事も許されずに産んだ」


 初対面の相手に話す事ではな無いだろうに。この目の前の男が何を望んでいるのか、その目を見据えてみる。


 口元は緩やかに笑みを浮かべているにも関わらず、全く目は笑っていない。寧ろ……


「ああ、あなたは、先王を憎んでいるのか」


 この目を知っている。

 前世の私が水溜りや川などで覗いた自分の顔で見た。

 王弟とやらの隣で飄々としているベジフォードで見た。

 憎んでも憎んでも憎み足りない相手が居る目。


「少し違うな」


 私の指摘に王弟とやらはわざとらしく驚いた表情を浮かべてから、否定する。


「ふん?」


「私は、現在の王族全てが憎いのさ。私を含めて、ね」


「ほう。奇遇だな。私も同じだ」


 今度は私がわざとらしく驚いて言ってやった。王弟とやらは、目を瞬かせて本当に驚いているようだ。それから、フッと笑みを零して


「私は、アレド。君は?」


 名乗ってきた。


「サーシャと言う。家名は捨てた」


「サーシャ、ね。確か元グレイル伯爵家にそんな名前の令嬢が居たね」


「家名は捨てたのさ。別に必要も無いだろう」


「そうだな。君は何を望む?」


「あなたと同じさ」


「成る程」


「言っておくが、私はアンタを敬う気は無いよ。私の事はベジフォードから聞いてくれ。その上で私を仲間にするのか、利用するのか、切り捨てるのか、判断してくれればいい。但し。私は易々と殺される気は無い。それだけだ」


 不敬を承知での態度を取っても王弟とやらは気分を害した様子が無い。


「いいよ。分かった。取り敢えず顔は合わせたから、また後で此処で会おう。いつ、来るかい?」


 それどころか笑ってそんな事を言い出した。


「5日後に来る。あまり頻繁に出入りして目を付けられたくないのでね」


「では、5日後に」


 私が今度こそ去ろうと足を進めても、今度はベジフォードは止めない。どうやらベジフォードの目的も果たせたようだ、と納得して私は図書館を出た。直ぐにヤンがやって来た。本当に何処にも行かずに図書館の前で待っていたのか、と少し呆れたが、まぁいい。これだけ忠実ならば私を裏切る事もそうそう無さそうだ。


 万が一裏切られたら、私の見る目が無い、という事なのだろう。


「王弟、を、知っているか?」


 私の問いかけにヤンが首を振る。


「高貴なお方のことなんざ、知りやしません」


「そうか。そうだな」


「何か有ったんですか、お嬢」


「王弟とやらに会わされた、というだけのことさ」


「何かされやしたか⁉︎」


「いいや。信じる気はないが、己を含めて王族を嫌っている所は気に入った」


「へぇ。そんなヤツも居るんですね」


 ヤンの声に頷いてから少し考える。


「ヤン」


「はい」


「勇者が魔物から救った街や村はどうなっているか知ってるか?」


「知ってますが……何故です?」


「感謝なんぞされた事は無いが。……それでも、なっちゃんが命を賭けていた事だから。どうなっているのか、知りたい」


「全ての村や街へは行けません。……ですが、何処の村や街でも変わらない。勇者の事は忘れて怯えない暮らしをのんびりと受け入れている」


「……はっ。やっぱりか。この国の者達は感謝なんぞしないんだな」


 私が鼻で笑うと、ヤンは何も言わない。

 私も何か言ってもらいたいわけじゃなかった。

 そういえば。


「ヤンは、私達が死んだ場所を知ってるか?」


「いえ」


「そうか。なっちゃんの墓も無いだろうけど。それでも会いたいなぁ……」


 日本人だった頃、神様なんて信じてなかった。お墓参りに行っていても、それが習慣だっただけ。死んだ人に会いに行く、という感覚は無かった。

 だけど。

 今は、墓が無いならせめて、私達が死んだ場所に行って、もう二度と話せない、と解っているのに。なっちゃんに話しかけたくなった。


「場所……覚えてやすか?」


「いや。もう最後の方は、空腹で頭が回らなくてね。一応金を受け取っていても、その金で物を買った事が無かった。何せ、売ってもらえなかったんだ。あの屑共は、私を嬲り者にするだけだったのに、なっちゃんに全てを押し付けるだけだったのに、ちゃっかり、金以外にも色々貰ってさ。私となっちゃんの事を見向きもしなかったよ。アイツら、きっと私達の事なんて記憶の片隅に追いやっていたんだろうね」


 実際、あの屑騎士を手に掛けた時も、まるで罪悪感なんて有るようには見えなかった。だからこそ、こっちも躊躇なく殺せたけど。


 生きることに執着したのは、なっちゃんより私だったのかもしれない。

 だってなっちゃんを看取ったのだから。


 アイツらを憎んで恨んで復讐したい、と思ったのも私の方が強かったのかもしれない。

 だって、転生したんだから。


 でも。

 本当にそうなのだろうか。

 本当に、なっちゃんが転生していない、と言える?

 私を転生させたのは、あの女神だが、神という存在は他にも居る、と言っていたじゃないか。他の神がなっちゃんを転生させた、という可能性も無いだろうか……?


 なっちゃんと私が死んだ場所に行きたい。


 でも、それは後回しだ。5日後、またあの王弟とベジフォードに会う必要が有る。きっと私の過去をしった、王弟が。

 その時の王弟の顔が見ものだな。

 それによって対応を考えよう。


「ヤン」


「はい」


「5日後、また此処に来る。王弟とやらに会うために」


「はい」


「それまでは何処かで、また私に護身を教えてくれ」


「分かり……やした」


「……なんだ?」


 身を守る術を教えろ、と言っているのにヤンは渋々とした表情になる。訝しく思う私にヤンが困ったように笑った。


「お嬢は……あまり体力がねぇモンで」


 つまり、運動音痴だと言いたいわけだな。それは否定しない。未だに体力増強を兼ねて走り込みをしても体力は付かないし、速く走れない。おそらく私を抱えて走るヤンの方が速いくらいだろう。

 日本人だった頃からそうだった。

 運動神経が切れているか、存在しないか、などと笑われるくらい、運動は出来なかった。


「悪かったな。だが、教えてもらわねば、身を守れん」


「それはそうなんですが。……お嬢は、以前もそうだった、と言ってやしたね」


 前世も運動音痴だったという話だろう。


「そうだな」


「それにしちゃ、よく、旅についていけてやしたね? 遠くから見ていても過酷な方だったでしょうに」


「そりゃあそうさ。過酷な旅……」


 私はヤンの指摘に、何を当たり前な、と鼻で笑ったが、ふと、その指摘に首を傾げた。足も止まってしまうが、ヤンに促されて半ば引き摺られるように足を動かす。


 ヤンに言われるまで気づかなかったのが不思議だ。己の事だというのに。

 そうだ、何故、気付いていなかったのだろう。


 私はヤンを困らせる程、日本人だった頃から嘲笑される程、運動神経が鈍い。

 それなのに。

 あんな過酷な旅についていけていた。途中で倒れてもう歩けない……なんて思った事は無かった。

 置いて行かれないように必死だった。

 それもある。

 なっちゃんと離れたくなかった。

 それもある。

 だが。


 それだけの気持ちでついて行けるような旅なんかじゃなかった。


 何故、今まで気づかなかったのだろう。自分のことなのに。いつ倒れてもおかしくなかった。いつ足手纏いになってもおかしくなかった。いつ死んでもおかしくなかったのに。


 私はあの旅について行けていた。

 最低限の食事と睡眠、その上、嬲られて慰み者にされていた日々だったのに。よくよく考えてみれば、いつ死んでいてもおかしくなかった。なっちゃんだって、活発な女の子だったが、あんな過酷な旅に耐えられる程の体力なんて無かった。


 勇者だったから。


 その一言で集約出来るものだったのだろうか。確かになっちゃんに不思議な力は発現したけれど、その力が加わっただけで、後はいつもと変わらない気がした。……今、思い返してみたならば。果たして、勇者だったから、という事実だけで片付く問題なのだろうか。


「お嬢? どうかしなさったんで?」


 どうやらヤンは自分で疑問を出して来たのに、それがどれだけ大変なものなのか、自覚が無いらしい。


「お前の疑問について考えていた」


「俺の疑問?」


「今、言っただろう? 私が良くあの旅に着いて行けたな、と」


「はぁ、まぁ」


 本当に、それがどれだけ大変な疑問なのか全く気付いていないようだ。なんでだ。……いや、だからこそ、か。こういう人間の方が本質を見られるのかもしれない。


「お前も知っての通り、私は運動が得意ではない」


「はい」


「前世もそうだった」


「そんな話でしたね?」


「言っておくが、お前が私に体力を付けてくれているからな? 今の方が《《体力が有る》》」


「という事は」


「前世は殆ど体力が無かった。それなのに、あの旅に着いて行けていた。……お前の言う通り、良く着いて行けていた。そう思わないか?」


「女神の加護とか」


「加護?」


「違うんですかい?」


「さぁな。もし、それが有るとしても、私には無かったと思う。有ったとして勇者の方だろうに。私は勝手に着いて来たんだぞ」


「そうなんですか」


「そうだ」


 余計に、私があの過酷な旅に着いて行けた理由が解らない。どういう事なのだろう。


「……情報が足りない。何も考える材料が無いのに考えても仕方ない、か。この件は取り敢えず置いておく。ヤン。護身術、頼むぞ」


「はい」


 今、何の判断材料も無い時点でアレコレ考えていても無意味だ。机上の空論になってしまう。やれる事をやって考えるべき時に考えよう。

 そんなわけで、王弟とベジフォードと会う日まで、兎に角体力作りと護身術の訓練をしていく。そのおかげか、背後から捕まった時には下に身を屈める動作が素早くなった。それだけでは直ぐ捕まるので同時に足の甲を踏む行為も覚える。出来るなら男の股間を狙え、というのがヤンの教えだ。良くは知らないが相当痛いらしい。


 また、捕まった時の手を振り払う場合、ただ振り払おうとしても難しいため、親指一本でもいいから、無理やり外側へ曲げると良いらしい。考えてみれば、自分でも指を無理やり反らせると結構痛い。成る程、全部は難しくても一本に力を込めれば痛くて手を放すものなのだな、とヤンの教えに頷く。後は戦うことは難しいので、兎に角逃げる事だ、と繰り返し教わる。その際、ヤンも一緒に襲われていたのならヤンは見捨てるように、とクドクドと言われた。お前に言われずとも、見捨てるに決まってる、と何度口に出しただろう。


 それでもヤンは繰り返すのだ。


「必ず、見捨てて下さいよ」


 と。

 まるで、その時が来たら見捨てられないと思われているかのように。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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