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嗤う男の正体・1

 男への警戒心をヤンが解いたからか、男は「着いて来い」と歩き出した。こんな所でゆっくり話し合いは出来ない、という判断なのか。それとも何か別の思惑が有るのか。何にせよ、ヤンが私を立たせてベジフォードの後を着いて行くので、私も後を着いて行く。今の所、私はヤンの判断に従う。


「ここだ」


 大通りだが人目を避けるような、或いは急いでいる事が判るような、早歩きで結構な距離を歩いた先。貴族の屋敷とは言い難い、どちらかと言えば日本人の平均的なサラリーマンの30年ローンで組んだような家、が目の前に有った。


「こんな小さな家で済まないな」


 日本人の記憶を持つ私からすると、一般的な家だから居心地は良さそうだけども。男には当然言わない。適当に案内されて座った所で、男が茶を出して来た。入る前から思っていたが、使用人の1人どころか家族も居ないようだ。何しろ生活感がまるで無い。


「此処は隠れ家?」


「ほぅ。そんな事も判るか」


「生活感が無いからな」


「ああ、成る程な。茶に毒など入っていない。飲むといい」


 勧めつつ、ベジフォードが先に口を付ける。ヤンも口を付けたのを見てから口を付けたが、中々に良い茶葉を使っている、ということしか判らなかった。


「さて。何から話そうか……。先ずは、そうだな。サーシャ嬢。君は何故、自分の家族や使用人達を死なせた?」


「それをあなたに教える義務は無い」


「だろうな。君が火を付けたのは知ってる。君の家には、私の協力者が使用人として潜んでいてね。情報を集めていた。だから君が、そこの護衛と何故か護身術を学んでいたことも、君が知識を得ようと貪欲に本を読んでいたことも、人を殺そうとしていたのか、ナイフの扱い方を覚えていたことも。知っている」


「……成る程。取り逃がした奴が居たのか。全員死んでもらう予定だったのに」


「ああ……やはり君は、憎悪を抱えているんだね。サーシャ嬢をあの茶会で見かけた時、笑顔を作りながら目に憎悪がチラつく事が有った。直ぐに隠していたのも素晴らしかったが。君は王族を嫌っているように見えた。いや? 憎悪の対象が王族のように見えた」


 成る程。ベジフォードとやらは、良く私の事を見ていた、としか言えない。だが、それも無言を通す事にしよう。まだ目の前の男が何を望んでいるのか、解らないうちに手の内を見せる気は無い。


「それは気のせい、では? 王族に叛意が有ったら捕らえられますからね」


 私がシレッと答える事も想定内なのか、ベジフォードはまたも嗤う。蝋燭の明かりの中で男を観察すると、どうにも20代のように見えるのだが。まぁあくまでも見た目だからな。見た目を信じて痛い目に遭うのもバカらしい。そう自らを律しつつ。少し冷めかけたお茶に、また口を付けた。


「確かにな。普通ならば王家にそんな感情が有れば、叛意有りだと思われる。捕われるだろうな。それでも、君は王家に憎悪を抱いている。俺はそう思っている。さすがにその理由は不明で見当もつかないが。理由はさておき、君は無関心にはならなかったのかい?」


「無関心?」


 ベジフォードの質問。私は嗤って尋ね返した。


 良く、「好き」の反対は「無関心」だとか言うが、好いてもないのだから、反対の無関心とやらになれる訳がない。強いて言うなら「嫌い」が「憎悪」に振り切れただけだ。


「そうだ。無関心だ。相手に対して何らかの感情を持つという事は、それだけ相手に興味がある証だからな」


「成る程、一理ある」


 だが、無関心などという生温い状況に身を浸らせる気はない。関わらなければ存在を無視? 冗談じゃない。向こうが関わって来ようが関わって来なかろうが、私は関わっていく。


 この国の奴等を、王族を皆殺しにするまで。


「だが、君はその無関心すら許せないようだな?」


 見透かして来るこの男に、不快感が押し寄せる。


「そう、嫌そうな顔をするな。取って食うわけじゃあ無い。君は目がよく君の感情を教えて来るんだ。王家に対してそんな底の見えない暗さを浮かべた目をする者などいないからな」


 目か。

 目に感情が乗っていたとは、失敗したな。だが、今はもうこの際だ。肯定も否定もせずにベジフォードの話を聞く事にする。


「目、ね。それで? ベジフォード様の見立てでは、私はどう思っている?」


 敢えて挑発するような口調で問えば、ベジフォードはまた嗤った。


「そんな子どもっぽい挑発には乗らないよ。俺の見立てという程のものは無い。だが、王家を滅ぼしたい、とでも思っているようだったから、最終は王家なのだろう」


 まぁ王家は今のところ、最終目標だ。


「これはあくまでも、私の手の者が観察した結果から推測しただけなのだが」


「ああ、そうだ。貴方の所から使用人が潜り込んでいた、という話だったね。そもそも貴方は何故、手の者を潜り込ませていた?」


 推測とやらの話を聞く前に、私はベジフォードの手の者が潜り込んで来ていた理由を教えてもらう事にした。


「ああ……。だいぶ前から潜り込ませていたのだが、俺は君の伯父上を許せないのさ」


 ほぅ。あのクズな騎士が許せない、ね。あのクズにでも金を巻き上げられたとか? それとも女? まぁ何であれご愁傷様、という言葉しか出てこないな。なんだろう。途端に話を聞く気が失せた。適当に相槌を打って聞き流すことにしておくか。


「ああ、女か金でも奪われた? それはご愁傷様」


 テキトーに言葉を紡いで、ベジフォードの思惑を聞こうとした、が。


「そんなありきたりのものじゃない」


 ……どうやらきちんと聞かないと気が済まないようだ。面倒。


「へー」


「君は伯父上が勇者の騎士だったと知っているだろう?」


 その言葉。私は真面に聞く事にした。


「それが?」


「君が家族の何を恨んでいるのか知らないし、王家の何を恨んでいるのかも知らない。だが、俺が復讐するはずだった君の伯父を結果として君は殺してしまったのだから、君は聞く必要が有る。本来なら復讐する時に君の伯父に話す予定だったからな」


「代わりに聞け、と? そんな事をする義務は無い」


「だが、君は勇者の騎士の一言で俺の話を聞く気になった。目が変わったぞ」


 チッ。厄介だな。目を閉じておけば良かったか。


「聞こう」


「君の伯父上がどうして伯爵家を継がなかったのか、知っているか?」


 そういえば……知らないな。確か家の継承は長男が基本だ。末っ子でも長男ならば長男が継ぐ。継がないのは、余程の失態をしている事になる。そういう意味では、あの男は勇者(なっちゃん)と共に魔族討伐に赴いていた。という事は、グレイル伯爵家の名を上げた事になる。継がないのは、おかしい。


「知らない」


「そうだろうな。……勇者の存在はどう聞いている?」


「髪が赤い女、と」


 コイツも赤い髪は化け物だ、悪いものだ、と言うつもりか?


「それは合っている。確かに赤い髪だった」


「見たことが?」


「有る。俺は……懐かしかった」


「……懐かしい?」


 朱世の時もサーシャの今も聞いた事のない感想を呟く。


「俺の母は元々この国の出身では無くてな。とある芸達者な集団で踊り子を演じていた。その母を無理やり妾にしたのが父だ。その時には既に正妻がいた。母にも恋人がいた」


 あー、ホントにこの国の奴等はクズだな。


「それを引き裂き無理やり抱いて妾にした、というところか」


「少女の言葉じゃないな。だが、まぁその通りだ。そして母は俺を産んだ。正妻には子が居なかったから、それはそれは憎まれたよ」


「そうだろうな」


 女の敵は女。

 昔からそう言われるが、世界が変わっても憎いのは夫を奪った女、になるのは変わらないのか。


「まぁ直ぐに正妻も子を産んだけどな。俺は母と2人で父である男の元を去る事が夢だった。だが数年で男は母に飽きて母は捨てられた。それ自体は構わないが、母が俺を育てるのは大変だっただろう。身体を壊して俺が5歳にもならないうちに死んだ。世間体を考えたのか、他の要因が有ったのか、それは知らないが父である男に俺は引き取られ5歳を迎えた年だった」


 一旦言葉を切ったベジフォードは、視線を彷徨わせる。


「母は……この国で忌み嫌われる赤い髪の持ち主だった。父である男は、それを知らなかったんだ。それはそうだ。母はこの国で興業する時には髪を染めていたからな。俺が生まれた時もあの男は俺に会いに来なかったし、母は誰の手も借りずに俺を産んだ。だから俺の髪も赤い事を誰も知らなかった。……あの時までは」


 髪が赤い? ベジフォードの告白に私は蝋燭の明かりとはいえ、外の闇夜よりも明るい室内で男の()()()()髪をジッと見た。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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