表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/42

復讐の足音・3

長めの文になっています。

 何時間かかって燃えたのか、私は知らない。屋敷の周囲の人達が気付いた時というのは、もうだいぶ燃えてから。日本の都会みたいに家が密集しているわけじゃないし、ましてや貴族の屋敷だから近所に気付かれる程の燃え方って、もうかなり火の手が回っていないと無理。果敢にも中の人を助けようと試みる人が出るかな、なんて思ったけれど。残念ながらそんな奇特な人は現れなかった。


 周囲は火事に気を取られ、私の姿には気付かない。ヤンの外見は目立つから離れた所に居るけれど。私は野次馬の後ろの方で全てが燃えるのを見ていた。


「さようなら、オトウサマ。オカアサマ。使用人達」


 別れの言葉を紡いだ私は、サッとその場から離れてヤンの元へ。今後をどうしようか、話し合おうとした矢先に、ヤンが足早に私の腕を引いて歩き出す。


「ヤン?」


「女神。ちょいと抱えても?」


「えっ、なんで」


「お願いします」


「……分かった」


 ヤンが足早になった事に疑問を浮かべて呼び掛ければ、なんだか気が急いたように抱えたい、と言われて不承不承に答えた途端に所謂お姫様抱っこの状態になって、ヤンは駆け出した。声を出したかったが、なんだか舌を噛みそうでやめる。しかも不安定だから仕方なくヤンの首に手を回して男に触れる恐怖心と闘いながら、安定を図った。


 暫く走るヤン。しかし、舌打ちをして急遽真っ直ぐに走っていたのを直角の勢いで右へ曲がり、手を回していなかったら振り落とされていたのでは……と別の意味で怖くなった。でもヤンのスピードは変わらない。そしてめちゃくちゃに動いていく。気持ち悪くなって吐きそうだ、と思った時、ヤンがまた舌打ちをして足を止めた。


「ヤン?」


 気持ち悪さを抑えて少し呼吸を乱すヤンに呼びかけるが、ヤンはクルリと体勢を変えて今通って来た道を見据える。私はその異常さに同じように視線を向けた。やがて聞こえて来た足音。ーー人間だ。と理解したと同時に、ヤンが私を地上に下ろしてその背に私を庇う。


「誰だっ」


 ヤンの誰何に声が聞こえてきた。


「怖い顔しないでくれ。ちょっとそこのお嬢様に尋ねたい事が有るんだ」


 声は男。まだ若そう。そして、私に用が有るらしい。


「怪しいヤツと会話などさせない」


 警戒心が解けないヤン。ということは、ヤンの知らない人ということ。私は尚更その人物を知らない事になる。それなのに私に尋ねたい事? 意味が解らないから、私はヤンの背から出ないで様子を窺う事にした。


「怪しいヤツだとは思うけど、話をする価値は有ると思うよ。ねぇ、サーシャ嬢?」


 “私”の名を知っている、という事は、少なくとも何処かで会ったか、向こうが私を知る機会があったという事。可能性としては貴族、だけれど。貴族がーー男といえどーー従者か護衛も付けずに1人で動くだろうか。迂闊に返事も出来ないし、動く気もなかった。


「アンタ、ずっと付けて来ただろう」


 警戒心の解けないヤンの鋭い声に、どうして抱き上げたのかやっと理解する。私を尾行していた事に気付いたから撒くためにお姫様抱っこして闇雲に走り回ったんだ。私のためだったのなら、男に触れることの恐怖も許せる。そして説明しなかったのは、兎に角この男から逃げるため。だけど。


 ーー逃げ切れなかった。


 多分、ヤンは疲れている感じはしていないから。私の体調を考慮してくれたのだろう。いくら私自身の足じゃなくてもあんな風にあちこち振り回されては、吐きそうになっていた。多分その事にヤンは気付いていて。だから此処で相手と向き合う事にした。……つまり、足手纏いになったのは私自身だ。


 けど。私を置いて行け、なんて言う気も無いし、置いて行かれても正直なところ、一応お嬢様生活していた私に土地勘なんて無いから迷子確定で、下手すりゃ家が火事になった事による面倒が目の前に積み上げられる。さすがにそれは勘弁願いたい。多分、ヤンはそんな事までは考えていないだろうが、此処で相手と向き合う事が面倒が少ない、と本能で判断したのだと思う。


「俺はお前じゃなくて、そちらのサーシャ嬢と話したいんだよな」


 声は「良い天気ですね。明日も晴れるかな?」程度の軽さだけど、一歩近づいただけで、ヤンが身構えた。少しずつ身を守るためにヤンに特訓してもらっている私も、相手が口調とは裏腹な軽い男じゃない事を読み取る。なんていうのか。気配? いや、身体の動かし方? が、死んだオトウサマとか男性の使用人達のような動かし方と違い、隙がない、と言えばいいのか。まるでそう、野生の動物が獲物を捕らえる時の慎重さみたい。


 という事は、少なくとも自分の腕に自信が有るタイプ。過信するタイプならば隙も出来るけどそこまでは判断出来ない。自分の腕に自信が有るのは構わないが、ヤンと戦ったとして勝つのはどちらか判らないのであれば、話し合いとやらを受け入れる方がいいはず。ヤンの方が実力が上なら良いけど。それは判らないから。


「ヤン、下がりなさい」


「しかしっ」


 ヤンに「自分の腕に自信が有る奴だと逃げるにも、厄介。逃げ切れないと判断したから対峙したわけでしょ。今、ヤンに怪我をされるのは困る」と耳打ちをすれば、ヤンは反論しなかった。


 という事は、やはりこの男と戦ってもヤンが確実に勝てるかどうか判らないという事。それならば相手の出方を見るためにも話し合いに応じよう。


「話を聞こう」


「サーシャ嬢はまだ15歳のはずなのに、随分と冷静だな」


 私の名前だけでなく年齢まで知っている。……誰だ。夜だから相手の顔が判らない。判別出来るまで近づくというのは、私が捕らえられるにしろ、傷つけられるにしろ、殺されるにしろ、簡単に出来る距離になる。さて、どうしたものか。


「私がサーシャだとして。アンタは誰で用件は何」


 まぁこんな質問に真面に答えるとは思ってない。ただ、回りくどい質問をする時間が惜しい。答えがもらえなくても別に構わない。この状況の打開案を考えるための時間稼ぎの質問だ。


「俺はベジフォード。ベジフォード・ゲノ子爵位を賜っている」


 やはり相手は貴族だった。

 子爵と言えば、死んだオトウサマより爵位は下だが、それはあくまでもオトウサマとこの男の上下関係であって、私とこの男ならば私の方が上下関係は下。

 これが通常の知り合い方ならば貴族令嬢らしく挨拶をしなくてはならないが、私にその気は無いし、相手もそれを望んでいるとも思えない。なので挨拶は黙殺しておこう。


 「それで? 子爵というお偉い方が何か?」


 オトウサマが死んだ時点で私の身分は平民で有る。何故なら私の他に跡継ぎが居ない上に、私を跡継ぎとして届け出ていないオトウサマだったので、伯爵家は事実上無いということ。爵位返上だかなんだかそういった手続きは知らないが、私は行方不明なのだ。後の事は知らん。


 そんな事を思いながら子爵サマが何を言うのか見ていた。


「令嬢らしからぬ物言いを見るに、あのお茶会で王族相手には特大の猫でも被っていた、か?」


 ()()お茶会。王族相手。

 少なくともこの男はあの時に居た、ということ。

 でもあのお茶会は愛人……じゃなくてなんだっけ? 側室? を、選ぶからって令嬢ばかりだったよね? どこに居たわけ?

 とにかく。敵味方の判別が付かない以上下手な発言は控えよう。


「王族相手にこのような物言いをして無事でいられると思うような頭の悪い令嬢だと思われていたのなら、心外だ」


「はは。違いない。悪かった」


 軽い笑い声さえあげるベジフォードとやらは、さて何を考えているのやら。こちらとしても言葉遊びをしている暇は無いし、腹の探り合いをする猶予も無い。


「それで、ベジフォード・ゲノ子爵サマはサーシャ嬢とやらにどんな用件で?」


「別にそんなに警戒しなくてもいい。君がサーシャ嬢なのは分かっている。あのお茶会には、そこの護衛も一緒だったからね」


 確かに。ヤンも居たな。


「分かった。私がサーシャだと認めよう。それで?」


 溜め息と共に肯定すればベジフォードとやらは満足気な声音で答えた。


「どうだろう? 君が自分の両親を死に追いやった事も、もっと言えば、王家の覚えめでたい君の伯父を死に追いやった事も黙っておく。だから私の協力者になってくれないか」


 何を言っているんだ、コイツは。顔が見えなくとも声だけで判る。


 私がこの申し出を()()()()()()()()()()()()ようだ。何故勝手にこちらの気持ちを決め付ける。しかし、落ち着こう。下手に怒鳴りつけるとか、反論をすれば機嫌を損ねかねない。


「そんな物言いで信用出来るか。断る」


「良いのかい? 断れば君を見つけた、と世間や王家に訴える」


「構わない。面倒が増えるだけだ」


「確かにそうだな。やはり年齢よりずっと大人びて頭の回転も早い。分かった。君にはきちんと話そう」


 ベジフォードとやらは、声音を変えると、ゆっくりと歩み寄って来る。私は警戒したけれど、逆にヤンが警戒心を解いている事に疑問を感じた。


「何故警戒を解く」


「今までは、向こうもこっちも様子を見てやした。だから向こうも警戒していたし、なんだったらお嬢と俺を殺す気も有った。けど、今はそういうのが無くなったんで、少なくとも今はお嬢に手は出されないって判断しやした」


 そういうものか。

 さすがに殺気とか判らない。一応、私の味方であるヤンがそう言うのなら、今は殺されないと思う事にする。

 とはいえ、いざ何かあれば、ヤンの事を見捨てて私は逃げる。

 ーーそれだけだ。


 やがて私とヤンが居る場所から月明かりで顔の判別が付く所まで足を進めたベジフォードとやらは、そこで足をピタリと止めた。


 その顔を見て少し驚く。


「あの令嬢達のお茶会で侍従をしていた男か。子爵、と言うのならば当主だろう。何故そんな人物が()()()()()を務めている?」


 おかしくないのかもしれないが、通常侍従は当主になれない次男以下と聞いた気がするのだが。


 私の率直な問いかけに男は嗤った。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ