復讐の足音・2
多分ちょっと……かなり?酷いシーンです。読まなくても大丈夫ですので、酷いシーンが気になる方は次話をお待ち下さい。
「あら、だって。私の事を2人がかりで嬲ったじゃない。男を知らない身体だと嬉々として。助けて、やめて、泣き叫ぶ私が面白い、とあの魔術師と共に笑っていたじゃない。どれだけ泣き叫んだって結界の中だから周りにも勇者にも届きはしない、とあの魔術師は言っていたわねぇ。でも結局、なっちゃんに勝てないからその腹いせで私を甚ぶっただけでしょう?」
「な、何故、それ、を……。勇者もあの女も死んだ、はず」
「あら、死んだから、此処にこうしているんじゃない。何の嫌がらせか、アナタの姪として産まれたと知った時は絶望したけど。でも、簡単に復讐出来る事にも気付いたから。アンタ達が崇める女神サマに、私も感謝したわね。それだけだけど」
「お、お前っ、まさか、あの女の、生まれ変わりだ、とでも?」
「あらぁ。ドクズの割には、酒ばかりの割には、良く気付いたわね。そうよ、その通りよ。アンタ達もこの国の王族共も、日本で平和に暮らしてた私となっちゃんを無理やりこっちの世界に、この国に喚んでおいて、使うだけこき使って、ボロボロになって使えなくなって、要らなくなったらゴミのようにその辺に捨てる。ーーふざけんなっ。貴様達の何がそんなに偉いんだ。騎士だから? 魔術師だから? 王族だから? そんなの、日本には居ない存在だし、居ても別に偉くも何とも無かったと思うわ。だって、アンタら別に特別な何かが有ったわけじゃ無いじゃない。ただの無能、能無し、能力も何も無い、無い無い無いってだけのクズだっただけじゃない! 返せ、私となっちゃんの人生をっ! 日本に帰して、愛する家族と共に過ごせた未来をっ! それが出来ないと解っていて、だからと言ってこちらで生きていく術も何も無く文字通り、命が擦り切れるまでこき使った挙句に棄てるようなドクズが、のうのうと生きてるんじゃないっ!」
本当はもっと言いたい事は有った。でも、眠り薬の効果がどれほどのものか分からないから。他の奴らが起きてきても困るし、コイツの薬の効果が切れて動けるようになっても困るから。
私はチラリと黒い子犬を見て。
ヤンも私を見返して。
2人同時に何かを言い返そうとしたドクズの胸にナイフを突き立てた。
でも。
非力の私だし、ヤンに手伝ってもらっても、人を殺めるのなんてこれが初めてだし。上手くナイフの刃が身体に呑み込まれてくれないし、暴れるし、叫ぶし、ナイフを引っこ抜こうとしても、それもままならないし。
だけど、ヤンが冷静に手伝ってくれて、何度も何度も刺すのを手伝ってくれて。
痛い、という声が聞こえた気がしたけど、なんとも思わない。ギャアギャア何か喚いていた気がしたけど、なんにも覚えてない。
「お嬢」
気付いたら、ヤンが私の手を止めてた。
「もう、コイツは死にましたよ」
ナイフを私の手から離して、ヤンが静かに言う。言われてヤツを見て。
血だらけのヤツの服。
夥しい血だらけの私の手。
刃こぼれしたナイフ。
血染めのナイフの柄。
諭すように教えてくれるヤン。
やっと。やっと。やっと。やっと。やっと。やっと。やっと。やっと。
やっと、1人目に復讐、出来た。
「お嬢、この後は」
「解ってる。火を付けて証拠隠滅だわ」
ヤンに促され、私は小さく呟きつつ頷いて火を付けるための物を取り出す。案の定まだ有った酒瓶から酒を振り撒き、台所から持って来た火種……マッチを擦って油を染み込ませた紙に火を付けようとした所で。
「サーシャ」
「サーシャちゃん?」
私の今世での両親が顔を出した。
「アンタ達寝てたんじゃないの⁉︎」
つい、舌打ちしてそんな口調で問いかける。両親はベッドの上を見て、母親の方は「ひっ」と短く悲鳴を上げて父親の方は無表情に私を見た。
「サーシャ。兄上は、この国の英雄だよ? 何故こんな事を?」
「フン。英雄? このクズが? ああ、まあそうね。アンタ達親戚にとっちゃ英雄サマだもんねぇ」
「サーシャっ! 伯父に対してなんて無礼をっ」
「うっさいな。アンタ達もこのドクズもついでに此処の使用人達も私は家族とも何とも思ってないっつーの。まぁ? アンタ達が結婚して? ヤルコトやって、私を作って産んでくれた事だけは? 感謝してあげるわ。だから、大人しく寝てりゃあ良かったのに。睡眠薬が効かなかったのか、もう効果が切れたのか。全く運の無い奴等よね。一応育ててくれた恩とやらで、コイツを殺した理由と、アンタ達の息の根は私が止めてあげるよ」
鼻を鳴らして言えば、母親の方は、私の言葉遣いとか現状とかに気を失う寸前で。でも自分が殺されるのだ、と理解して意識を保った。父親共々真っ青な顔をしているけど。
「殺した理由ってやっぱりサーシャが」
「当たり前でしょ。このサーシャに生まれ変わる前からコイツは殺したかったんだから」
「生まれ変わる前?」
母親の方はもう何も言えないのだろう。父親に支えられるだけ。父親の方は気丈にも私と問答する。
「アンタ達がすっごい嫌ってる赤い髪の異世界から来た勇者は、前世の私と同い年の親友だった。ちょうど今の私より2歳年上だったね。そして、私となっちゃんはこの世界に召喚された」
「なに、を」
「アンタ達の娘の前世の話」
「勇者はなっちゃん。私の親友。元々黒い髪のどこにでもいる女の子だった。偶々髪を赤く染めただけだったのに。それだけでなっちゃんは疎まれた。勝手に召喚しといて、勝手に嫌って。アンタ達って異世界からの人間を人間とも思ってなかったんだろうね。でも私となっちゃんも思ったよ。この国の奴等は人間じゃない。人間の皮を被ったケモノとクズだってね」
「サーシャ、さっきから何を」
「うっさいなぁ。黙って聞けよ! アンタ達がアンタ達の勝手に自分の国の魔術師とやらを犠牲にして召喚した勇者と、存在すら知られなかった友達の私って人間の話をしてんだって言ってんの! アンタ達の殆どは、なぁんにも知らない。なっちゃんが、騎士のように剣を扱った事も無い女の子が、あっちの世界じゃ魔法なんて存在しないのに、こっちでは無理やり魔法を使え、と強制して、人間以外とはいえ、生き物を殺すように教えられた、そんな生活とは無縁だった女の子が! こき使うだけ使われて、そんで身も心もボロボロになったら、その辺に捨てられて死んでいった勇者と、その友人の存在を知ってんのかよっ」
「ゆ、勇者の話は……聞いている。忌々しい髪色の娘」
「はぁっ⁉︎ 髪が赤いってだけで、忌々しいとか何様のつもり⁉︎ アンタ達のその命は、その勇者によって助かってるくせに、どの口で言ってんだよ!」
「し、しかし、我儘で傲慢で高級な物しか食べないとか、宝石を寄越せ、とか、金を差し出せ、とか」
「あー、ぜぇんぶ、アンタの尊敬するお兄様っていうこのドクズの騎士とその相棒の魔術師が巻き上げたわねー。私となっちゃんは、パンとスープってくらいだったっつーの。おまけにアンタが尊敬する勇者よりも強くて優しいオニイサマは、召喚に巻き込まれた、何の力も持たない私という人間を男も知らない身体だと喜んで2人がかりで代わる代わる甚ぶってくれたわよ。無抵抗の私の身体を蹂躙しまくって、子どもが出来ると困るからって魔術師が作った、クソマズイ避妊薬を飲まされて。まぁ私もこんなクズ共の子どもなんか生みたくなかったから、それは感謝したけどね」
「あ、兄上が! 皆から慕われるこのお方が、そのようなっ」
「あー、うっさい。うっさい。信じたくないなら信じなくて結構。どうせアンタら死ぬし、死ぬまでとても清廉なオニイサマとやらを信じれば良いんじゃん? まぁ取り敢えず、嘘じゃないけどね。此処にいるヤンは、前世の私が助けた子ども。そしてヤンはアンタが尊敬するオニイサマと魔術師に私が甚ぶられていたのをしっかりと見ていた。まぁ? アンタ達からすれば? 下賤な身の上とかいうヤンの言葉も、信じられないだろうけどね。取り敢えず、私がコイツを殺したのは、私自身の復讐と、なっちゃんと私を見捨てた事と、あちらの世界にも帰さずに野垂れ死にさせた事の恨みだね」
何も知らなかった、知ろうともしなかった一応の両親は、呆然として言葉も無いようだ。まぁどうでもいい。
「さぁコイツを殺した理由は話した。アンタ達もこの家の使用人もこの国のヤツラってだけで私の復讐の対象になる。寝てれば余計な痛みなんか感じずに死ねただろうに」
「お嬢。いくら寝ていても火事で炎に囲まれれば目が覚めると思いやす」
「そうか。そうしたら熱くて逃げ出したくなって死ぬのも時間がかかるのかもね。まぁ私には関係ないや。さぁお喋りは終わり」
私はアルコールが染みたカーテンに火をつける。この国の酒ってアルコール度数が高いやつ多いんだよね。あっという間にカーテンが燃えて行き、絨毯や本棚に燃え広がって行く。一応の両親が消火しようと部屋を出て行こうとするから、ヤンに言って、まだ燃え広がっていないカーテンを引きちぎってそれぞれの両手足を縛るために2人を拘束させた。いくらヤンでも1人で大人2人を長く拘束は出来ないだろうから、私もさっさとカーテンを血塗れのナイフで切り裂いて先ずは父親の両手足を拘束していく。
「サーシャ、こんなこと、やめるんだ」
「は?」
「今なら引き返せる。兄の死は揉み消せばいい」
「何言ってんの。バカ? 私はこの国のヤツラ全員が嫌いなの。この国の生まれってだけで赤ん坊も老人も男も女も大嫌い。全員死ねば良いって思っているのにやめるわけないだろ。つうか、本当にサーシャの両親って言うなら、そもそもこのドクズのお偉い騎士サマが私を女として扱おうとして下品な笑みを浮かべて見ていた事くらい気付くだろ。気付かない時点で、前世の記憶が有ろうが無かろうが、親失格だ」
一応の両親は私の説得に失敗した上に、伯父が姪を手籠にしようとしていた、と聞いて死んでるドクズに蔑みの目を向けた。そんな目をしても気付いていなかっただろうに。……尤も気付かないことは罪じゃないかもしれない。気付けって思うけれど、普通にこの国でも親子兄弟・祖父母と孫若しくは伯父・叔父・伯母・叔母・甥・姪で男女の関係は許されていないからだ。但し、異母或いは異父の兄弟姉妹だと認められているらしいが。
だから、伯父が姪を女として見ているなんて、普通は有り得ない、と常識的に考えて否定していただろう。だから、このドクズ騎士がサーシャをそんな目で見ていたなんて気付かなかったのは、もしかしたら仕方ないかもしれない。だからといって、心情的には気付けよって思うけどね。そんなやり取りをしながらも母親を今度は拘束していく。
「それじゃあね。尊敬するオニイサマと一緒に死んで。女神サマがもしかしたら助けてくれるかもしれないよ。死んだ後だけどね」
私は拘束を終えた両親をその場に置いて立ち去ることを選ぶ。とはいえ、きちんと燃え尽きなければ不安の種は残るから。離れた所からこの屋敷が燃え尽きるのを確認しよう。
「待て!」
父親が呼びかけるが、私は無視する。
「ごめんなさいっ」
母親が背後から謝ってきた。その声にも足を止めない。ここで仏心を出して私の復讐を阻まれるのは許せないし、そもそも出す仏心が無いけど。
「サーシャ、いえ、名も知らぬ勇者の友人。あなたが。あなたが理不尽な思いをした、と全く考えていなかった。勇者もきっと悪い人では無かっただろうに、何も知らずに文句ばかり言って。謝って許して欲しいなんて言わない。それでも。謝ります」
だけど私の心は何も動かない。
今更、何を言われても。
「夫婦仲良く死ねるなんて幸せだと思っとけば?」
最後にそれだけ言って私は生まれ育った屋敷を後にした。ちょっとだけ屋敷から離れる。あっという間に全てが燃え尽くされるわけでは無い。時間がかかるのは解ってる。それでも。私は見届ける必要がある。
ーー自業自得だと思うけど、自分勝手な私の復讐の対象にされた屋敷の中の全員がきちんと死ねるように。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




