復讐の足音・1
女神の言った通り、どうやら異世界からの召喚術は今のところ行われなかったようだ。なっちゃん(と私)が召喚された時は、成功した事を国民にまで広く知らしめていた。未だもって報告というか触書きみたいなものが無いのだから、召喚されていないと見るべきだろう。あくまでも今のところ、であって絶対無いと言い切れないが。取り敢えずは猶予が有ると見るべきか。
そんな事を思いながらも、私は15歳を迎えていた。出来るならばあと3年は此処で上手くやっていくべきだろうが、そんな悠長な事を言ってもいられない。詰め込めるだけの知識を、図書室で本を次から次へと漁って詰め込んだ。相変わらず足は遅いし、身を守る術が身に付かない。これでは先が思いやられる。
そんなわけで、身体を鍛えることは続けるものの、知識を持つ事に頭を切り替えた。鍛錬の合間にも勉強して、それでも得られない知識を本から学ぼうと苦悩したお陰で、知識が力になった、と実感している。
「お嬢」
「どうしたの、ヤン」
鍛錬しても運動音痴な私を、ヤンは嫌な顔一つせず、付き合ってくれている。そのヤンが改まった顔をしていた。
「お嬢、あのバカ騎士が最近、お嬢を見る目が変わって来ている事に気付いてやすか」
そのことか。ヤンに言われずとも解っている。あの屑のゲスな視線は、生まれ変わる前の私が良く晒されていたものと同じだったから。
「あの屑は、私を女として見ているという事なら解っているわ。……あの目でいつも私を弄んでいたのだから」
ヤンが、ハッとした顔を見せた後、傷ついたような顔になった。そうだった……と呟くヤンに、私は何も言わない。記憶に引きずられる事は多々あるけれど、それすらも復讐の糧になるのだから、思い出させる発言をした、と気に病まなくていい。
いつだって復讐の炎は忘れないから。
「ヤン」
「はい」
「15歳になった。出来ればあと3年くらい此処に居て知識を得て、もう少しだけ体力も得たかったが、あの屑が私をあんな目で見出した。もう、時間が無い。復讐を始める。黒い子犬。お前、私と共に来るか?」
「もちろんですとも、俺の女神。あなたの復讐が終わるその日まであなたより先に死にません。必ずあなたを守り抜きます」
「あの屑は酒に強い。酒瓶10本くらいじゃあ大した事が無い。本を漁って、眠り薬というのを見つけた。作り方も覚えた。材料を集めて来てくれる」
「お嬢の言う通りに」
本に書かれていた材料をヤンに買わせる事にする。一度に頼んでもヤンが覚えられないし、他の使用人達にヤンが怪しまれるだろう。だから何度か材料を買いに行かせて。屑が来る数日前に、全ての材料が揃った。
本に書かれていた通りに作業を進めてヤンに飲ませる。効果は抜群で、飲んで直ぐに寝た。起きるのも数時間はかかる。酒に眠り薬を注いで屑が飲んだ事を確認したら、復讐を開始しよう。
さぁ。来い、屑の騎士。
お前がこの復讐の合図を鳴らす。
「お嬢」
「なに」
「いよいよ、ですね」
「うん」
「ヤツを仕留めたらどうするんですか」
「火を付けるよ。全員に眠り薬入りの食べ物か飲み物を口にしてもらってね」
「では、火を付ける準備をしましょう」
「もう準備はしてある。誰も不思議に思わないように、ね」
ヤンは「さすがお嬢」とニヤリ笑って私も同じように笑う。その後の事もヤンと居られる時間は短いながら、打ち合わせをしていき……その日がやって来た。
いつものように、笑顔を浮かべて伯父とやらを迎える。屑は私の身体を舐め回すように見てから“伯父”の仮面を被る。悍しい男。だが、私はそんな事に気付いていないフリをしなくてはならない。こんなに屑でも王家に認められた、そこそこ実力のある騎士なのだから。
私はいつものように使用人全員にお菓子やお酒を振る舞う。この日のために、いつも頑張っている皆にご褒美として、お菓子やお酒を使用人達に差し入れていたのだ。
「今日は伯父さまがいらっしゃるから、忙しいと思うけど。だからこそ、伯父さまのおもてなしが終わったら、食べてね」
と笑えば、使用人全員が疑うことなくありがとうございます、と笑った。
ーーいいのよ。もうすぐあなた達の命は消えていくもの。
この伯爵家の屋敷内で勤めている使用人全員を殺すのは、良心がさすがに止める。ーーそんなわけは無い。良心など無い。何の罪も無く死んでいくのは、私となっちゃんみたいだけど。この国の人間というだけで私の復讐の対象になるのだから。
そうして恙無く屑のもてなしは終了し、晩餐会でも機嫌良く酒瓶が次々と空になっていった。あと1時間もしないうちに屋敷中が寝静まるはず。起きているのはきっと、私と黒い子犬だけ。
ヤツは寝ただろうか。
あまり強い作用にならないよう調節したけれど。弱すぎて抵抗されても厄介だし、結局は出たとこ勝負だ。
「ヤン。起こすよ」
「起こすんですか」
「だって、なんで死ぬのか知らなくちゃ復讐にならないでしょう」
「それはそう、ですが。抵抗したら俺が抑え付けるんで良いですか」
「もちろん」
結局、ヤンに頼んでナイフを手に入れた。これが一番手に入れ易い武器だったから。ただ、力を込めないといけないから、其処は困る。
「俺も一緒ですから」
というヤンの一言で、屑の心臓らしき所にナイフの刃を当てる。皮膚を切りつけるのは簡単でも肋骨に守られた内臓に届かせるのはかなりの力が必要だろう。ああ、そういえば。何度も何度も切り付けて出血多量という方法もある、か。
そんな事を考えながら屑の部屋に忍び込めば、鼾を掻いて眠っている。薬が効いたか酒の効果か。取り敢えず、ヤンが動けないように縄で両手両足を縛って。そうして私は屑を起こした。何度か声をかけ、触りたくない私の代わりにヤンが頬を叩いたけれど無意味で。
ベッドサイドにあるテーブルの上の花瓶にたっぷり入った水を花を放り投げて顔に掛けてやる。勢いが良いと直ぐに呼吸が出来るから呼吸が難しくなるように、調節をしながら顔にかけ続けて、やがて屑が目を覚ました。
「おはよう、伯父様」
「あ、ああ、おはよう」
目を覚ましたら私が笑っている事に少々混乱したらしい伯父様は、引き攣った笑みを浮かべつつ首を動かしてヤンを見つける。それでようやく夢じゃない事を理解したのか、起き上がろうとして……自分の上に私が乗っているのを退かそうとしたのだろう。手を動かそうとして拘束されている事に気付いたらしい。
「なっ。なんだ、コレは!」
取り乱す屑の姿が、愉悦を齎す。私がふふふと笑い声を上げれば、苛ついた屑が怒り任せに私を叱る。
「サーシャ! 貴様、伯父に向かって何をふざけた事をっ」
「ふざけてなんかないわ、ねぇ、勇者より剣の扱いが下手な騎士、様?」
「なっ……」
それは、なっちゃんと私と本人である騎士と魔術師しか知らない事実。きっとコイツは、騎士として訓練して上達してきたのに、なっちゃんは天性の剣士のように軽々と剣を扱っていたから。それもコイツからしたら気に入らなかった。
「プライドを刺激されて、それに苛ついて、勇者の親友であり、何にも力の無い女の子を嬲りモノにしたんだものね」
屑は、口を開閉して「何故、それを」と呻くように吐き出した。
そう。私という存在は、なっちゃん以外は、この屑1と屑2と、召喚した王族しか知らない。だからこそ、私の存在を知っている事が、この屑には驚きなのだろう。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
次話はちょっと残酷場面あります。苦手な方は読まなくても(多分)大丈夫です。
なるべく毎月更新を心掛けていますが、気付くと3ヶ月とか過ぎています。すみません。