ルーラは選んでしまった
魔物に食べられてしまいそうになったとき、私は「食われるっ…!」と思った。私の人生、こんなことに使いたくない。こんな、こんなことって…私は目を閉じて、数秒後に感じるはずの痛みを予測して、身構えた。
でも、その痛みはなく。動く気配すらしない。キイィィィィイイインと耳に痛い音がするほど、静かだった。目をそっと開けると動けないくらい魔物の口が近づいていた。痛むはずのキズ口も痛まなかった。
「ねー、俺どれだけ待てばいい?」
後ろから聞こえたその声に驚いて、後ろを振り返った。私から流れる血も止まっていた。
「それさ、放置してても死ぬよ?」
浮きながらあぐらをかいてるその人は、つまらなさそうに言った。
「最近ヒマなんだよ…でさ、面白そうだから来てやったんだけど」
真っ黒の髪と目のその人は浮かびながらほんのり光っている。
「俺も一応カミなんでさ、時止めてやってんの」
あくびをしながらカミサマは言った。普通カミサマと言われても信じないけど、なぜかカミサマだと信じられた。
「どういうこと…?」
そう言うとカミサマは面白そうに顔を歪めた。
「だってさ、ユウシャサマが場違いに生きたいって思ってたから」
ビクッとした。勇者は確かに自ら死のうと思うはず。私は…
「俺が今時戻したらユウシャサマ死んじゃうよ?」
私のお腹には引っかかれた深いキズがある。血は出てないけど、時が戻ったら…
「ゃだ…死にたくない…死にたくない!」
さっき感じた死ぬ予感がまた来て、寒気と悪寒がやって来た。
「ユウシャサマが泣きわめくなんてさ、ダサ」
顔を手で覆いながら、神さまに言った。
「私を煽るために来たの?私の…死に様を眺めるために!?」
カミサマが思い出したように宙を見上げた。
「そそ、ユウシャサマに選ばせてあげようと思ってさ」
「え…?」
今の私に死ぬという選択肢はない。でもきっと死ぬ。これはどんなヒーラーでもどんなポーションでも治せない。選択肢なんて…ない。
「ユウシャサマの能力全てと引き換えに尊厳も全てを捨てて不老不死になるか、尊厳も能力も全て持って死んでいくか
どっち?」
私は…私は…わたしは…「生きたい…生きたいよ!」
面白そうにニヤニヤ笑っているカミサマが笑いだした。
「マジ?いいの?後悔しても知らないけど」
泣きながら私は言う。
「生きたい…生きたい、後悔なんて、しない!」
すっと手を出して、
「ほい」
とカミサマが言う。
「いつか来るかもしれないけどさ、ほんとにこれでいいの?」
急に真剣な顔になったカミサマが言う。
「ほんと後悔しても知らないから
ま、精々頑張んなよ」
カミサマが去っていく。私の身体に力が全くないことが実感できた。火照っていた身体が少しずつ冷めていくみたいに力が抜けていた。
シュウゥと音を立ててキズが治っていく。
後ろを振り返って魔物の口から出た。魔物は口を空振って閉じて、私を追いかけてきた。
「ファイア!」
何も出なかった。小さなともしびくらい出ると思っていた。舐めてた。何もない。水も、木も、土も、闇も、光も…
「嘘でしょ…ほんとに?」
後悔しても知らないけど
カミサマの言葉を思い出す。
精々頑張んなよ
頑張れる「わけないじゃん…」
近くに転がってた石を魔物に投げる。何個も、何十個も、何百個も…
「やっちゃったな…はは」
石で殴り続けて何時間経っただろう。外が紅くなっていた。何度も噛まれて、何度も引っかかれて、何度も治った。キズが1つもない。
「痛みにも慣れちゃったな…」
暗くなるまで歩いて学校に帰る。街に入った頃にはもう真っ暗で、泥だらけ血だらけの『永遠の勇者』を見てみんな驚く。恥ずかしかった。生に執着した自分がほんとに、恥ずかしかった。
ホンモノの永遠の勇者になっちゃったや…あ、後で打撃武器つくってもらわなきゃ…
学校に着いて正門を通って正面玄関を突破して校長室まで行く。
「せんせ…わたし、やらかしちゃった…てへへ」
私を見た先生は驚いて家に帰した。明日もう一度来い、だって。
家でもずっと恥ずかしくて…恥ずかしいモノを見る目で見てくるお父様とお母様がいやで嫌で…カミサマのことを話すと、失望した、だって…
「先生…入ります…」
「ルーラさん、どうぞ」
金髪翠眼の校長先生は2代前の永遠の世代の生き残りだ。だからこそ恥ずかしいのもある。だって先生の年の永遠の勇者は尊厳を持って死んで行ったから…ね。
「先生、私…」
先生は静かに話を聞いてくれた。恥ずかしくて、仕方なかった…
「ルーラさん、貴女は先生になることはできません、ですがそれぞれの世代の生徒になって後輩育成をしてもらいます」
「はい…」
「あと、遠征の報告を毎回頼みます」
「え?…あの、どうしてですか」
「ああ、…ルーラさん、知っていますか」
「何をです?」
「この国、いや世界は100年後には滅びます」
「どういう…ことです」