進化しちゃった。1回目
泥みたいな謎生物を喰らった熊は味わうように口の部分をモキュモキュと動かし、そのままゴクンと満足げに呑み込んだ。
「グオオッ!?」
呑み込んだ瞬間、喉から氷の鉤爪のような物が飛び出した。
熊は痛みと身体の内部から生じる異物感に恐怖し、喉を自らの手で掻き毟る。
自慢の毛皮がこれまた自慢の爪でガリガリと削られ、血が吹き出ていく。
「グオア!?ガァァッ!ゲアッ!」
苦しそうに呻きながらヨタヨタと歩き、辺りの木に頭をぶつける。
喉を穿いた鉤爪は熊から吹き出た血を浴びて、真っ赤に染まって禍々しい。
暴れ狂っていた熊は苦しそうにゴボボボと大量の血を吐き出し、血の中からピョンッと血塗れの何かが飛び出て来た。
無論俺だ。
見事生還!!
『チッ、悪運の強い‥‥‥。』
ちょお!?今舌打ちしたよね!?したよね!?
そこは、生きてて良かったぁっ!もし貴方が死んだかと思うと胸が苦しくて‥‥苦しくて‥‥‥‥ってなるくらいの感動的な生還劇だっただろ!!
「グルロオオオッッ!!!」
おっと、そういえばまだ生きてるんだっけ。
油断大敵だな。
俺は何故か上手く動かせるようになった身体を‥‥え〜〜、こう‥‥‥四足歩行?の形状に変化させ、逃げようとする。
『逃げる必要は無いですよ?そんな事も分からないのですか?』
え?
後ろの熊に意識を向けると、何故かずっと苦しそうに血を吐いて倒れ込んでいた。
え?あれ?俺、首掻っ切ること以外なにかしたっけ?
『その身体を創られたのは我が神。そんなものを取り込んだ生物がどうなるかくらい低脳な貴方でも想像つくのでは?』
え?どうなるの?
『‥‥‥取り込んだ生物は死ぬか、神獣となる。そんな危険分子をそう簡単にこの世界に放つわけ無いでしょう?
その身体を少しでも取り込んだ生物は必ず死にます。』
は?何そのチート毒みたいなの。
『チートとは作製者の意図しない動作をさせる不正行為の事です。
ルールを作っている側の相手が何をやってもチートにはなりません。』
屁理屈だろ!!それ!!
あ、そんなこんなしている内に熊が死んでた。
初めて会った時は、いきなり殺しに来て怖かったけど、俺が煽ったり、君が俺のいた木をへし折ったり、挙げ句の果てには俺を喰ったりしたけど、お前と過ごした日々は忘れないぜ。お前の骸は俺がきっちり埋めておいてやるからな。
『ああ、その身体を吸収すれば強くなれますよ?』
え、マジ?ゲヘヘヘ、お前の身体は俺がいただく!!
熊の死骸に覆い被さり、こう‥‥何とも言い難い感覚で取り込んでいく。
『シンプルに気持ち悪いですね。』
う!‥‥‥いや、分かってるから!絵面的にグロいのは分かってるから!
肉を取り込み、あと残すは骨だけ。
シュー‥‥‥ジューー‥‥‥シューーーー
なかなか溶けないなぁ!!骨!!
俺が骨を取り込むことに苦戦していると、何か急に眠くなって来た。
『告知します。
ムーンサークルベアを取り込むことに成功しました。
獣、人、熊の因子を獲得しました。
複数の進化先が示されます。
『【不完全子人】【不完全子熊】【不完全子獣】
【不完全人熊】【不完全獣人】【不完全猛熊】【涎垂狂人熊】
尚、完全体になるには因子が足りません。』
ふぇ?進化?
『最初の進化は重要です。個体としての方向性を決める重要な事柄です。
人か獣か熊を基準に進化を続けて行きます。』
オケ〜。んじゃ人で。不完全小人?ってやつで頼むわ。
『いいんですか?身体スペックも限界値も能力値も初期値も寿命も文化も性質も感情抑制能力も、この世界の知恵ある生物の中で最低値と言っても良いダントツの劣等種族ですよ?
魔力量、知恵ではエルフに劣り、身体スペックでは全ての獣に劣り、鍛冶、形成技術はドワーフに劣り、繁殖能力でもオーク、ゴブリンに劣る。
あらゆる事柄を自分の欲望でしか考えない害悪生物ですよ?
人の上位互換である魔人か、最強種族である竜の因子をどうにかして取得するまで初期進化を後回しにする事をオススメします。』
おっふ。人間をボロカスに言うね。
でも俺ってば元人間なんで、別に人に忌避感ないんだよね。
それに叩き込まれた知識では、人間は平均寿命こそ短いものの、争い事を避けるのがとても上手いらしい。
俺は争い事は嫌いだし、ノンビリ100年くらい経ったら本格的に強くなる事にするわ。
『確かに100年程度であれば休んでもさほど問題はないでしょう。
それでは人の因子を使用して、劣等種【不完全小人】へと進化を開始します。』
ええ〜100年程度とか言っちゃった。
確実に100年以上生きてる発言しちゃってるよ。
ファ〜
本格的に眠気が酷くなってきた。
何だかフワフワした気分になりながら、このなんとも形容し難い快楽へ身を委ねた。
俺が完全に眠りに落ちると、身体が波打って毛がほとんど生えていない肌に、黒い髪がフサフサに揃い、貧弱な小さい身体の人間の赤ん坊が一人荒れた森でポツンと眠っている構図が出来上がったのだった。
「何だ!?この森の荒れ様!!」
何処からか声が聞こえて来て、ガサガサと一人の男がボウボウに生えまくった草を掻き分けて現れた。
「赤ん坊?」
無惨に破壊されまくった森の中心で、黒髪の赤ん坊がスヤスヤと気持ち良さそうに寝ているのを彼は不思議そうに見詰めた。
「何かの超常現象か何かか?
まぁ何にしてもこんな所で眠っている捨て子を見捨てるなどあり得んな。」
そう言って優しく赤ん坊もとい俺を優しく抱き上げた。
それが俺の義父、アルフレッドとの最初の出会いだった‥‥‥らしい。