人生を賭けるパチンコ店
千円があれば、何が出来るだろう。
毎回そう思う、ギャンブルの帰り道。
男は失った時間と金を何かにすり替えるように考え、歩いていた。
(・・・そうだ、今日、俺は3万円のカバンをオンナにプレゼントし、デートに半日費やし、そしてフラれた)
そう、そうやって〝負け〟に対して逃げ道を作った。いつものロジカル。
小汚いシャツはよれており、タバコの香りが染みついている。
いつものアパートへ、とぼとぼと歩いて帰る。
その途中、この貧困層が潜む街には似合わない、英国紳士のような男が立っている。
「お困りですかな?」紳士は問いかけた。
最初は無視したが、彼はギャンブルに負けたイライラを誰かにぶつけたかった。
「なんなんだテメェは」
「私ですか?私は〝パーラー・ディスティニー〟の支配人です」
「なんだそれは」
パーラー、とは、パチンコ店によくある肩書きだ。パチンコ店の支配人?それにしても、聞いたことのない店名である。
「当店は、お金の必要の無い、賭博場です」
「何を言っているんだ?」
支配人の男の言葉を無視し、去っても良い筈なのだが、男は何故か引き込まれている。
「あなたの人生を賭けるのです」
何を言ってるのか分からぬまま、男は知らぬ間にパーラーディスティニーに居た。
普通のパチンコ店と変わらない風景が広がる。ただし、客はおらず、また、無音だった。
支配人が語る。
「あなたの人生が、パチンコ球に変わります。いつもあなたはお金を球に替え、ギャンブルをしていますが、ここでは異なります。例えばあなたの仕事を賭け、勝負に勝てば、仕事は上手くいき、昇進するかもしれません。負ければ、失業の可能性もあります。そういうものです」
意味は理解出来たが、その基準や仕組みが全く分からない。
ただ、彼の様な依存症や勝負狂には、とてつもなく奮わせるものがあった。
「やってやろう」
「さて、どれぐらい賭けますかな?」
支配人が問う。
通常、4円が1球、1円が1球というレートである。1000円で250球、1000球と選べる。
人生という価値でいくら賭けられるのかは分からない。
男はとりあえず、1000球を要求した。
ちなみに、パチンコというギャンブルは、その数ある球を特定の穴に入れる事で、当たりハズレの権利を手にすることから始まる。
つまり、1000個の球があっても、1000回クジを引けるわけではなく、1000個の球の中で、穴に入った数発でクジを引く事になるのだ。
また、そのクジの当たりの確率は100分の1だとか、300分の1となっている。
確率が低いほど、あたりの時の見返りが大きい。
こんなにも、勝てる可能性というものは低い。
それを分かっていながら、いや、分かっていないから、男は狂い、賭博を続けている。
マジックのように、紳士のスーツの裾から、パチンコ球が流れてくる。それらは半透明の箱に詰まれた。
男はその箱を持ち、いつものようにパチンコを開始した。
よく分からない仕組みだが、ハンドルを回すと、球が弾かれ、パチンコ台の上部へ打ち出される。
球は重力に沿って、落下する。その間、盤面にある釘にぶつかり、紆余曲折を経て、下部へ落下する。
その途中、ある穴に入れば、クジ引きが始まる。
男は100分の1の確率で当たる機械で遊戯を始めた。
100発打ち、10発満たないほどの球が穴に入る。入れば、565だとか、332だとか、3桁の数字が表示される。単純な話、この3桁の数字が777だとか444だとか、揃えば当たりだ。
直ぐに、球が無くなる。
「どうしますか?」
支配人がまた、現れた。
「もう、1000個、貰おう」
ジャラジャラと、スーツの裾から球が出る。
それを続け、消費すること2834球目。
ついに、数字が揃う。
「やったぞ!」
男はシンプルに喜んだ。
しかし、当たれば、勝負に勝つというわけではないのだ。
その当たりでは、500球程度しか、返ってこなかった。
問題はここから。
なんと、しばらくの間、当たりやすい状態、というものが続く。
当たる確率が下がるのだ。
そのチャンスでいかに当たるか、そして当たったらまた、そのチャンスで当てられるか、こうやって500球の返りを増やし、投資よりも増えれば勝ちなのだ。
時が経ち、その日、男は勝負に勝った。
球はプラス約1000発。
本来、金を球に替え、球を金に替えるはずだが、このホールでは異なる。
人生を賭け、人生に替えるのだ。
「この勝ち分、どうなるんだ?」
男は問う。
「それは明日になれば分かるでしょう」
また、気がつくと自宅アパートに帰っていた。
手持ちの金が増えたわけではなく、男は不満を抱えたまま寝る。
翌日、いつも通りの職場へ向かう。
零細の警備会社だ。
「当社はサミットの仕事を受注し、昨年無事にその任務を終えた。予想以上の利益が出た。これは君たちのおかげである。少しのボーナスと、給料のベースアップを図る」
少しだけ、人生が有利になる。結局お金で返って来たではないか。
男は確信した、昨日の勝負のおかげだ。
そして、男は少ない金をまた、ギャンブルに費やした。
それは、狂いに狂った、制御の利かない脳みそがただただ、身体を動かすようであった。
勝てば、その金をまたギャンブルに使う。
こうしていくうちにまた、お金が底を尽きた。当たり前の話である。
そんな頃に、また支配人が現れた。
「お困りですかな?」
「早く連れて行ってくれ」
「わかりました」
再び、パーラーディスティニーに到着した。
「今日は勝負に出るか」
男は考えた。
1000球でボーナスや給料がアップするのだ。この前は確率が100分の1程度で勝負したが、これを300分の1のあたりの機種で勝負すれば、見返りは大きい。
見返りが大きければ、人生はもっと豊かになるはずである。
「まずは3000個だ」
支配人のスーツの裾からパチンコ球が出る。
男は、勝負を始めた。
弾き出された球は、落下していく。
無数の球の中、特定の穴に入り、くじを引き、当たる確率、それはなんだか低い様に思える。
しかし、自分はどうだろう。
男はふと考える。無数の精子から、運良く着床し、今の自分まで生きている。
そう考えると、容易な事に思えた。
「追加で2000発くれ」
この台詞を、数回言うこと、約1時間後。
ついに数字が揃う。
消費した球は10000発程度。当たりの見返りは1500発。ここからが肝心。
肝心、だが、そのあたりは来なかった。
結果、マイナス12000発程度で、男は勝負に負けた。
金銭が減るわけでもない。
不思議な感覚のまま、帰路につく。
翌日。
郵便ポストに親から手紙が届いた。
男は携帯電話の契約など既に解約していた。遠くに住む両親からの連絡は、手紙であった。
《妹が死んだ帰って来なさい》
そういった旨の手紙であった。
しかし、男は実家への気持ちも薄れていた。また、実家に帰るための金もなかった。
実の妹にも、しばらく会っていない。
正直、どうでもよかった。
しかし、少しだけ後悔していた。
(そうだ、あの店で勝てば。。。妹は生き返るかもしれない!)
「何かお困りですかな?」
「今日も連れていってくれ」
その場所に今日も男はいた。
「6000発だ」
「わかりました」
1万2000発の負けで妹が死んだのだ。その半分を賭けたぐらいでは、両親が死ぬ事も無いだろう。男はそう思った。それに、前回の負け以上に勝てば、トータルで勝てば、全て良い方向に行くはずだ。親も死なずに、人生が良くなるチャンスが与えられる。ローリスクのハイリターン。そういった考えが彼の思考を埋め尽くした。
しかし、当たらない。
4000発を消費した頃、男の脳みそが溶け出した。溶け出したような感覚に襲われたのだ。
もう2000発を消費した頃、全てを悟った。
(ここまで来たんだ。もう少しで全てを取り返せる)
支配人を呼ぶ。
「6000発追加だ」
支配人のスーツの裾から、球がじゃらじゃらと出る。
男は問いかける。
「今ので死んだのは、父か?母か?」
支配人は、首を横に振り、にやけた。違う違う、という表情をしている。
「お客様。残念ながら命の価値は平等ではありません」
「え?」
「ここは、平等な金を賭ける場所では無いのです。あなたの両親は、たった今死にました」
「え?」
いや、だとしても、勝って返せば良いのだ。
男はそう考えた。
「勝てばいいんだ!」
しかし、勝てない。
追加の球が、ついに無くなる。
「もういい、取り返すんだ!さぁ、追加で5000発くれ!」
支配人に懇願する。
「残念ながらもう、何も出ません」
「なんだって!?まだ、仕事や、これからの人生を賭けられるじゃないか」
「平気で親の命を捨てられる人間に、この先を生きる価値など無いと判断しました」
追い出される男。
男はしばらくして、ビルの屋上から飛び降りた。
重力に従い、球状の頭が落下する。