レベル7・感情表現コマンドはコミュ障が使うと便利
だが俺は家の財政を締め付けている特別費についての心当たりがあった。
「ナツキ、お前はソシャゲをやってたよな」
「ソシャゲ? その禍々しい響き……もしやモンスターか、気をつけろ匠くん!」
「ええい、違うから剣をしまえ、そしてそこのキサマ!」
派手に勘違いして室内で抜刀したリジ―を諫めると同時に、忍び足で居間から退散しようとしていたナツキの背中に声をかける。
ビクッと言う表現がぴったりな感じで妹の全身が跳ね上がった。
「……な、なによ」
「逃がさねえぞナツキ、お前がソシャゲをやってんのは知ってるんだ。それにたしか課金もしてたよなぁ」
「……ちょ、ちょっとだけ」
「うそつけい!」
俺は知っていた。フェスがどうだの、限定キャラがどうだのとほざいて、コイツが鬼のようにガチャを回していたのを……
「ウソじゃないわよ! それに、あたしがあたしのお小遣いの範囲で課金してるんだからベツにいいじゃん!」
嫌な感じに開き直り、くるりと振り返って、ふてぶてしい態度で俺に反論するナツキ。
その手に握られているスマホから『チャリーン』という軽快な音が鳴った。
「あぁ、言ってるそばから……さてはまた課金したな、この課金中毒者め!」
「してないわよ、これは画面をタップするとチャリーンって音が鳴るだけのアプリなの!」
「うそつくのヘタか!」
そんなクソゲー誰がやるんだ。俺だったら絶対にやらない。
「まぁまぁまぁ、二人とも落ち着きたまえ」
正面から向き合う形でヒートアップする俺とナツキの間に”感情表現コマンド”の”プリセット12・なだめる”のポーズを取りつつリジ―が乱入してきた。
しかし現在進行形で上昇している俺の怒りのボルテージは、そんな奇妙なポーズ一つでどうにかなるものではない。
「いーや、俺は落ち着かないぞ。特別費っていうのはお前が課金に使って消えていった金なんだろ、それからついでに言わせて貰うけど俺の小遣いが2000円ってなんなんだよ!」
中学生だって、もう少し多めに貰っているはずだ。
「なによそれ、それならあたしだって言わせて貰うけどバカ兄は足が臭いのよ!」
「ぐっ、足が臭いのは関係ないだろ……」
なぜ脈絡もなくこのタイミングで人の体臭を指摘した。そしてその悪口は地味に傷つくからやめてほしい。
「まぁまぁ、とにかくだね……話をまとめると、その特別費というのにかけているお金の一部を私の生活費に充てて貰えれば、この件に関してはいろいろと解決するのではないかな」
「そうだそうだ、リジ―の言う通りだ。資産の独占と私的利用はやめろ!」
ナツキという強大な圧力を前にしても屈することなくリジ―の発言を援護する。
さすがのナツキも痛いところを突かれた上にこの波状攻撃を受けて参ったのか、意味あり気な溜息を大きく吐いた。
「はぁ、わかったわよ。リジ―ちゃん、だっけ? ウチに住んでいいから」
瞬間、リジ―の表情はこれまでになく明るくなった。
「ありがとう!」
「よかったなリジ―」
と、俺が安堵の吐息をついた時、ナツキがビシリと指を突きつけてきた。
「ただし!」
「……ただし?」
「リジーちゃんの生活費はバカ兄のお小遣いからも天引きするからね!」
「……なっ!」
不意打ち的に発せられた雷光の如き言葉が俺の頭を一直線に刺し貫いた。
そしてなぜだか嬉しそうなリジ―。
「よかったな匠くん、可愛い私のためにお小遣いを有効活用できて」
「よかねえよ、ちっともよかねえよ!」
それでなくても少ない俺のお小遣いが、ここからさらに減らされるというのか。
「リジ―ちゃんは良く分かんないけどバカ兄の友達なんでしょ? それなら生活費を負担するのは当然じゃん」
「ま、まぁ、それはそうだけど。ところで、どのくらい天引きされるんだ?」
「1900円くらい」
「ほぼ全部じゃねえかああああぁ!」
ジーザス、神は死んだ。
やっていられないとばかりに叫びながら俺は頭を抱えた。
そんな俺を”プリセット12・なだめる”のポーズで慰めるリジ―。
「匠くん、まぁまぁまぁ」
「ええい、その”まぁまぁまぁ”ってやつやめろ!」
ネトゲ内のチャットで喧嘩が勃発すると俺が好んで使っていたプリセットなのだが、リアルでやられると煽られているようで、どこまでもウザイのであった。