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006

 全ての準備を整えて俺たちは旅路に着いた。もっとも、徒歩でゆっくり行っても片道二日と短い旅路ではある。


 とは言え、その二日――もしくは往復合わせて四日――の短い旅路に計五回も失敗しているのだ。少しは気を引き締めていかないといけないだろう。


 けれど、ずっと気を張り詰め続けているのも良くは無いだろう。まあ、ほどほどにと言うやつだ。


「しっかし、なんで馬車じゃないのかね?」


 俺は隣を歩くアミエイラに視線だけ向けて訊く。


 今日は歩き始めて二日目。一日の野宿を挟んで、もうそろそろ街に付こうというところだ。


 アミエイラはチラリとこちらを一瞥すると口を開く。


「仕方がない。他の流通を頼りに全部出払ってるんだから。貧弱なカナトは多少歩くだけで根を上げる雑魚だから、あなたには厳しい旅路になる。もう邪魔にしかならないから帰ったら?」


「まあ、そうだけどよ。せめて馬だけでも貸してほしかったなぁ……。確かに少しは旅も慣れてきたけどよ、やっぱり楽に着いた方がいいわ」


「馬も馬車と一緒に出払ってる」


「けど、いくらか残ってただろ? あれ貸し出してくれても良くね?」


「あれは騎士の警邏用。今街は厳重警戒態勢を敷いている。馬の一頭も貸し出す余裕は無い」


「にもかかわらず、割と強めな三パーティーが出払ってますけどね~」


「それは仕方がない。目的と割ける人員を考えたら、これが最善策。さっきからうだうだうるさい」


「はぁ~、だよなぁ~…………」


 確かに、状況と割ける人員を考えればこれが妥当だ。過ぎたことを言っても仕方がない。


「でも、言いたくなる気持ちは分かる。今回は、いつもと少し違う気がする」


 アミエイラはそう言うと神妙な顔つきをする。


 いつも無表情なアミエイラにしては珍しい表情だ。


「今回は不確定要素が多すぎる。それに、開示情報の少なさもそう」


「だな。ギルドでもまだ全容を掴めていないっていうのが不安で仕方がないよ、本当に」


 ギルドは大きな街には必ずと言っていいほどある。小さな街でもあるところにはある。そのため、情報伝達をスムーズにするために《通信の宝玉》と言うものがギルドにはある。この宝玉を使えば、ギルド間での情報伝達がスムーズに行えるらしい。らしいと言うのも、俺は見たことが無いのでどういったものかが分からないからだ。


 イメージ的にはテレビ電話。実態は知らない。


 ともあれ、そんな便利な代物があるにもかかわらず、情報が集まりきっていない。


 そこから三つの推察ができる。


 一つ、この事件の発端がコールタの街だから事件発生からそれほど時間が経っていないので情報が集まらない。これが、正直なところ一番有力な説だと思っている。


 二つ、ギルドが意図的に情報を秘匿している。まあ、これはありえないと言っても良い。情報を秘匿したところでギルドに利益は無いのだから。


 三つ、ただ単に情報の集まりが悪い。の三点である。


 まあ、そもそも偶然に偶然が重なって今の状況に陥って、そもそもそんな大きな事件では無い、という可能性も否定できないが、それは考えるだけ無駄だろう。事態はそんなに楽観視できる状況ではない。


 アミエイラは勘が鋭い。嫌なことが起こると予感すれば、その日のうちに嫌なことが起こるし、こいつが悪い奴だと予感すれば、その人はやっぱり悪い人だったり。とまあ、勘が鋭いのだ。その的中率、なんと百パーセント。凄い。天気予報も真っ青な的中率だ。


 ともあれ、俺はそんなところを見てきたからアミエイラが冗談でそう言うことを言っているとは思わないし、アミエイラの予感を全面的に信じている。天気予報より的中するんだ。信じない方がおかしい。


 だが、そんなアミエイラの特技を知らない者は、それを冗句だ杞憂だと笑い飛ばす。


 現に、ここにも一人。


「大丈夫ですよアミエイラさん。どんな敵が来てもおれが直ぐに倒します」


「そうです! イルミナス様なら瞬殺です!」


「イルミナス様に倒せない敵なんていないのです!」


「ふっ。よしてくれ。おれにだって倒せない敵はいるよ」


「そんなことありません! イルミナス様はまさに天才です! その齢で多くの騎士を超える実力を持っているのがまさにその証左です!」


「そんなこと、ないんだけどなぁ。まあでも、この辺りなら敵なしではあるかな? だから安心してください、アミエイラさん」


 ハーレム……もとい、パーティーメンバーの賞賛を受けながらも、アミエイラにアピールするイルミナス。


 まあ、実際パーティーメンバーが言っていることは嘘でも誇張でもない。


 イルミナスは、確かに誇張無しで十分強い。悔しいが、俺もそれは認めるところだ。


 だからこそ、パーティーメンバーの賛辞も、イルミナスの言い分も止めない。


 が、その言い分が気に食わないやつもいるわけで――


「ふぁっくゆー」


 アミエイラが眉間にしわを寄せながら、中指を立ててそう言った。


「ふぁ、ふぁっく、ゆー?」


 アミエイラの言葉にイルミナスだけでなく、俺以外の全員が首を傾げる。


 俺は目を手で覆って天を仰ぐ。


「カナトが言ってた。嫌いな相手には中指を立ててこう言えばいいって。意味は、くたばれ、らしい。つまり、ふぁっくゆー」


「……また、君か」


 アミエイラの説明を聞いて、憎々し気に俺を睨み付けるイルミナス。


「君ね、アミエイラさんに余計なことを教えるのは止めたまえ。彼女の素行がどんどん悪くなる」


「それは、申し開きもねぇなぁ……」


 イルミナスの言に、俺は返す言葉もない。


 確かに、調子に乗って変な言葉教え過ぎた。意味が通じないし、アミエイラも覚えられないだろうと思ったから教えてもいいだろう思っていたのだが、アミエイラは律儀にすべて覚えており、しかも律儀にそれを言う――もしくはやる――時には行動の後に必ず説明を付け加えるのだ。しかも、俺に教わったこともバラす。


 俺もこれを知っていたら教えなかったのだが、彼女がこれを披露しだしたのは俺がふざけて教えまくった後なのだ。つまり、最早後の祭りだ。


「もう~! ダメだよカナカナ! こんなに可愛いアミアミに変な言葉教えちゃ!」


「って言うかカナト、よくそんな言葉を知ってるな。母国の諺かなんかか?」


「世界は広いと言いますが、そんな諺一度たりとも聞いたことありませんが」


 おのおのそう言い、で、どうなの? と言った視線を向けてくる。


 まあ、その広い世界の外側の言葉だから聞いたことなくて当たり前だがな。


 俺はふっとクールに微笑むと精一杯決めた声で言う。


「遠い異国の王子様って言ったら……信じるか?」


「「「全然」」」


「ふぁっくゆー」


「声を揃えて言うな! あとアミエイラ! それ禁止! もうやっちゃいけません!」


「むー」


 お気に入りだったのか、不満そうな顔を見せるアミエイラ。


 俺に向かってまた中指を立てようとしたので俺はそれを抑える。


「めっ!」


「やっ!」


 親が子供にするように注意したら、子供のように返された。駄々っ子か。


 そんな俺たちの様子に、シアは溜息を吐く。


「実際、カナカナあんまり余計な事教えちゃダメだよ? アミアミただでさえお口が悪戯するんだから。これ以上悪化したら、カナカナの教育不足が原因だからね?」


「そうだぞカナト。保護者なら保護者らしく、ちゃんと正しい言葉遣いを教えてやれ。それじゃあ、将来アミエイラが苦労するぞ?」


 シアとレイの忠告に、俺は頭を掻く。


「分かってるよ。俺もアミエイラも、それは十分分かってる」


「いつもは、わざとじゃないもん……」


 俺は普通に返すが、アミエイラは小声でぼそぼそとそう呟いた。もんって、久しぶりに聞いたな。こりゃあ少しふてくされてるな。


 俺はアミエイラを宥めるために、頭に手を置いて優しく撫でる。


 アミエイラは嫌がる素振りを見せず、むしろ距離を詰めてくる。ふてくされてるうえに、少し不安になっているようだ。


 まあ、仲良くしていた相手に宥められれば、嫌われたかもと不安になるのも仕方がないことだろう。特に、アミエイラの場合は。


 ……今が、頃合いなのかもな。


 自分の境遇は分かってもらえる人には分かってもらえるけど、経緯を知っても分かってくれない人もいる。まあ、俺は経緯を知らないでアミエイラと一緒にいるのだから、奇特ではあるのだろうが……。

ともあれ、俺もそうだがレイとシアも似たようなものだ。そんな彼らが諫めたからこそ、アミエイラもちゃんと聞き入れる。聞き入れて自分の中に受け入れた今、ちゃんと話をしておくべきなのかもしれない。


 タイミング的には、まあ、微妙な時ではあるが……。時機を逃せば、またいつになるのか分からない。なら、今訊いて起きた方が良いだろう。


 俺は、視線を二人に向ける。


 二人は俺の目を見て頷く。どうやら、俺の真剣さと意思が伝わったらしい。


 二人は俺たちより少し先を歩き、俺たちとイルミナスたちの間に入って壁になってくれた。俺たちは少しだけ集団から遅れる。


 少しだけそのまま歩く。その間、頭を撫で続ける。


 どれくらいそうしていただろう。俺は、決心をして口を開いた。


「なあ、アミエイラ」


「……なに?」


 少し気落ちしながらも、アミエイラは答えてくれる。会話をする意思があることにほっとしながらも、俺は続ける。


「もうそろそろ、話してみていいんじゃないか?」


「……」


 俺の言葉の意味が分からないほど、アミエイラは鈍くは無い。だからこそ、返答をせずに黙りこくる。


 そんなアミエイラに構わず、俺は続ける。


「お前が話したくないって思ってるんなら、話さなくていいって思ってた。けどな、それは違うなーって、最近ちょっと思い始めてきた」


「……なんで?」


 アミエイラがこちらを見て訊ねる。彼女も、薄々分かっているのだろう。だから、訊き返してきた。


「だって、お前のためにならないだろ? お前が嫌だと思って先延ばしにするのは構わないけど、お前はそれをいつまで続けるつもりだ? 何年、何十年? それこそ、お前が死ぬまでか?」


「それは……」


「それまでお前は、ずっと隠し通して、今までみたいに嫌な思いをするのか?」


 俺の言葉に、アミエイラは一言も発さずに俯く。


 少し強く言い過ぎたかとも思うが、これくらいは言わないとアミエイラは逃げてしまう。だからこそ、あえて強めに言ったのだ。


 まあ、一番そのことを理解しているのはアミエイラ自身だ。こんなこと、いまさら言われずともよく分かっているだろう。


 だけど、話したくないのだろう。雰囲気がそう言っている。


「俺は、お前が話してくれたら嬉しい。……まあ、このままお前と、なあなあなままで一緒に居てもいいっちゃいいんだけどな」


「じゃあ、なんで訊くの……?」


 ふてくされたまま俺のことを睨むアミエイラ。


 まあ、確かに今の言い方だったら、そう訊きたくなるのも分かる。話してほしいのかそうじゃないのか良く分からないから。


 ただ、残念ながら両方とも俺の本心だ。


 俺は、アミエイラが今以上に生きづらくなるのは嫌だし、かといってアミエイラの話したくないことを無理やり言わせるようなことをしたくもない。けれども、このままではアミエイラにとっても良くないから心を鬼にして話を訊く。


 矛盾しているようで俺の心の方向は一方向だ。


 まあつまりは――――


「お前が大切だから、色々訊いてんだよ。お前にこの先辛い思いをしてほしくないから、今辛い思いをさせてでも訊いてんだよ」


 アミエイラの力になりたいのだ。アミエイラの隣に居たいのだ。


 だからこそ、弱いくせに一丁前に意地張ってアミエイラの隣に並んでいるのだ。


 強くて、けれども弱くて、いつも一人でいる彼女が心配で離れられないのだ。彼女を、一人にしたくないと思ってしまったのだ。


 恋愛感情とはまた違う。これは恐らく、傲慢なまでの庇護欲だ。


 一人で戦っている彼女を見て、俺は彼女が本当は心の弱い人間に見えて仕方なかった。その瞬間も、何かを堪えながら一人で立っているように見えた。


 そういう風に見えてしまったから、そう感じてしまったから、俺は彼女と共に旅をした。彼女を、一人にしてはいけないと思った。一人にしては、いずれどこかで折れてしまうのではないかと不安に思った。


「俺はお前を一人にしない。何があっても離れたりしない」


 だって、近くで見ていないと心配だから。こんな弱い俺でも、一丁前に心配してしまうくらいに、お前は弱いから。


「それにな、お前がそうなった原因話してくんなきゃ、俺はどうやってお前に手を貸せばいいんだよ?」


「……え?」


「だーかーらー。俺はどうやってお前を助ければいいんだ? そもそも、助けた方が良いのか? それも言ってくれなきゃ分からん」


 目を見開き俺を見上げるアミエイラ。


 その目が縋るようで、懇願するようで、答えなんか聞くまでも無くて……そして俺は、その目を裏切れなくて。


「まあ、だから、なんだ。安心して話してみろよ。さっきも言ったけど、俺はお前から離れて行ったりしない。お前を一人にしない。ずっと隣にいるよ」


 そう言って、言っている途中で少し恥ずかしくなって、そっぽを向きながら誤魔化すようにアミエイラの頭を撫でる。


「……本当に?」


 アミエイラが俺の方を見ながらそう言う。その声は僅かに震えており、その瞳は潤んで濡れており、その目じりには涙が溜まっていた。泣くのを堪えているようだ。


 俺は強引にアミエイラを俯かせ、涙を無理矢理流させる。


「本当だよ。ってか、泣きたいなら我慢すんな。泣け。そっちの方がすっきりするだろ」


「……うん」


 そう言うと、アミエイラは俺の脇腹辺りに顔を埋めて服をぎゅっと掴み、声を押し殺して泣く。


 俺はアミエイラを撫でるために上げていた手の行方を探らせてぶらぶらさせる。ややあって、少し後ろに肩を下げながらアミエイラの肩を抱くことにした。


 多少歩き辛いが、まあ致し方あるまい。


 視線を感じ、その方を見やれば、レイとシアが軽く振り向いて俺たちの様子を見ていた。


 ちょ、お前ら。聞こえてないよな? 


 そう確認の意味を込めた視線を送れば、二人は良い笑顔でサムズアップをした。


 あ、ダメだ。これ完全に聞いてたやつだ。


 そう分かると、俺も途端に恥ずかしくなり、顔が赤くなる。


 そんな俺の様子を見て満足したのか、二人は前を向く。


 ……いや、分かってる。今のが良く言ったって意味合いだったことは分かってる。決して二人が俺をからかうためにやったことではないことは分かっている。


 ただ、これは俺が結構クサいことを言ったのを聞かれてしまったから恥ずかしいだけだ。


 俺は二人が見ていないにも関わらず視線を逸らしてしまう。


 逸らした先にはアミエイラのつむじが。


 ……まあ、恥ずかしい言い方をしたが、俺の気持ちに嘘は無い。アミエイラを一人にしたくないと言う気持ちは本物だ。


 俺は、反対の手でアミエイラの頭を撫でる。


 こんなに小さい彼女が何を背負っているのか分からない。けれども、その背負っているものを少しでも肩代わりできたら良いなと、思った。




 しばらくして、アミエイラは泣き止んだ。


 そして、少しばかりしゃくりあげながらも、ぽつりぽつりと話を始めた。彼女の、幸せから始まって、不幸へ続く物語を。





 アミエイラの住む村は、とても裕福とはいえないながらも、なんとか一年を超すことができるくらいには、余裕のある村だった。


 村は、国の端に位置しており、更に森や山に囲まれたところにあったため、その立地の不便さから国同士の戦争に駆り出されることも無く、ある種その村だけ孤立した状態であったが、それでも幸せに暮らせていた。


 元々、贅沢を望まない村だったため、武功を立てようとも、その知識を深めようと思う者もいなかったそうだ。


 その村は、外界から隔絶されており、国に属していながらもその村だけで全てが回っている、そんなところだった。


 ある日、そんな村に生まれたのがアミエイラだった。


 最初の内は、アミエイラの容姿もあいまって可愛がられた。閉鎖的な村だけに、人数をやすやすと増やしてしまえば、それだけで備蓄が足りなくなってしまう。その為、あまり子供も増やせないのだ。


 だから、数年ぶりに村に生まれた子供であるアミエイラは、大層可愛がられたのだ。


 皆の愛情を受けて育ったアミエイラは、とてもいい子に育った。他者からの愛情につけあがることも無く、ただただ無邪気な子供として育った。


 皆と笑い合える日々はとても幸せに満ちていた。


 無邪気な彼女は皆の笑顔が嬉しくて、皆と笑顔を見せあえることが嬉しくて……。


 けれど、そんな幸せは長くは続かなかった。


 閉鎖的な村と言うのは、その中に強固なルールがある。そして、そのルールが何よりも守られるべき法律なのだ。例え、どんな事情があろうともだ。


 そしてなにより、彼らは異端を嫌う。今までうまくいっていた日常を壊そうとする異端を、この上なく嫌うのだ。


 ある日彼女の掌に刻印が宿った。その刻印は、血のような赤をしており、刻まれた象徴は《グリフォン》。


 その刻印が刻まれたその日その時から、彼女の口調が大きく変わった。


 彼女は、人を褒める、人を尊ぶ、人を愛しむ、人に対して良い言葉を使えなくなっていた。彼女が誰かを褒めようと話すたびに、思考とは全く違った、相手を罵る言葉が出てきてしまう。人を見下したような、傲慢な言葉ばかりが彼女の口から紡がれるのだ。


 最初は村人も、まあそう言う日もあるかといった感じだった。

虫の居所が悪いのだろう。誰か大人の真似でもしているのだろう。本にでも影響されたのだろう。


 そう、勝手な憶測だけを重ねた。


 けれど、憶測は当たることが無かった。


 アミエイラの態度は変わることが無く、それどころかより一層悪化していく始末。


 流石にこれはおかしいと思った村長は、アミエイラの一家を呼び出し、事の次第の説明を求めた。


 けれど、両親もアミエイラの変貌に目を白黒させるばかりで、説明などできなかった。


 だが、結果的に両親は説明をする必要は無くなった。


 村長が、アミエイラの掌にある刻印に気付いたのだ。


 その刻印を見た瞬間、村長の態度が急変した。いつもは穏やかな村長が、目じりを吊り上げ唾を飛ばしながらアミエイラを怒鳴りつけた。


 曰く、その刻印は罪深き者の証、『大罪の刻印』であると。その刻印が刻まれし者はその刻印の記す罪を背負うことになると。


 村が続いてきて、誰一人としてそのようなものは出なかった。


 この刻印は、名前の通り決して良いものではない。


 だからこそ、村長は余計にアミエイラを糾弾した。


 なぜそのような罪を背負ったのか! 


 貴様は本性を隠した悪魔なのか!


 忌々しい刻印の者はこの村に居る資格は無い!


 などなど。一息に全てを言い切ってアミエイラを糾弾した。なんの罪もないのに、罪を背負わされたアミエイラを頭ごなしに否定したのだ。


 そこからは、アミエイラもいっぱいいっぱいで断片的にしか覚えていないとのことだった。


 村長に殺されそうになって、その時に片目を奪われ、なんとか両親と逃げ切ったと思ったら、両親は泣きながらアミエイラだけを逃がしたそうだ。


 そうして、十を少し超えただけのアミエイラは自身には重すぎる罪を背負い一人で旅に出た。

いや、それは違うだろう。


 アミエイラは、追い出されたのだ。


 小さな慣れ親しんだ村から、大きな何も知らない大きな世界に。





 ここまでが、アミエイラの過去の顛末。


 アミエイラが相手を罵るような言葉しか言えないのは『大罪の刻印』のせいであった。


 まあ、アミエイラが人を罵る時には、割と法則性があったから、アミエイラ個人の問題ではないと思っていたが、まさかそのような大層なものが関わっているとは思わなかった。


 てか、『大罪の刻印』って名前かっこいいな。実態が実態なだけにそんなこと口が裂けても言えないが。


 ともあれ、やはりあの罵倒はアミエイラの本意ではないこということだ。ならば、やはりアミエイラは悪くない。


 そう確信が持てた今、俺はふつふつと怒りが沸き上がってくるのを感じた。


「よし、アミエイラ。お前の村にカチコミに行くぞ」


「え?」


「ああ。意味が分からないか。要するに殴り込みだ。とりあえずお前の可愛い顔に傷をつけた村長をぶん殴る。その後お前を一人逃がした両親もぶん殴る。その後村人全員とりあえずぶん殴る」


 え? 敬老精神? そんなもんあるわけない。老若男女平等鉄拳制裁だ。まずは自分がどれだけ罪深いことをしたのか思い知らせてやる。


「安心しろアミエイラ。俺もこの二年で大分逞しくなった。何十人連続でもきちんと殴り飛ばして見せる」


「ち、ちが! そうじゃなくて!」


 俺が珍しく力強く言うと、アミエイラが慌てたような顔をする。


「ああ、殴られる瞬間を見たくないのか? アミエイラは優しいな。それなら、俺が全員殴り飛ばした後、その顔にできた青あざを見ればいい。それだけでもスカッとするはずだ」


「ち、違うっ! そんなことしなくていい! 不要!」


 俺が続ければ慌ててアミエイラが止めに入る。服の裾を掴んで訴えてくるアミエイラがとても可愛い。


「いいのか? 大分気分も晴れると思うけど……」


「いい! ……そんなこと、しなくていい。彼らがどうなろうと別にいいけれど、そんなことをする労力が無駄。彼らに時間を割くのも無駄。つまり関わることすら無駄。無駄しかない」


「……そうか。お前がそう言うんなら、それでいいや」


 悲しそうな顔でそんなことを言われてしまっては、引き下がらざるを得ない。


 彼女は村人にまだ未練があって、けれど、確かに怒りを覚えているのだ。だからこそ、自分の感情の制御がうまくできなくて、会ってしまえば何をしてしまうのかが分からないから、会うのがまだ怖いのだ。


「まあ、でも、ゆくゆくは里帰りしようぜ。魔王倒した後とかさ。世界中にお前の名前が広まったその後に行ってこう言ってやれ。お前たちが追いだしたワタシは、魔王を倒すほど立派になったぞ! 追い出してくれて感謝する! ってな」


 最大限の皮肉が込められた俺のセリフに、悲しげだったアミエイラの顔が綻ぶ。


 その様子に俺は少しだけ安心する。


「うん。里帰りして皆の前で堂々と言ってやる」


「おう。その意気やよし! いつもの五割増しで言ってやれ!」


 そう言って、アミエイラの頭を撫でまわす。


 アミエイラが赤い顔をして俯く。色々あって、照れているのだろう。


 アミエイラが俯き、俺の顔が見えなくなれば、俺の顔から自然と表情は抜け落ちていた。


 ……正直、俺はアミエイラの村の奴を許せない。


 アミエイラの目を切り付けた村長もそうだが、アミエイラを一人で逃がした両親もそうだ。


 親なら、どんな理由があっても子供を一人にするなよ。親なら、子供を悲しませるなよ。一人で行かせるんじゃ無くて、一緒に逃げろよ。お前らが出ていく勇気が無いからって、子供一人行かせるなよ。


 他にも言いたいことはいくらでもある。俺はアミエイラの故郷に行ったとき、アミエイラには内緒でこのようなことを言おうと思う。


 けれど、それを言うのも、まずは両親の理由を聞いてからだ。どうしてもアミエイラ一人を逃がさなきゃいけなった理由があるのなら、それならば俺は許そう。


 まあ、偉そうなことを言ったが、俺はアミエイラが許すと言うなら、余計なことは言わないつもりだ。あ、余計じゃないことは言うけどな?


 ともあれ、全てはアミエイラ次第だ。結局、どう言おうと、どう予測を立てようと、その場面に直面してみないと分からないのだ。


 案外、アミエイラが速攻で切れたりするかもしれん。


 どんな状況になっても、フォローができるよう俺は冷静でいなきゃな。


 そんなことを考えながら、俺はアミエイラの頭を撫でまわし続けた。アミエイラの頭は撫で心地がとてもよかった。




 カナトは優しい。


 こんなこと、面と向かっては言えない――大罪の刻印も理由に含む――けれど、ワタシは心中でいつもそう思っている。


 変なこと言ったり、ヘタレだったり、時々暴走したりもするけど、けど、カナトは優しくて、頼りになって、いつも、傍に居てくれた。


 ワタシの過去を、『大罪の刻印』のことを知っても、気味悪がるどころか、村長や両親を殴りに行こうと、ワタシのために怒ってくれた。


 ワタシの隣に今もいてくれている。優しく、頭を撫でてくれている。


 カナトに頭を撫でられると、胸がポカポカして心地よくなる。


 ワタシに兄が居たら、こんな感じなのかな?


 ワタシは、こんな面倒なワタシの隣に居てくれるカナトが大好き。


 ……これも、面と向かっては言えない。だって、恥ずかしいし……。それに、今言ったら刻印のせいで憎まれ口しか言えなくなる。それでも分かってくれるのがカナトだけど、それでも、この思いだけは自分の口で言いたい。


 まるで、本当の兄のようにいつもわたしの面倒を見てくれているカナトにはきちんと感謝の気持ちを伝えたい。


 いつか、ちゃんと自分の言葉だけで伝えられたらいいなって思う。言葉が伝わらずにカナトに理解されるのは、ちょっと癪だから……なんてね。


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