猫瓜神社
海辺の街のビル街に、猫瓜神社はひっそりと建っています。御神体はポンチョをまとった猫の石像で、境内にかぼちゃ畑があります。
その昔、嵐の夜の翌朝、大きな布をまとった一匹の猫が、ふらふらと海沿いの道を歩いていました。
出くわした村人に、猫は人間の言葉で話しかけました。
「ここはどこですか?」
びっくりした村人は逃げ出しました。しばらくすると大勢の仲間を連れてきて、猫を取り囲みました。
「お前はだれだ?」
こんどは猫がきかれる番でした。猫は答えました。
「私の名前はマヒコといいます。湖の都から来ました。乗っていた船がゆうべの嵐で…」
「なんだかよくわからんが、怪しいやつだ」
村人たちは、猫を連れて帰って、物置小屋に閉じ込めてしまいました。
「あれは、噂に聞いた猫又に違いない」
「夜になったら這い出してきて、人間を食ってしまうんじゃないか?」
「小屋もろとも、燃やしてしまおうか」
そこに、話を聞きつけた名主がやってきました。
「猫又だったら、尻尾が二つあるはずだ。ちゃんと確かめたのか?」
猫が猫又じゃないことは、すぐにわかりました。村人たちは、猫に素直に謝りました。
「どうして人間の言葉が話せるんですか」
名主は猫にたずねました。
猫は答えました。
「私は海の向こうに冒険がしたかった。だから、森の魔法使いに人間にしてもらったんです」
人の言葉は話せてもどうみても猫だろうと思いつつ、名主は続けました。
「お仲間のこと、心配でしょうね」
「ええ、でも、海の男はみんな覚悟の上ですから」
「お仲間も、みんな猫なんですか」
「人間ですよ。みんな、魔法使いに人間にしてもらったんです」
たぶんみんな猫なんだろうと、名主は思いました。
「故郷に帰りたいでしょう」
「いいえ。帰るところはありません」
猫によると、猫は遠い国の湖の上の都で生まれました。気づいたときには家族はいなくて、人間の街で、ねずみや虫を追いかけながら、同じような仲間たちと暮らしていました。仲間たちとの日々も、それはそれで楽しかったのですが、あるとき人間の船乗りたちの話を聞いて、冒険がしたくなりました。
人間になりたいと魔法使いに頼むと、苦くてピリピリ辛い飲み物を飲まされて気を失い、目覚めたときには「人間」だったとのことでした。
航海では、氷の山に住む鳥人間や海藻を食べる怪獣、三角帽子の海坊主など、たくさんの不思議なものに出会いました。
この話に興味を持った殿様が、ときどきお城に猫を呼び出して、異国の話や冒険の話などを尋ねるようになりました。
猫は殿様から猫間彦右衛門という名前をもらって、名主の家の離れで暮らすことになりました。田畑の仕事を手伝ったり、漁の手伝いをするうちに、村人たちとも、すっかり打ち解けました。
猫はときどき、遠い海の向こうをぼんやり眺めていることがあります。故郷が懐かしいのかと聞かれると、いや、雲の流れを見ていると答えました。たまに冒険がしたいと言うこともありましたが、猫は穏やかな日々が気に入っているようで、本気で村から出ていこうとはしませんでした。
ある冬の日、猫は雪降ろしをしていて屋根から落ちました。どうすることもできず、猫はあっけなく死んでしまいました。姿は猫でも、やはり猫ではなかったのです。
猫のことを惜しんだ村人たちは、猫の姿がいつまでも残るように、石に刻んで墓標にしました。
春になり、猫のお墓から一本の瓜が生えて来て、夏には深緑のごつごつとした恐ろしげな実をつけました。だれも触れようとしなかったのですが、ある日いたずら好きの子供がその実を割ってしまい、黄色い肉と大きな種が飛び散りました。
村人たちは、たたりがあるのではないかと恐ろしく思い、巫女のおばあさんに相談しました。
神様のお告げを確かめたところ、それは猫の故郷の瓜で、猫の魂が呼び寄せたものだとわかりました。
「やはり、故郷がなつかしかったのでしょう。たたりはありません。これからは大切に育てておやりなさい。実を食べるとご利益がありますよ」
見た目が毒々しいので最初はおっかなびっくりでしたが、勇気のある若者がその実を煮て食べてみました。毒ではないばかりか美味しいとわかって、翌年には種をまいて村中の畑で作りました。
猫瓜は美味しい、猫瓜を食べると体が丈夫になると評判になり、お城の食卓にも上がるようになりました。殿様は、猫瓜のカステイラが大層お気に召して、国中の畑で猫瓜を作るようお触れを出しました。
やがて猫瓜は、殿様の国だけでなくまわりの国々にもひろがって、行った先々で色々な名前で呼ばれるようになりました。
猫瓜を食べて人々が元気になり、国は豊かになって、喜んだ殿様は、猫のためにお墓の場所に神社を造りました。
今では、神社の周りのかぼちゃ畑はすっかりビル街になってしまっています。でも、かぼちゃのお菓子が美味しいお店がたくさんあるから、行ってみるのも楽しいかもしれませんね。