8
更新遅れました
蒼麟が去ったその場所に空間の歪みが生じる。歪みが大きくなるとその中から静かに彩麒が姿を現した。不機嫌なヴェルガを見上げながら蒼麟が完全に洞窟の入り口から出ていくのを気配で確認すればよくやく声をかけた。
「ずいぶん荒れているな、ヴェル。」
《お前があの小娘に俺の名を教えたのか…?》
「何?蒼麟がお前の名を呼んだだと?」
《あぁ、はっきりとヴェルガとな。》
「…あの方の記憶までももっているのか…?」
《俺の質問に答えろ!》
「そう怒るな。我はあの子にお前の名もその存在さえ教えておらん。ここに近づくことさえも許していない。…案の定約束を破り、来たようだがな。」
《ならば何故!?》
「…精霊王クラス四体の精霊に好かれ、死してなおその加護が失われることなく魂を守り、けして異物が入れぬこの領域に簡単に入ってきた。そして、我が力とともに注ぎ込んだ“アレ”を無意識ながらに使える。何気なく注ぎ込んだ“アレ”を扱えるとなればお前でも分かるだろう?」
《蒼麟と名前からしてからまさかとは思ったが、肉体を生み出すのに“アレ”も流し込むとは馬鹿なのか?…しかし、あの小娘が扱えるのだとしたら、あの方はそんなに早く散ったというのか…?》
呆然と彩麒から与えられた情報を頭の中で整理しているとだんだんと怒りが落ち着くが反対に絶望に近い何かが胸の内をゆっくりと占めていく。
「……人間は自分達と違うものに本能的な恐怖がおきる。やはり、地上へと送るのは早まった行為だったということだな。」
《だが、あの方がそれ望み、俺はそれを叶えた。後悔はしていないぞ。》
「だろうよ。お前と我はあの方に育てられ、長い時をともに過ごした。あの方が自由を望んでいたこともよく分かる。だが、現実的問題を考慮するあまり我は動かなかった。反対にお前はあの方の願いを優先した。神殺しのドラゴンと呼ばれるのもなんら後悔していない、そんなお前が羨ましかった。しかし、この領域の掟は守らねばならない、あの方から我はたくされたのだから。…故にお前をここに封じたこと、我も後悔はしていない。」
《その件は俺も了承し大人しくここにいるだろうが。お前が背負い込むことではない。サイキ。》
「サイキ、彩麒、か。まさかまたこの名とこの姿を与えられるとは思わなんだ。」
自分の姿を見下ろしながらおかしなものでも見るように笑いながら呟く。そんな様子にヴェルガはため息を小さく吐いた。
《無意識にやっているのだろう?あの小娘は。》
「あぁ。…あの子またここに来るだうな。」
《わざと威圧を込めていたのにか?》
「怒っているあの状況で更に意識的に脅すために威圧を込めるとは。そんなに怒りが強かった訳ではないだろう?」
《驚きはしたが、あんな小娘に本気で怒鳴ってどうなる。まあ、威圧を受け、泣かなかったのは誉めてやってもいい。》
「この領域の堅物達を懐柔するくらいだ、怖かっただろうが、肝は据わっているのだろうよ。」
《あー本当にそんな気がしていたぞ、あの小娘。あの古株どもを懐柔するか、普通?》
「我は放置だな。」
《同じく。》
「まあ、しばらくは様子見しかあるまい?」
《お前はいいのか?こんな状況になって。》
「どうやったとしてももう変えられぬことだ。ならば我はあの子を我が娘として育てることにした。…お前はどうする?」
《……。》
「すぐには決まらぬだろうよ。我とて数年の時間を要したからな。…認めるのに。」
またなと言って彩麒は最初と同じように空間の歪みの中へと消えていく。残されたヴェルガは答えが見つからず、盛大なため息を吐くのだった。