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死して新たな肉体と名を与えられた蒼麟はあれから側にいる精霊達と父親代わりである獣が統治する場所で数十年の時を過ごしていた。数年で蒼麟は様々なことを学び、知識として力をつけていく。元々記憶力が良く、ここに来てから好奇心も強くなったため疑問に思ったことはすぐに周りに質問し、理解を深めていった。
一番難解だったのは箱庭に住まう者達から認めてもらうことだ。
最初、獣が統治するこの地に住まう幻獣や聖獣と呼ばれる獣達は蒼麟のことを認めておらず、常に敵意のような視線を向けていた。しかし、諦めずに何度も足を運び、自分ができうる限りのことを精一杯行い続けていくうちに獣達は蒼麟に懐柔され、彼女の側に集まるようになっていた。気難しい者達も時間はかかったが、今では蒼麟のことを認め、手助けをする者までいる。むしろ、長寿で気難しい者達はまるで自分の孫のように可愛がるところを見せ、獣が唖然としていた。
また獣は麒麟という種族らしく、彼以外は存在はしていないという話を聞いたときは無言で相手に抱きつき、動揺させるという一幕もあった。
そして獣の要望である名を与えるという生まれ変わって始めての大役に蒼麟は蒼麟の名に使われている“麟”はそれから取ったと獣に聞き、ならば獣の名を付けるならば麒麟の“麒”を取って考えることにした。精霊達と様々な名前を考えだし、その中で彩麒という名を蒼麟は気に入った。精霊達も異論はなかったためそれに決定し、獣に伝えた。同時に精霊達と同じく体が何かが抜けていく感覚に襲われるももの、四人の時とは違い倒れはしたが意識は失うことはなかった。
「これが、我の姿、か…。」
人型に変わった己を見て彩麒は自分に言い聞かせるように呟く。
長身ながら細身の体格だが、程よい肉付きのある体は蒼麟に似た白い肌。肩甲骨辺りまでのびた髪は淡い金、瞳は見る方向によって色彩を返る不思議な双眸をしている。纏う衣服は官人服に似た形状をしていて、彩麒によく似合っていた。
「そういえば、父様はここ最近は本来の姿より人型を好んでいますね?」
広大な草原でポツリと側に立っている彩麒を見上げながら蒼麟が呟く。肉体を得てから人間にとっては相当の時間が経っている。だが、蒼麟の体は時間に囚われずにゆっくりと成長しており、生まれ変わったときは生前と同じ四歳くらいだった。今は十歳くらいの容姿をしており、シエルに似た巫女装束に近い、動きやすさを重視したものを身に纏っている。
そして現在は彩麒に付き添われ、魔力操作と麒麟固有の能力の訓練をしていた。彩麒の麒麟としての力を肉体を形成するときに使ったため、蒼麟も彼同様麒麟の能力を扱うことが出来るのだが、根本的な魔力が少ない。故に精霊達から受ける一般教育の他に彩麒自身から魔力の増幅と能力の制御の仕方を教わっているのだ。
魔力に関しては精霊の方が良いのではと彩麒は初めは思っていたが、彼らは膨大な力を元々持っており、己の力を本能的に使えるためか説明がド下手だった。そんな四人に呆れたように彩麒が何か言っていたがよく聞こえなかった。
ならば仕方ないということ、彩麒自身が教えるのが一番分かりやすいということで、この定位置についた。
「人型の方がいろいろと楽なのだ。こんな風に頭を撫でられることだしな。」
「わっ!?子供扱いしないでください、父様~。」
頭を撫でられ多少は抵抗する蒼麟だったが嬉しそうに口元が緩んでいるため、彩麒は止めずに撫で続ける。一通り撫で続け、手を離せば少し拗ねながらも髪の毛を直す義娘に向ける優しげな表情は父親そのものだった。最初は単なる気まぐれだったのだが、一緒に過ごしているうちに情が芽生え、数年経った今では本当の親子のような関係を築いている。
とても穏やかな日々を過ごすほどに。
「彩麒様、北の森の者が庵にやって来ておりますが、如何致しますか?」
「すぐに行こう。蒼麟、悪いがそろそろ戻る。あまり遠くに出歩くなよ?」
「はい、分かりました。父様もシエルも頑張ってください。」
練習の最中、彩麒を迎えにきたシエルにより、今日の授業は終了した。二人を応援するようにそう声をかければ二人は笑みを浮かべ、住居のある西の方へと去っていく。
現在、四人の精霊達は自らが教えられることは全て蒼麟に教え終えたため、彩麒の補佐という役目についており、毎日忙しそうな生活を送っていた。今でも蒼麟が出向けばこちらを優先してくれるが邪魔をするのは気が引けるため、大事な用事以外はあまり出向かないようにしている。
「これからどうしよう。自主練習は今日はいいかな。」
一人になると途端に暇になった。自主練習をするというのもあるのだが、今日はそんな気分ではない。ならばと魔法や能力の練習をしながら何処までも続くこの土地を一人で探索する最近の日課をしようと頭を切り替える。
「今日は何処に行こう…。」
広大な草原を中心にこの地は異界に存在するため端まで行くと不可視な壁のようなものに身を阻まれるのは検証済だ。
簡単な位置付けは北に鬱蒼とした森、東に濃い霧に覆われた大きな湖、西は彩麒と蒼麟が住まう竹林地帯がある。そして南には自然豊かな他とは違い、デコボコとした岩が数多くある荒野と大きな洞窟の入り口のみが存在している。そして、そこにはけして近づくなと彩麒から言われていた。
「…バレなきゃいいよね?」
誰もいないがそう尋ねるように口にすると気配を完全に消して南の荒野へと駆け出していた。行くなと言われると行きたくなる衝動をなんとか今まで抑えてきたが、あらかた探索し終わっているため南の荒野しか残っていないのだ。
期待と微かな不安を感じながらも蒼麟はまっすぐ南へと向かった。