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《生きたいか?》
微睡んだ意識のなか、そんな声が聞こえた。こちらを探るような、興味深そうな、そんなことが感じられる声音で。
確かに死ぬと分かったとき、生きたいと願った。だけれど、また自分のせいで周りが不幸になるのは嫌だし、ひとりぼっちになるのももっと嫌だったから。今の声が聞こえる前に微かに聞こえた複数の声の時はどうしてか逃げたいと思った。すると懐かしい気配に包まれたような気がしたと同時に生前側にいてくれた四つの気配を感じ、何処かに飛ばされるような感覚に陥れば、逃げられたのだと思い、嬉しかった。でも、着いたと思われる場所は最初にいたところよりと圧迫感が強くて苦しかった。でも、逃げたいとは思わなかった。
そんな時に近づいてきた大きな気配。近づかれる度に自分が押し潰されているような気にさえなった。でも、やはり怖いとも逃げたいとも思わなかった。そして大丈夫という声が何処からか聞こえてきた。誰だか分からないが安心できた。
《答えよ、お前は生きたいのか?それとも消滅したいのか?》
先程よりも強くなった声音に驚くが、怒っているとは感じない。この人なら大丈夫だろうか。そんな思いが浮かぶと無意識にはい。と答えていた。迷いはなかった。
途端に相手の雰囲気が一瞬和らぐ。どうしたのだろう?と思っていると触れられる感覚の後に体に大きな力が流れ込んでくる。優しくも気高い力はゆっくりと馴染むように自分に溶け込んでいき、形を成していく。
〝貴女をここに連れてこれて良かった。〟
そんな声が自分の中から聞こえた。誰?と問いかけるよりも早く、別の力と今まで側にいてくれた四つの力が自分の内側から溢れだし、混ざっていく。
しばらくすると神経が研ぎ澄まされる感覚とともに五覚が戻ったと本能的に分かった。
まず最初に嗅覚が戻ったのか、草の匂いが鼻腔をくすぐり、閉じられている瞳が微かな眩しさを感じる。耳は風の音を捉え、肌はそんな風と自分の座っているであろう草の感触を教えてくる。
前のように体がある、そう思えば嬉しさで口端があがるがまだ今の体に馴染んでいないのかぎこちない感じがした。だが、それよりも周りが見たいと思ったため、ゆっくりと瞼をあげる。最初は眩しく、辺りの風景も見えなかったが、だんだんと目が慣れてきたのか周りの風景へ焦点が合ってきた。
《ん、始めてやったが、うまくいくものだな。》
「っ!?」
目の前にいる者を見て彼女は息を飲む。自分を見下ろし、頭の中に直接言葉を投げ掛けてくる存在。
鹿に似た体躯ながらその姿は大きく、龍のような顔に馬の蹄、牛のような尾、背毛は五色に彩られ他の毛は淡く黄色に光っている。身体には鱗があり、龍のような顔の額には一本の角。
その神々しい存在に飲まれるように、彼女は動けず、ただ、獣を見上げことしかできない。
《やはり精霊と共生していたからもしやと思うたが、白化現象の童の魂だったか。》
「っ…。」
“白化現象”という言葉にビクッと肩を震わせ、怯えた表情を浮かべてしまう。その様子に目の前の獣は彼女の反応が予想外だったのか、明らかに動揺していた。
《あ、いや、何か怖がらせたのならすまない…。その、怯えないでくれると我としてもありがたいのだが…。》
困ったような雰囲気を醸し出す獣に先程までの神々しさは消え、強張っていた体も力がゆっくりと抜けていく。
「ごめん、なさい。こわいの、あなたじゃ、なくて…その…。」
《まだ体に馴染まぬのだろう。ゆっくりで良いぞ?》
うまく喋れず、片言ような拙い喋り方に獣は優しい声でそう告げる。相手の言葉に素直に頷けば自分が言いたいことをまとめるために一度考えるように黙る。
「あなたが、たすけてくれた…。でも、そのはっかげんしょ?でまえみたいになるの…こわい…。」
言いながら生前のことを思い出したのか、瞼に熱いものがせり上がってくる。自分のせいで何かがおかしくなったことがまた起こりそうで怖いのだ。確かにまだ生きたいとは願った。だが、それよりも怖さが少女の心を黒く塗りつぶそうとする。だがその時、生前側にいてくれた四つの存在の名が頭に浮かぶ。
「せふぁ…りーす…しえる…あーく…。」
震える声でその名を呼ぶと、体から何かが抜けていく感覚とともに視界が暗転、そのまま意識を手放した。
「側にいますよ。」
少女が気を失った途端側に現れた四つの存在。獣は本来なら実体を持たない存在である精霊である彼等を見て驚き、またその正体を見抜くと気を失った少女を見た。
《まさか…この童は…。》
「そのことでお話があります。」
落ち着きのある声の女の言葉に獣はゆっくりと頷き、続きを促した。