三話
喫茶『図書館』本日休館です。
投稿日は桜が咲き乱れていますが、作中は、台風が吹き乱れています。
『図書館』という不思議な空間で、不思議な人たちに会って1カ月が経った。僕自身もようやく都会の暑さにも慣れてきた。その頃の話。
「台風十四号は、本日午後に東京に最も接近する模様です。また、台風の影響により交通機関に乱れが起きています。ご注意ください。」
朝来るときは、それほど影響はなかったのに、お昼頃から風と雨がひどくなった。傘は一応持ってきてあるが、傘でどうにかなりそうなものではない。窓ガラスが風でガタガタ揺れている。
課長が僕たちの仕事場に来た。課長が僕たちの仕事場に来るのは珍しい。誰かが何かヘマをしたのだろうか。
「皆、仕事ご苦労様。今日は台風がひどい、交通機関に乱れが出てきている。今日は仕事をきりのいいところで終わらせて、早く帰るように。」
まさかの退社命令。確かに台風はひどい。課長の言っていることが、風が窓ガラスを揺らしている音で聞き取りずらかった。まだ仕事が残っているが退社命令なら仕方ない。帰ろう。
今日は、『図書館』に寄る暇はなさそうだ。昼は家に帰ってから、何か作ろう。
早々に帰り支度をした僕は、一応持ってきた傘をさして会社を出た。ところまでは良かった。しかし、思いのほか、風と雨はすごかった。歩き出して20mと行ってないところで、靴は雨が染み込み、スーツのズボンは雨を吸い込み濃く変色した。白シャツは、中の肌着が透けるくらいに濡れてしまった。早く帰りたいが仕方ない。そこのスーパーの店先で少し雨宿りして、風と雨が弱くなるころを見計らって帰ろう。
「・・・ヒトミさん。こんにちは。」
躊躇いがちな声が後ろから聞こえた。僕の名前を知っている人といえば、会社の人ぐらいだ。しかし、こんなきれいな声の人なんていただろうか。返事をしながら振り返ると、透明なレインコートを着た僕の方より気持ち下くらいの身長の女性がいた。足元を見ると、緑の長靴。いや今ドキはレインブーツというのか?を履いていた。
僕の身長は178cmだ。ということはこの女性は150cmくらいか。そんなことを考えていると、女性が僕を見上げた。
肩ぐらいで切りそろえられたきれいな黒髪が雨に濡れて、日に焼けたことがないような真っ白な首筋に張り付いていた。男として、見入ってはいけないと思いつつも、見てしまう。
「今日は、お仕事どうしたんですか?・・・『イチゲン』さん。」
そう、僕にスーパーの店先で声を掛けたのは、喫茶『図書館』の館長、『コハル』さんだった。
ヒトミさんと呼んだのは、ここがスーパーの店先だったからだろう。『イチゲン』は『図書館』だけでのペンネームだから。僕が気づかなかったから、『イチゲン』で呼び直したのだろう。
「『コハル』さん?・・・どうしてここに?」
僕自身は、彼女の本当の名前を知らないため、ペンネームで呼ぶ。
「スーパーは買い物をするところです。カラオケはできません。」
・・・その通りです。僕が失礼しました。
「『イチゲン』さんこそどうしたんですか?こんな店先で。」
レインコートのフードを被ったまま僕を見上げる。無意識なのだろう、少し踵をあげて背伸びもしている。僕は、健気なかわいさを感じつつ答える。
「台風の影響で、今日は仕事が中止になりました。」
「成程、交通機関にも影響が出ているみたいですし。ご帰宅は大変じゃないですか?」
「そうなんです。だから、風と雨が弱くなるまで雨宿りをしようと。」
「それは名案です。と言いたいところですが、これからもっとひどくなるそうですよ。」
「うわぁ、どうしよう。帰れるかな。」
たまらず僕が嘆くと、僕の様子を観察した『コハル』さんがこんなことを言い出した。
「・・・『イチゲン』さん。うちに来ますか?」
「え?」
「あっ、いえ、だいぶ雨に濡れたみたいなので、風邪をひいてしまいそうで。」
「大丈夫ですよ。これくらい。」
「でも、スーツはすぐに乾かさないと匂ってきてしまうので。それにうちは結構近いですし。」
これは、まずい。女性の自宅に見知っているとはいえ、男が入っていいものだろうか。しかも、ずぶ濡れで。
「でも、迷惑ですよね。」
「大切なお客様が風邪をひかれて困るのは、私です。」
・・・そうですよね。サービス業の鏡的発言。
その後、十分ほど粘ったが僕は断ることが出来なかった。先の道を行く『コハル』さんについていきながら、僕は彼女の自宅に向かった。
『コハル』さんが僕を招き入れたのは、『図書館』だった。
「ここですか?」
「この奥が私の自宅になります。レジ横からカウンターの中に入れるんで、奥に進んでもらっていいですか?」
自身が着ていたレインコートを脱ぎながら声を掛けてきた。僕は、傘を傘入れに突っ込んでから、レジ横を見てみた。片開きのドアがある、僕は、それを手前に引きながらカウンター内に入る。
普段見ることができない『コハル』さんだけの城。コーヒーメーカー、カップ、コースター、たくさんのコーヒー豆、豆を挽くためのミル。ほこりがかからないようにするためか薄いレースの布が掛けられている。
「そんなに見ないでください。なんか恥ずかしいので。」
僕に追いついた彼女は恥ずかしそうに声を掛けてきた。
「『イチゲン』さん、ちょっと待っててもらっていいですか。タオルとってくるので。」
「ぁ、はい。」
店と自宅を分けている扉の前で数分待っていると、扉が開いた。彼女は濡れた服を着替えてずいぶんラフな格好でタオルとなぜか新聞紙を抱えてきた。扉の先には、廊下が広がり、その行き止まりのところにリビングダイニングが広がっているようだ。
「お待たせしました。タオル使ってください。それから、そこに見える扉にお風呂場があるので、シャワー使ってください。」
「えっ、いや、シャワーまでは・・・。」
「風邪をひきますから。」
「でも・・・。」
「一人が嫌なら一緒に入りますか?」
彼女が平然と聞いてきた。
「ぶっ、いえ、一人でいいです!」
「なら、どうぞ。手前の扉です。」
『コハル』さんの巧みな口撃にノックアウトした僕は、女性の自宅に来ただけでなく、シャワーまで借りてしまうことになった。
扉を開けると脱衣所があり、その奥にお風呂があった。脱衣所には洗濯機があり、中には服が入っているようだった。たぶん、さっき雨に濡れた彼女の服が入っているのだろう。絶対に見てはいけない。
洗濯機の横に大きめのスウェットが置いてあった。シャワーを浴びた後にこれを着ろ。ということだろう。土間で待っている間にここまでしていたのか、どうしたらここまで頭が回るのだろう。
というか、このスウェットは誰のだろうか、『コハル』さんの体形を考えると、ずいぶん大きな服になる。そもそもメンズ用だ。
考えたくなかったがやはり彼氏がいるのだろう。本当に考えたくなかったが。そんなことを考えながら、お風呂場に入る。
男の入浴の回想なんてみたくもないだろうからここには書かない。
体が温まり、用意されていた服を着て、廊下に出る。すると、左の方からおいしい匂いがしてくる。匂いに誘われて、廊下を進むとダイニングキッチンにたどり着いた。
「あっ、服のサイズ大丈夫ですか。私の父が泊まりに来た時の服なんですが。」
・・・僕の思い過ごしだった。安心した自分がいる。どうしてだろう?
「大丈夫です。」
「よかった。お昼ご飯まだですよね。今日は「タコライス」を作っているんですが、一緒にどうですか?」
いつも『図書館』で昼ご飯を食べているので、昼ご飯を食べていないことを知っているのだろう。
「「タコライス」ですか。迷惑でなければいいですか?」
「迷惑ではないです。そもそも、もう作っているので、食べてもらわない方が迷惑ですね。」
・・・だ、そうです。
「もう少しかかるので、リビングの方で待っててもらえますか。」
そう言われ僕はリビングに足を向けた。リビングの左にはベッドが置いてある。見た感じ1kの自宅のようだ。壁には本棚があり、たくさんの児童書が置いてあった。よく見ると、『コハル』さんのペンネームの由来の小野春華さんの著書ばかりだ。
「小野春華さんの本が好きなんですか?」
「はい、あの人が書く本の独特な雰囲気が好きなんです。」
「どれか呼んでもいいですか?」
「いいですよ。おすすめは、「ぼくとふしぎな森」という本です。」
「「ぼくとふしぎな森」・・・。あった。」
僕は、昼ごはんが完成するまで、その本を読んで待つことにした。
・・・
あしたは、まちにまったえんそくの日。
てるてるぼうずもつるしたから、きっとはれる。おかあさんがいってたもん。
おやつはぼくがだいすきなグミ。おきにいりのリュックにもういれてある。なんかいも、かくにんしたから、あしたはわすれない。
おべんとうは、なにかな?からあげがたべたいっておかあさんにつたえたから、きっとはいっているとおもう。
・・・
「・・・『イチゲン』さん、出来ました。食べましょう?」
思っていた以上に集中していたらしい。呼ばれるまで気づかなかった。僕は続きが気になりつつも昼ご飯を優先した。
白の深皿には、ご飯の上にレタス、トマト、挽き肉、チーズが乗っていた。
「おいしい!肉にしっかり味がついているせいか、ご飯が進みますね。」
「それは良かったです。」
「沖縄で有名なコメ料理ですよね。」
「そうです。タコスの具材をご飯の上に載せて、辛みのあるサルサを掛けて食べるものです。」
「でもこれ、辛くないですよね。辛いものが苦手な僕にはちょうどいいですけど。」
「実は、私も辛いものが苦手なので、辛みは入れてません。」
「似た者同士ですね。」
「・・・。」
「・・・。」
『図書館』なら、『ソウジ』さんとかがいて、会話が生まれていくのだが、今日は、二人だけ。何を話したらいいのかわからない。
「そう言えば、靴は新聞紙を詰めてあるのですぐ乾くと思います。シャツとズボン、靴下はそこに干してあるのでエアコンの風で乾くと思います。」
「ん?干してある?」
よく見ると見覚えのある服がエアコンの風がよく当たるところに干してある。僕が本に夢中になっている間に彼女はそこまでしてくれたみたいだ。
「その、なんかすみません。」
「いえ、気にしないでください。本に夢中だったみたいですし。」
「そうですね、あの本は面白いです。続きが気になるので買ってみようかな。」
「ここで読んでいけばいいじゃないですか。」
「でも、お邪魔ですよね。」
「うーん、どっちかというと午後をひとりぼっちで過ごす方が大変ですね。それに、雨も風も弱くなりそうにないですし。」
「そうですか。ならお言葉に甘えて。」
「食べ終えたら、食後の飲み物を出しますね。今日は、台風のせいで少し肌寒いのでホットコーヒーにする予定ですが、紅茶もありますよ。どっちにしますか?」
「もちろん。ホットコーヒーで。」
食後は、『コハル』さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、「小野春華」の話に華が咲いた。彼女はおとなしい人だと感じていたが、「小野春華」のことになると、今まで以上に饒舌になっていた。
「「小野春華」さんの出身はどこか知っていますか?」
「今までの著書の中に実は、彼女自身の幼少期の思い出や家族との話があるんです。例えば・・・、」
「「ぼくとふしぎな森」のお話も素敵なんですが、彼女自身が本当におススメしている本は・・・、」
「彼女の趣味は喫茶店でコーヒーを飲むことなんです。あんまり知られていないんですけど、他にも意外な趣味があって・・・。」
「彼女の本のアイデアはどこから生まれてくるかというと・・・。」
僕は相槌を打ちながら、『コハル』さんの話を飽きることなく聞いていた。1カ月ほど『図書館』に通っていたが、こんな姿は見たことがなかった。いつも静かに皆の話を聞いて、『ソウジ』さんのイジリを巧みにかわしている。そんな印象だったから意外な一面を見ることができた。
願うならば、服の乾燥に時間がかることか雨と風が弱くならないことだ。服が乾燥するまでは、雨と風が弱くなるまでは、ここで『コハル』さんの話を聞いていられる。そんなことを思いながら、僕はホットコーヒーの入ったカップを口に運んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
作中に出てきたタコライスは作者自身の得意料理です。
末尾ですが私、作者、ツイッターで小説投稿用垢を作成いたしました。
【@sakusha3090】です。フォローしてもらえると投稿意欲が上がります。前回作者の読み方は「ツクリモノ」だと、言ったくせに、IDは「サクシャ」なのかよというツッコミでも構いません。
次回があるのであれば、お立ち寄りください。




