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路地裏の図書館  作者: 作者
2/3

二話

喫茶『図書館』本日開店させます。

『ソウジ』『シキブ』『ホウイチ』の名前の由来の話です。

ヒントは文中に置いてあります。読み進める前に少し考えてみるのもいいかもしれません。

翌日、昨日よりかは過ごしやすくなった日曜日。

着る服を朝一から悩んで、僕の家はまるで初デートに行く少女の部屋のように服で散らかっていた。服をきちんと畳まないとしわになるのはわかっていたが、時間が惜しかった。

昨日、あの『施設』に持っていき、結局一文字も読むことのなかった本。読みかけを示す栞と一緒に挟んであるのは、僕の名前を書いてある名刺大の紙切れ。財布を確認する。昨日先払いをせずに、返された500円玉がそこにある。この二つは僕がまぎれもなくあの『施設』にいたこと、あの『施設』に認めてもらったことを示している。この二つをショルダーバッグに詰め込んで僕は家を飛び出す。


 カランコロン。

 昨日と全く変わりない音色が僕を迎えてくれる。昨日と違うのは、みんなが来ている服ぐらいだ。

 

 「いらっしゃいませ。『イチ・・・。」

 昨日とは違い薄手の長袖を軽く腕まくりした『コハル』さんが僕を見て声を掛けてくれる。

 「マスター。違うだろ。彼はもう客じゃない。」

 「わかってますよ、『ソウジ』さん。・・・おかえりなさい、『イチゲン』さん。」

   昨日もあったように『ソウジ』さんの『コハル』さんいじり。その光景を面白そうに眺めている『シキブ』さんと『ホウイチ』さん。

 「おはよう。『イチゲン』君。」

 「おはようございます。『イチゲン』くん。」

 チーン。音の方を振り向くと、

 【お早うございます。『イチゲン』さん。今日は青いシャツを着てきたんですね。】

 「はい、今日はなんでも食べられますよ!」

 「『イチゲン』くん、とりあえず座ったら?『コハル』ちゃんが、コーヒーを置きたいみたいだし。」

 「えっ、あっ、はい。じゃあ昨日と同じところで。」

 コースターに置かれたアイスコーヒーにガムシロップを入れて、一口飲む。

 「ホントにおいしいですね。このコーヒー。」

 「「一応」、端正込めて、淹れたんだよね。マスター。」 

 「そうですよ、『ソウジ』さんの分は、適当に淹れてますけど。」

 「おっと、マスターもついに、僕のいじりに、答えるようになってきたね。」

 「今日来るのは、私たちだけかしら。」

 「そうですね。注文してあるものが、届くのは明日ですし。お昼ごろに、また誰か、来るかもしれないですけど。」

 チーン。 

 【昨日の『イチゲン』さんみたいに?】

 『ホウイチ』さんのスケッチブックを素早く読み取ると、『コハル』さんは、

 「そうですね、『イチゲン』さんのように、本好きとは限りませんけど。」

 「なら、昼頃までささやかな読書タイムとしようか。」

 「そうですね。」

 「そうね。」

 【はい。】

 「分かりました。」


 十時頃から始まった読書。僕の耳に聞こえてくる音といえば、

 聞こえるか聞こえないかぐらいのかすかに鳴っている館内の音楽。

 誰かが本のページをめくる音。

 誰かがコーヒーを飲むときになるコップと氷の擦れる音。

 『コハル』さんがコーヒーのお代わりを入れていくれる時の靴音。

 僕がお礼を言おうとすると、口元に人差し指を持っていく。「静かに」ということらしい。僕は軽く頭を下げるだけにした。すると彼女も頭を下げてくれる。これでいいらしい。

 今まさに時間が止まりそうだ。かろうじて時間を動かしてくれているのは、時折聞こえてくる音。

 コーン。

 今まで聞いたことのない音が、静寂を壊す。時間を確認すると、もう一二時だ。さっきなった音は、館内にある掛け時計の声らしい。

「『イチゲン』君、今日は何を食べる?」

「うーん。スパゲティにします。」

「うむ、また振られてしまった。マスター、僕はオムライスだ。」

「私は、フレンチトーストをお願いします。」

 今度は音がする前に僕は振り向く。それがわかっていたようで彼は笑ってスケッチブックをこちらに向けていた。

【僕も『イチゲン』さんと同じでスパゲティです。】

「わかりました。今日はスパゲティが二つですね。」

 そう言いながら、『コハル』さんは奥に行く。



 『コハル』さんが昼食を作ってくれている間。僕は気になっていることを聞くことにした。

 「皆さんの名前は、本名なんですか。」

 「勿論、違うと思うよ。」 

 「思う?」

 「僕たちはお互いに本名を知らないからね。」

 「えっ、知らないんですか!」

 「本名を知りたいと思わないし。別の名前があればそれでいいと思うんだ。無理して自分の名前を背負う必要はここではない。ゲームとかでもあるんだろう、本名ではなく、あだ名みたいものが。」

 「無理して自分の名前を背負う必要はない、ですか。」

 「本名ほど、自分自身に圧力をかけるものはないさ。ここは日常生活から切り離されたような空間だ。圧力なんて持ち込むな。」

 「『ソウジ』さんは、本名が圧力なんですか?」

 「あぁ、本名を背負うだけで、圧力だけでなく、肩までこってくるよ。」

 「ははっ。肩もですか。」

 「だから、僕たちはここで、「ペンネーム」で呼び合うことにしてるんだ。」

 「「ペンネーム」。・・・ここが図書館だからですか。」

 「その通り。我々は偉大な作家や偉大な物語から名前を借りている。『イチゲン』君にそれがわかるかな?」

 「『ソウジ』さんは、『イチゲン』さんと波長が合うみたいですね。今日はいつも以上に饒舌です。」

 出来上がった料理を各テーブルに置きながら、『コハル』さんが声を掛けてきた。

 「そうかね?」

 「そうです。私には、いじりしかしてこないくせに、『イチゲン』さんには冗談交じりの口調じゃないですか。」

 「ん?マスター、いじってくれないのを寂しがってるのかい?」

 「そんなわけありません!」

 「あれは寂しがりの照れ隠しだね。どうしても彼女のことは孫のように見てしまう。」

 「孫ですか。確かに小柄だし、どことなく幼い感じはしますよね。」

 「そうだろう。マスターが言っていたように僕と『イチゲン』君は波長が合うみたいだね。」



 僕たちは各テーブルに並べられた昼食に手を付けた。今日の昼食は角切りトマトのスパゲティ。これもおいしい。トマトのさわやかな酸っぱさ、わずかに感じる甘味。それを絡める麺も柔らかすぎず、程よい噛みごたえがある。

 「そういえば、『イチゲン』君。僕たちの「ペンネーム」は、作家や物語から、借りているといったが、誰から借りているか、わかるかい?」

 手話を交えて話してきた。『ホウイチ』さんも混ぜた会話を展開したいのだろう。なら、僕も応えよう。僕は『ホウイチ』さんの方を振り向いた。カウンターに背を預ける形で僕は『ホウイチ』さんを見た。彼は、不思議そうな顔をしていた。しかし、次の瞬間驚いた顔になった。


 「そうですねぇ。たぶん、っていうのはありますけど。」

 僕は、ゆっくり間違わないように手話を使った。大学で一時期、手話をしていたことがある。

 

 「へぇ、手話もできるのか。素晴らしい、脱帽だよ。やっぱり、僕たちのペンネームは、本好きならわかるものかな?」

 「『ソウジ』さんから、作家や物語から、借りていると聞かなかったら、分からなかったです。」

 チーン。

 【僕のペンネームは誰から借りたか、分かりますか?】

 「はい、『ホウイチ』さんは、すぐにわかりました。怪談物語の『耳なし芳一』ですよね。」



 「耳なし芳一」について、僕が知っていることを少しだけ。

 安徳天皇や平家一門を祀った現在の山口県関市にある赤間神宮、を舞台とした怪談物語。小泉八雲の『怪談』に取り上げられて広く知られるようになった。 

 芳一自身は幼いころから目が不自由だったが琵琶師として有名になる。ある時、寺の和尚は平家の亡霊に取りつかれた芳一を見つける。和尚は芳一を守るために体中に経文を書いた。経文に守られた芳一は亡霊から見えることはなかった。しかし、和尚は耳に経文を書き忘れてしまった。そのため、迎えに来た亡霊には耳だけが見えていた。迎えに来た証拠に見えている耳をちぎり取っていった。傷が癒えた芳一はますます評判になって「耳なし芳一」と呼ばれるようになった。・・・・・・はず。おそらく、ここにいる方々なら知っていることだろうから説明はしない。


 「どうですか?僕の観察は。」

 僕は『ホウイチ』さんの顔色を見ながら聞いた。彼はスケッチブックを取り出そうとして後ろを振り向いたが、思いとどまりゆっくりと僕を振り向いた。そして、彼もまたいたずら好きのように少年のように笑いながら、

 右手の親指以外の指を全部握る。親指は外に向けている。

 【あ】

 まるでこちらにグッドをしているかのように右手を向ける。

 【た】

 じゃんけんのチョキのようにこちらに示し、その二本を左に流す。まるでその字そのものを空中に書くように。

 【り】


 「あ、た、り。よかった。もし間違っていたら、どうしよう、と思ってました。」

 「でも、確信が、あったんですよね。」

 「はい、『ホウイチ』さんは、その、全聾で、男性なので、そこに本関係を結ぶと「耳なし芳一」しか出てこなくて。でも、「耳なし芳一」の、芳一は盲目も、持っていたので、違うかもしれないって、思ってました。」

 「よくわかったわね、『イチゲン』くん。『ホウイチ』くんのペンネームは『ソウジ』さんが考えたのよね。」

 「あぁ、我ながら素晴らしい名前を借りてきたと思うよ。」

 【僕は、このペンネームが大好きです!元々、歴史書物が好きなのでそこから借りれてうれしいです。】

 「だ、そうだ。こういってもらえると、僕もうれしいなぁ。」

 「なら、私の「ペンネーム」は、誰から借りたか、わかるかしら。」

 「『シキブ』さんですか。たぶん、平安時代の、小説家の「紫式部」から、来ていると思います。」

 「あら、さすがに分かりやすいかしら。」

 「さすがですね、『イチゲン』さん。紫式部といえば、源氏物語が有名ですね。どんなストーリーでしたっけ?『シキブ』さん。」

 「源氏物語は、容姿と才能に恵まれた、光源氏の栄華と苦悩の人生。その子孫の人生を書いたものよ。紫式部は他にも、百人一首の、第五十七首の「めぐりひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半よはの月かな」という首も読んでいるのよ。」

 「へぇ、知らなかった。百人一首も読んでるんですね。」

 「こればかりは、詳しくないと分からないものね。」

 「百人一首は、カルタとして遊ぶ以外にも、坊主めくりとか、いろいろな遊び方がありますよね。」

 「百人一首の読み札を使って、遊ぶものね。読み札に絵が描いてある、百人一首だからこその、遊び方よ。」

 「カルタ以外の、遊び方も、あるんですね。」

 「『ホウイチ』君と、『シキブ』さんの、「ペンネーム」を見事に当てた、『イチゲン』君。僕の「ペンネーム」は誰から借りたかわかるかい?」

 「・・・「島田荘司」じゃないですか?作家から名前を借りているのなら。」

 「やっぱり、ヒントを与え過ぎたのかもしれないな。物足りない。」

 「なら、「島田荘司」について、語って貰って大丈夫ですよ。」

 「ほぅ、マスターが優しいね。後が怖いよ。」

 「そういうなら、語らなくても大丈夫ですね。」

 「あぁ、嘘、嘘。語らせてよ。」

 「ご自由に。」

 「そうだな、「島田荘司」は、江戸川乱歩賞の、最終候補作品の、「占星術殺人事件」でデビューしたのは、知ってるよね。」

 「はい。」

 「他にいうことがあるとするなら、綾辻行人や霧舎巧、安孫子武丸の、名付け親としても有名だね。」

 「へぇ、それは知らなかったです。」

 「最近だと、ようやく、御手洗潔シリーズが、ドラマ化されたね。あれは面白かった。」

 【『ソウジ』さんは、「島田荘司」のことになると熱くなりますね。】

 「大好きな作家だからね。『イチゲン』君、マスターのペンネームはわかるかな?」

 「さっきから、ずっと考えているんですけど、全くわからないですね。降参です。」

 「『コハル』ちゃんのペンネームは、私たちとは違って特殊だから、分からないのが当然よ。」

 【そうですね。こればかりは、発想の転換が必要ですから。】

 「答えを教えてあげたらどうだい?『コハル』館長?」

 「わざとらしくペンネームで、呼ばないでください。」

 彼女は『ソウジ』さんのいじりを軽くさばきながら話を続けた。

 「私のペンネームは、小野春華という児童向け小説作家からお借りました。」

 僕は、かすかに聞いたことのある名前の作家の漢字を頭に思い浮かべながら、考えた。

 成程。小野の小と春華の春で小春、『コハル』か。確かに常連客の三人と比べると特殊な感じはある。

 「変なペンネームでしょうか。」

 「いえ、とてもお似合いの、ペンネームです。」

 そう聞くと、彼女はそっと胸をなでおろした、ように見えた。

 「あ、そういえば、僕のペンネームは『コハル』さんと同じように特殊の分類に入るんですか?」

 「そうだろうね、自分自身のことだからよくわかっているんだろう?」

 「はい、みなさんもわかっているんですよね。」

 そう聞くと、それぞれが軽く頷いた。そりゃ、昨日あれだけの観察をしていたんだ。僕のペンネームの由来くらいすぐ予想はできるだろう。

 昨日、指摘されるまで首からかかっていた「名前」ぐらい。


 僕の本名は、一見颯太ひとみそうたである。名字の一見を音読みして『イチゲン』と付けたのだろう。


 「そろそろ、午後の読書の時間に、入りましょうか。」

 これにも、それぞれ頷く。

 「皆さんのコーヒー新しいものにしますね。」


 さぁ、また静寂の世界に行こう。時間が許すまで。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

作者自身の名前は、人の印象に残るように作者名が「作者」という名前にしました。

もっとまじめに言うのであれば、自分は親に「作」られた「者」だし、自分は作品を「作」る「者」だ。という思いの元「作者ツクリモノ」という名前にしました。

・・・どうでもいいですね。次回があるのであれば、お立ち寄りください。

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