一話
作者自身がこんな喫茶店に行きたいと思い、生まれた作品です。
文才が皆無のため、期待はしないでください。
無意識のうちに日陰を歩いていなければ僕は、いや、今日が土曜日の休日出勤で今日がとてつもなく暑くなかったら、僕は、この店を見つけることはできなかった。・・・・・・・・・と今でも思う。
暑い。東京はこんなにも暑いところだったか?時間があれば、図書館に行き、一日中クーラーの効いた場所にいた僕自身のせいか。都会の暑さに慣れきっている人は、僕を追い抜いていく。時刻は正午。誰もが考えるように昼飯が食べたい。東京のオシャレな店には、今ドキの若い子がたくさんいて、クールビズの白シャツを肘まで腕まくりして、首から社員証をかけている立派な社会人を迎えてくれる雰囲気ではない。かと言ってファミレスに行こうとすると、家族連れがたくさんいて、ここに一人ランチをしに行こうとする気持ちを殺してしまう。
なぜ、正午に若い子や家族連れがこんなに居るかというと、本日は土曜日。そりゃ、若い子とか家族連れがたくさんいても仕方ない。昼食をとってから軽く読書をしようと思い、本も持って歩いていたが、無駄だったようだ。会社の近くのコンビニで何か買って、デスクで食べよう。平日なら社員食堂が開いているが、さっきも言ったように今日は休日、社員食堂なんて無理だ。
そう思った時、目に飛び込んできたのは、路地裏にある普段なら気づかないような店だった。
喫茶 『図書館』
最初に言ったように僕は暇さえあれば、図書館に行っていたような本の虫だ。そんな僕が図書館と名の付いた店へ足を運ばないわけがない。喫茶とあるし、軽食ぐらいあるだろう。僕はそう思い、喫茶『図書館』に足を向けた。
カランコロン。
耳にやさしい音色の鈴に迎えられながら僕は入店した。そこで僕は驚愕した。壁一面には天井まで届きそうな本棚。パッと見た感じ推理小説、文学小説、歴史小説、ホラー小説、ライトノベル・・・。すべてのジャンルが置いてあるようだ。空調は本のことを考えてあるのか少し肌寒い。室内は微かに音楽が流れている。僕を包み込む香りは、大量の本からあふれ出る紙の匂い。コーヒーの香りも程よい感じで僕を包み込む。さっきまでの嫌悪感をこの建物自体が消し飛ばしてくれるみたいだ。
「あなたも本が好きですか?」
これから先、ずっと忘れることのない言葉。上京して、知り合いも居場所も何もなかった僕に新たな居場所を与えてくれた言葉。
「ここには、不思議な魔力があって本好きが集まってくるんです。」
僕に第一声を掛けた声がもう一度僕の鼓膜を振動させた。
「時間が許す限り、ここでご一緒しませんか?」
僕は声のする方に顔を向けた。そこには、きれいな黒髪を肩あたりで切りそろえた小柄な女性がいた。空調が寒いのか肩には大判のストールを掛けている。
「『図書館』の館長をしている『コハル』です。時間がないようなので、簡単に施設の説明をさせてもらいますね。ここは喫茶店というテイで営業しているので、軽食程度なら提供できます。そして、お値段は500円ですべてを提供しています。席はご自由にどうぞ。」
一気に説明を受けた僕は戸惑いながらもカウンタりーに座ることにした。さっきは店の雰囲気に目が行っていたが、店内には僕のほかにも三人のお客がいた。カウンターの一番奥に座っている初老の男性。テーブル席にいる着物を上品に着こなしているこちらも初老の女性。そして、一番出口に近い席にいる若い男性。それぞれ、本に夢中な様子でこっちを見ようともしない。
「メニューは決めたかね?」
カウンターに座っていた初老の男性が本から顔を上げずに声を掛けてきた。僕がそっちに顔を向けると読んでいた本を閉じて、何やら手を動かしながらしゃべりだした。どこかで見たこのあるような手の動きだった。
「初めまして、ここでは『ソウジ』と呼んでもらっている者です。私のおススメは、フワトロ卵のオムライスです。『シキブ』さんはどうかね?」
話を振られたらしき着物女性は、読んでいた本を閉じてこちらも同じように手を動かしながらしゃべりだした。
「私のおすすめは、フレンチトーストですよ。申し遅れましたが私は『シキブ』と呼ばれています。彼にも意見を聞きましょうか。『ホウイチ』さん、あなたのおすすめは何かしら?」
勝手に始まった自己紹介とおすすめメニューの言い合いに参加していない、自己紹介も受けていない出口に一番近い青年に顔を向けると彼はとっくに本を閉じていて、スケッチブックに油性ペンで何かを書いていた。しばらく待っていると彼はスケッチブックをこちらに向けた。
【僕は『ホウイチ』と呼ばれています。僕のおすすめは、トマトスパゲティです。】
書道をしてきた僕から見てもわかる達筆な字だった。
・・・あぁ、成程、これで分かった。どこかで見たような手の動きは、『ソウジ』と『シキブ』の手の動きは、『ホウイチ』とともに会話をするためだったのだ。
「皆さん。彼がここに来るのがこれきりかもしれないのに、勝手に自己紹介を始めないでください。」
館長の『コハル』が僕の目の前ににコーヒーを置きながら、声を掛けた。アイスコーヒーの下にひかれたコースターは、きれいな朝顔の押し花をラミネートしてあった。アイスコーヒー自体は、白いストローがさしてあり、マドラーの役割もしているらしい。
僕は、テーブルに置いてある3つのポットを一瞥すると、右端の中身を一瞥することなく、入れた。
「・・・おいしい。」
よくコーヒーは飲む方だが、淹れたての香り、味を殺さずに上手に淹れている。そして、飲んだ後、鼻から抜ける芳醇な香り。これを殺さずに入れるのは難しい。大抵の場合、どちらを殺してしまう。これは、豆もいいが入れたバリスタの腕が良い証だ。
「ありがとうございます。これでも館長なので、満足できるモノを提供できてうれしいです。」
「・・・。ということは、館長さんが淹れたんですか?このコーヒー。」
「はい、一応端正こめて淹れました。」
「「一応」ですか・・・。ははっ。」
これはいい店を見つけたかもしれない。
「「一応」なんて、マスターが初見の人にコボケを入れてくるってことは、マスター。君もわかっているのだろう、彼は本当に本好きだから、間違いなく何度もここに来ることくらい。」
「『ソウジ』さんもそのくらい観察できたからこそ自ら、おススメのメニューを教えたのでしょう?」
「さすがは、マスター。彼のことも観察しながら、私のことまで観察しているとは脱帽だよ。図書館の館長だけはあるね。」
「絶対バカにしてますよね・・・。」
「『コハル』ちゃんの観察と『ソウジ』さんの観察もすごいですけど、彼の観察もすごいわよね、『ホウイチ』くん?」
ふた呼吸くらいの間があり、『ホウイチ』はスケッチブックをこちらに向けた。
【確かに、彼も観察はすごいですね。中身も見ずに、ガムシロップを入れてましたし。】
・・・そこも見られていたのか。
どうして僕が中身を確認することなく、ガムシロップを入れられたのかというと、実は3つのポットは左から白、白、透明だったのだ。もっと詳しく言うならば、左のポットからは、スプーンらしき柄が伸びていた。残りのポットは口が注ぎ口の形をしていた。ここまで観察が出来れば、あとはおのずと、左からスプーンですくっていれる砂糖。真ん中は醤油のように注ぐミルク(フレッシュ)。右は冷たい飲み物でもすぐに溶けるガムシロップ。だから容器も透明にしていたのだろう。
「・・・僕からしたら、みなさんの方がすごいですよ?気づかないうちに結構観察?されてたみたいですし。」
「まあ、私たちからしたらまだ序の口かな。皆、もっと気づいてることがあるだろうし。」
「・・・そんなにありますか?」
僕も少し意地になって聞き返した。結果、後悔することになるとは知らずに。
「まあ、一つは地方出身の新社会人。年齢は22歳かな。」と『ソウジ』さん。
「二つ目としては、性格はおっちょこちょいか内向的といったところかしら?」と『シキブ』さん。
「三つ目は、運動は苦手。部活動は文化部か帰宅部だったと思います。」と『ホウイチ』さん。
「・・・四つ目は、昼食にフレンチトーストを注文されると思います。」と、皆からの視線に耐えきれなかった館長『コハル』さん。
「五つ目は、このあたりには住んでいない。」とまた『ソウジ』さん。
「六つ目は、お部屋はワンルームマンションぐらいかしら、あまり広くないお部屋だと思うわ。」と『シキブ』さん。
「七つ目は、男性にしてはかなりの小食だと感じました。」と『ホウイチ』さん。
「八つ目は、そろそろ彼のメンタルが壊れそうです。」と僕の顔色を見ながら答えた『コハル』さん。
「どうかね。我々の観察は?」
『ソウジ』さんは、僕の方を見ながら笑った。
「意地を張ったことを後悔しました・・・。どうしてそんなにわかったんですか?」
「マスター、説明を頼むよ。私は説明が苦手だから。」
「・・・分かりました。どうせ、説明は私がすることになると、思ってましたし。」
少し、『ソウジ』さんをにらみつけてから僕の方に向き直った。
「説明の前にメニューをお聞きしますね。お昼休みが決まっていると思うので。」
そう言われ腕時計を確認すると、十二時二十分。まずい。そろそろ真剣に昼飯を食べないと。
「あっ、。じゃあ、ご指摘通りのフレンチトーストで。」
「私は、オムライス。」と『ソウジ』さん。
「私は、彼と同じ、フレンチトーストお願いします。」と『シキブ』さん。
チーンと軽いベルの音の方を振り向くとスケッチブックがこちらを向いていた。よく見ると彼のテーブルにだけベルが置いてあった。彼も常連なのだろう。
【僕は、スパゲティでお願いします。】と『ホウイチ』さんは控えめな笑顔だった。
皆、便乗してきた。『コハル』さんは動揺することなく、いつも通りですねと笑いながら、奥に引っ込んだ。
数分後、鼻孔をくすぐる甘い香りとともに出てきたのは、黄金のように輝くフレンチトーストだった。他にはこちらも真っ赤なケチャップが印象的なオムライス。大振りにカットされたトマトが顔を出しているスパゲティ。
僕は、フレンチトーストをナイフとフォークで一口大に切り、口に運んだ。とたんに口いっぱいに広がる蜂蜜の香り。咀嚼するたびにパンからあふれ出る甘い牛乳。牛乳に染み込ませてあるにも関わらず、しっかりとしたパンの弾力。すべてを満喫して、飲み込んだ僕から出た言葉は、
「おいしい。」
ただ、その一言しか出なかった。このフレンチトーストにはそれ以外の言葉は必要ないと感じた。
「次に来るときは、白のワイシャツ以外を、着てくるといい。私と『ホウイチ』君の、おススメメニューを、食べてもらいたいからね。」
「ということは、皆さんは僕が服の汚れることを気にしていたことは気づいていたんですね。」
「だから私は、フレンチトーストを、おすすめしたんです。」
「そろそろ、私の方から、あなたの観察の結果の説明をさせていただきますね。食べながらで結構なので、お付き合いください。」
『コハル』さんが遠慮がちに声を掛けてきた。
「はい、お願いします。」僕も覚悟を決めよう。
『コハル』さんは軽くうなづいてから、一つづつ説明を始めた。
「一つ目、地方出身の22歳。というのは、この『図書館』に入ってくるためには、建物の日陰を歩かないと見つけることができません。ここに入ってきたあなたなら、分かりますよね。ここ最近の夏は年々熱くなっています。それに慣れていないということは他の避暑地出身ということ。そして、このあたりの企業さんは、大卒程度の卒業済み又は卒業見込みの方しか採用してません。ということは、土曜日にスーツを着ている以上、暑さに慣れていない避暑地の大学を卒業された22歳。ということです。」
口に含んだフレンチトーストを吹き出すかと思った。その通りである。冒頭に書いたように、そこそこの大学を卒業していざ東京に上京して、就職したが暑さにはかなわなかった。
「異論がないみたいなので、二つ目。性格はおっちょこちょいか内向的。というのは、社員証が首に引っかかったままです。きっちりしている方なら、忘れないように会社の机に仕舞ってくるはずです。内向的と感じるのは、やはりここにいらしたからですね。もし、積極的なら家族連れでいっぱいのファミレスに一人ランチに行く勇気くらいあると思います。」
そういわれ、首に手をやると確かに社員証がかかったままである。うっかり外し忘れていた。首から外し、ズボンの尻ポケットにしまい込む。
「確かに、内向的ですね。家族連れでいっぱいのファミレスには行けません。」
「性格は、嘘偽りなく本人を証明してくれます。では、三つ目、部活動についてです。私が観察するには、本好きが集まる同好会のようなものではないですか?」
僕は、彼女に少し挑発を仕掛けた。
「どうして、そう思うのですか?」
彼女は、怯むことなく、僕がこう質問をしてくることを予想していたように淀みなく答えてくれた。
「あなたはすでに相当な観察力を持っています。推理小説をよく読んでいて、犯人とそのトリックについてお仲間と話し合うことが多かったんだと思います。観察力なんて、自然に身につくものではないですし。」
確かに大学生時代は、ミステリ研究会というありきたりな同好会に入っていた。活動内容は、好きなミステリ本を読むかミステリドラマを見て、犯人を予想したり、その程度だった。中でも僕は、自らホームズになるわけではなく、とにかく細かいことに気づくワトソンだった。
「四つ目は、フレンチトーストを注文されると私が言ったこと。皆さんがおススメしたものは、フワトロ卵を使用したオムライス。蜂蜜をたっぷり使用したフレンチトースト。角切りトマトを使用したトマトスパゲティ。あなたは今、クールビズスタイルの白のワイシャツ。もし、服に落としてしまったときに困るのは、染みになると強敵の赤と黄色。それに地方出身ということは、男性の一人暮らし。洗濯は大変苦労されていると思います。そこに赤か黄色の染みなんて問題を持ち込みたくない。だから、落としても問題ないフレンチトーストにしよう。と考えているものと観察しました。」
否定するところが全くない。完全に僕が考えていたことをそのまま彼女に言われてしまった。これじゃ、ぐうの音も出ない。僕が否定をしないことを見て、彼女は続けた。
「五つ目、この付近にお住まいではない。これについては、この付近の休日の外食チェーンの込み具合を知らなかったから。この付近に住んでいたら、図らずとも知ることのできる情報です。普段は、企業の社員食堂を利用されているとますます、知りえない情報ですね。」
この店に来てから、観察の結果を聞くまで僕がしゃべったことといえば、「おいしい。」ぐらいのはずだ。どうしてそこまでわかる・・・。何だか末恐ろしいところに来てしまったようだ。
「六つ目、お住まいのお部屋についてですが、それについては、都内のマンションの相場は安くありません。会社からもそう遠くない場所を選んでいると思いますし、頑張ってワンルームかそれよりも少し狭いところが限界かと思います。それに、本好きと言っていますが、お持ちの本は図書館で借りたものです。部屋が狭いので、大きな本棚が置けないのだと思いました。」
「でも、本が好きでも図書館で借りる人もいますよね。」
「ふふっ。あなたがお持ちの本は推理小説で、ある程度刊行されているシリーズものです。さらには、先週発売された最新刊。そのシリーズのファンですよね。なら、既刊のシリーズも持っていておかしくありません。ファンというものは、同じ本を何度も読み返してしまうものです。それなのに借りているということは、お部屋が狭いのかなと思いました。」
「お金がないのかもしれないですよ?」
この一言が、この観察を肯定することになるとわかっていても聞くことを止められなかった。
「そう聞いてくるということは、私の観察を肯定しているとお気づきですか?」
「はい、それでもどうしてそこまで分かったのかなと。」
「今は六月。ある程度お給料を頂いていて生活も安定してきているはずなのにお金がないということは無いかなと。」
「確かに、金銭的余裕はありますが、借りた部屋が狭くて本棚を置くスペースがないんです。」
「本好きにとっては、最高峰の痛手よね。」
『シキブ』さんが会話に入ってきた。僕は左から振り向いた。
「・・・『シキブ』さんは、ご自宅にここのような、本棚を持っているんだよ。」『ソウジ』さんも会話に入ってきた。
「そうなんですか!」
僕は、さっきと同じように『シキブ』さんを振り向いた。
「ええ。・・・若いころから、本が好きで、年を取って、年金暮らしになっても、本に遠慮は出来ないですね。年寄りの、荒金使いですよ。」
チーン。軽いベルの音の方を向くと、『ホウイチ』さんがスケッチブックをこっちに向けていた。
【ここと同じくらい大きな本棚なんです。】
「『ホウイチ』さんは、『シキブ』さんの、お自宅に行ったことが、ありますもんね。」
『コハル』さんは、僕に観察の結果を話すときには手話を使わずに、誰かが会話に入ってきたときは、手話を使っていた。そのためか、誰かが会話に入ってくると、喋り方がひどく遅く感じた。
ここは、不思議な空間だ。時間の過ぎ方を忘れてしまったかのように急に進んだり、急に止まりかけたり。誰かが喋れば、時間が進み始め、誰も喋らなければ、時間が止まりそうになる。そして、この空間を支配しているのは、僕の目の前にいるたった一人の小柄な女性。
時間を確認すると、十二時四十五分。時間の感覚が分からなくなってくる。そろそろ会社に戻らないと、午後から考えてある仕事に間に合わない。僕の考えていることを知っているかのように、いや、観察したのだろう。彼女は僕をここに導いた声で一時の別れを告げた。
「そろそろ、お仕事に戻りますか?」
「はい。午後からも仕事です。」
「観察の結果は、もう聞かなくても大丈夫ですか?」
「はい。自分のことですから。」
成人男性の昼食がフレンチトーストだけで事足りるということは、必然的に小食。ということだろう。間違ってないし。
「では、お会計は約束通り五百円になります。」
僕は、尻ポケットから長財布を取り出して、千円札を取り出した。
「すいません。五百円がなくて。」
まるで、彼女との会話を、彼女達が作り出したこの空間に、未練があるように僕は時間のことを忘れて彼女に声を掛け続けた。彼女は知ってか知らずか、いや観察して知っているのだろう。僕に差し出したお釣りの五百円玉を同じように差し出した僕の掌に載せる前に、いたずら好きの少女のように笑って、こう言った。
「お返しの五百円です。・・・次回の先払いをしますか?」
本当はずっとこの空間にいたい。また来たい。でも、僕が来ることでここの空間を壊してしまうかもしれない。彼女に目を見られないように、彼女に観察されないように目を伏せながら、
「・・・いえ。仕事が忙しいので。」
「そうですか・・・。」
「すいません。失礼します。」
店を出ようとする僕の背後で『ソウジ』さんが『コハル』さんに何か耳打ちしていた。それを聞いた『コハル』さんは驚いた風に『ソウジ』さんを見た。『ソウジ』さんは、小さくうなづいていた。そして、彼女は僕の方を振り向いて、
「また来てくださいね。『イチゲン』さん。」
そう僕に向かって声を掛けてくれた。彼女に続いて、
「また、観察してあげるよ『イチゲン』君。」と『ソウジ』さん。
「次は、時間がある時に落ち着いて読書を楽しみましょうね。『イチゲン』くん。」と『シキブ』さん。
チーンと軽やかなベルの音の方を振り向くと、スケッチブックがこちらを向いていた。
【またね、『イチゲン』さん。次はトマトスパゲティを一緒に食べようね。】と笑顔の『ホウイチ』さんがいた。
「『ホウイチ』君。抜けがけは良くない。『イチゲン』君は、フワトロ卵のオムライスを、食べるはずだよ。」
「二人とも子供みたいよ。」
「『イチゲン』さんはこれからお仕事に行くんですから皆さん邪魔しないでくださいよ。・・・行ってらっしゃい。」
・・・彼女が、彼女達が作り出した空間が僕を認めてくれた瞬間だった。
仕事が終わり、疲れきった帰りの電車でようやく僕は本を読むことができた。運がよく座席に座ることのできた僕が栞の挟まっているところを開くと、見覚えのない名刺ぐらいの紙切れがあった。こちらに見えている面は何も書かれていない真っ白だ。気になり裏をめくった僕は、電車内だということも忘れて笑ってしまった。
喫茶『図書館』貸出カード
様
休館日 なし
開館時間 午前九時~午後六時
いつの間に入れたのだろうか。本はカウンターに置いていた。図書館の間取りを思い出しながら僕は考えた。僕から見て本は右手の方に置いていた。
あぁ、そうか『シキブ』さんと本棚の話をしている時だ。僕は確か、左から振り向いた。その時に僕の右にある本は僕の視覚から完全に消えていた。文字通り死角に入っていた。でも、そんな時間的余裕があっただろうか?
あったじゃないか。『シキブ』さん達と本棚に関する会話の時、みんな手話をするために短く会話を切っていた。本に紙を挟むくらいの時間はある。僕が『シキブ』さんと向き合って会話をするときには、『ソウジ』さんと『ホウイチ』さんは『コハル』さんの行動を見ることができたはず。だから、『ソウジ』さん達が会話に入って来たんだ。
少し悩んでから、僕は鞄から愛用のボールペンを出して、電車の揺れに耐えながら、名前を書き込んだ。
喫茶『図書館』貸出カード
イチゲン 様
休館日 なし
開館時間 午前九時~午後六時
明日は、日曜日だ。仕事も終わらせた。さぁ、白以外に何色の服を何色を持っていたかな。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
作者と書いて、『ツクリモノ』と読ませます。
つたない文章で申し訳ないです。
続き物なので、また時間ができれば投稿していきたいと思います。




