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第八話 世界の中心

お久しぶりです。

 古い記憶だ。


 誰かの誕生日だったか、ある暑い夏の日に、親戚一同が勢ぞろい。大人たちはよく分からない世間話をして、酒を飲みながら大笑いしている。


 子供は、そんな鬱陶しい大人の世界から逃げ出し、自分たちだけで遊んでいた。

 私はそんな空気にも馴染めず、従兄弟や再従兄弟たちの遊びを部屋の隅で眺めていた。


『何でそんなとこにいるの?』


 一人の女の子が、声をかけてきた。ショートカットで、男勝りな印象をうける。これまでに何度か見たことがあるかも知れないが、名前も思い出せなかった。


『別に』

『一緒に遊ぼ』

 太陽のような笑顔で、手を差し伸べてくる彼女に、私は酷く複雑な気持ちになった。


 何がそんなに楽しいの、何故笑っているの。明らかにそれは私には無いもので、羨ましいと心底思った。


 彼女の名は恵子。私の従妹、歳は私と同じで、学年は一つ下。彼女の姉である、麗子姉さんと優子姉さんは、垢ぬけていて美人だったが、末っ子の恵子は男子と一緒に野山を駆けずり回るようなお転婆な子で、大人しかった私とは正反対だ。


 しかし、恵子は気が合わないはずの私にいつもちょっかいを出してきた。


『ねえねえ、何で一人で戦いごっこしてるの?』

『戦いごっこじゃないよ。形の稽古だよ』

『……恵子も稽古やる!』


 何が面白いのか、恵子はうひゃひゃと笑い、見よう見まねで私と同じ動きをしていた。飽きると壁に掛けてある木刀を振り回し、それも飽きると道場中をでんぐり返しで暴れまわり、そのうち疲れてそのまま板間で寝てしまった。


 当時の私は彼女を未知の生き物のように感じた。恐怖と好奇心が綯い交ぜになり、恵子の寝顔をただ横から覗いていた。

 これまで見てきた世界とは、まるで別の場所に恵子は居るのだ。


 彼女に会うたびに、私はどこか今までの人生を損していたように感じ、そしてまだ他の世界と繋がれていると思えるのである。  


 恵子は私にとって、世界の中心だった。



::::::::::::::::::::::::::::::::



 王都に着くと、私たちはすぐに王宮へ向かった。町並みはやはりヨーロッパ風だが、どこの国ともとれない異様な建物だ。


「フジウラ。すまないが貴殿には、しばらくの間身を隠してもらう」

 エルナは鋭い目つきで馬車の外を睨みながら、私にそう言った。


「かまいませんが、何故です?」

「貴殿は禁忌の法によって召喚された勇者ということになります。つまり、それが知られると、王女は政治的にさらに追い詰められます。それどころか、貴殿が王宮に押収されることになります」

 私の問いに答えたのはオスヴァルト伯爵だった。押収、まるで物みたいな言い方だ。


 馬車の隅で本を読んでいた背の低い学者が、続けて口を開いた。

「本来なら、勇者は一騎当千の優れた戦力です。もしも勇者が国内の一勢力が独占してしまったら、その他の勢力とのバランスが崩れますからね、国自体の所有物として王宮に置くのが当然でしょう」


 なるほど、少し違うかもしれないが、核兵器みたいなものだ。個人はなく国で管理したほうが安全だし、融通がきく。


「まあ、勇者召喚自体が禁忌ですし、そう簡単に呼び出せるものではないので、彼らは想定すらしていないでしょうが」

 彼はそう締めくくった。


 王都に入ってか数十分走り、馬車は大きな建物の前に止まった。大きいといっても、三階建てのアパート程度だ。町を見る限りでは、格段に高級な感じではない。


「ここは私が贔屓にしている宿だ。しばらくはここに居てくれ。そこのイグナーツを置いていく、なにかあったら使えばいい」

 エルナが赤髪の男を指差して言った。

「よろしく頼む」

「はい」


 静かに発車する馬車を見送り、イグナーツと共に宿に入ると、中では従業員が一同に頭を下げていた。

 決して豪華とは言えないが、隅々まで綺麗に磨かれている。客や従業員にも品がある。泊るにはそれなりの額が居るのだろう。

 支配人だろうか、燕尾服を着た初老の男が近寄ってきた。


「イグナーツ様、ようこそいらっしゃいました」

「いつもの部屋に」

「かしこまりました、こちらへ」


 男に案内されるままついていく。さきほどまでの豪華なロビーとは打って変わって、石で囲まれた薄暗い階段を進んでいく。カツンカツンと先頭の男の足音が、円柱状の螺旋階段内に響き渡る。

 階段の最下部につくと、大きな鉄の扉が眼前に現れた。男が大きな錠に鍵を入れ、ゆっくりと回すと、巨大な歯車の音がどこからともなく聞こえ、重い扉が独りでに開いた。


「イグナーツさん。ここは……?」

「この宿はオスヴァルトの所有物だ。もうずっと前に作られた、外敵から身を守るための部屋だな。今は、俺らエルナ派の本拠地になってる」

 秘密基地、みたいなものなのか。


 扉の中は、予想以上に大きかった。まるで家が一軒埋まっているかのようだ。楕円形の広いリビングは吹き抜けになっており、二階には取り囲むように部屋のドアが並んでいる。なるほど、秘密基地然とするものがある。


「それでは、私はこれで」

 そう言うと男は音もなく立ち去った。


 イグナーツは男が消えるや否や、目の前のソファにドカリと座った。

「ここなら何しても構わないから、好きにしてろ。俺は寝る」

「あ……」

 イグナーツはすぐに寝息を立て始めた。凄まじい早さだ。疲れがたまっていたのだろうか。


 広い部屋に静寂が訪れる。


「形でもやろう」


 何もすることが無くなった私は、刀を立てかけて空手着に着替えた。幸いここには十分な広さがあり、家具を避ければ形を打つことはできそうだ。


 ソファにテーブル、椅子などを端に避け。早速始めることにした。


「ナイファンチ初段」


 突きの感覚を覚えるのに、とても重要な形だ。首里手や泊手といった沖縄空手においては、もっとも重要視されてきた形である。終始腰を下ろした騎馬立ちという立ち方で行われるナイファンチは、前半と後半で左右対称の同じ挙動を行い、六回の突きを放つ。その突きは、徐々に突く場所が遠のいていき、近遠距離どちらにも対応できる実践的な形である。


「ええぇい!」

「ふぁ!?」


 イグナーツが起きてしまったらしい。


「な、なにやってんだ!?」

「いえ、形を少々」

「はぁ?」

「ええぇい!」

 最後の気合が終わり、礼をする。


「お、お前変わってるな」

「そうですか?」

「まあいい、そんな声出すんだったら俺は別の部屋に行く。……あ、その家具ちゃんと直しておけよ!」

「はい」


 空手は形、組手の両方を重要視し、鍛錬する。殺しあいのための形を重視する武術と、試合を重視する格闘技の、ちょうど中間に位置する、世界的にも珍しい武道と言えるだろう。そのため、形と組手のバランスが難しく、流派ごとに方向性が分かれる。喧嘩空手と名高い極真空手は組手を重要と考え、伝統派空手はその両方を競技として残し、古伝空手や沖縄空手と呼ばれるものは形の伝承に力を注ぐ。一口に空手と言っても、流派やルールは数多く存在しているのだ。


 流派が多いということは、それだけ形の数も多いということでもある。私も様々な流派を学んだが、それでもまだ知らない形がほとんどだ。


 一挙動ごとに、道着が風切り音を放つ。


「せぇえい!」

「おい、小僧」

 上からイグナーツの声が降りかかる。

「はい?」

「そりゃあ、なんの意味があるんだ?」

「これは」


 形は一対多を想定して攻防を繰り出す鍛錬法である。ボクシングでいうところのシャドーボクシングといったところかもしれない。

 形には一つ一つの動きに重要な意味がある。一見同じような動きでも、突いているのか掴んでいるのか、挙動ごとに違う意味合いがあったりもするのだ。

 しかし、説明してもイグナーツにはピンとこない様子だった。


「俺は技工士で、戦闘職じゃねえからな、そういうのは分からん」

「そう言えば、イグナーツさんが私をこの世界に召喚したんですよね?」

「ん、ああ。アブラハムと俺との合作だな。本当なら最強の勇者が召喚されるはずだったんだがなぁ、まあ禁忌っていうぐらいだから、一筋縄にはいかないのは承知の上だったが」

「また試みればいいんじゃないですか?」

「簡単に言ってくれる。あの魔法陣を作るのにどれだけ金と時間がかかったと思ってる。必要な魔石、正確な術式、最も相応しい日時や天候、召喚の条件ってのがたくさんあるってわけだ。うちは勇者召喚のために無い金集めて、むりやりやったんだ。もう一度なんて出来るわけねえよ」


 私は召喚された時の事を思い出した。

 あの時、彼らは酷く落胆していた。あれは私が役立たずだと判明したということだけではなく、長い期間を経て準備してきたことが無駄になってしまったから、ということか。


「こう言っては何ですが、迷惑な話です」

「……まあ、そうなのかもな」

「いきなり呼び出されたうえに、役立たずなんて言われるなんて、失礼にもほどがあると思いますが」

 柄にもなく私は悪態をついた。


「そうは言ってもな、俺たちも必死だったんだ。死ぬかも知れないって言う瀬戸際で」

「私も死ぬかも知れない」

「……ああ」

「それはまあ、慣れっこですがね」


 死ぬのはもはや怖くはない。ただ後悔はある。私はまだ、全ての格闘技を知ったわけではない、ということだ。


「貴方達には、私をここに呼び出した責任がある」

「それは、認めざるを得ないな」

 イグナーツは居心地悪そうに頭をかいた。

「何か、望みでもあるのか?」

「ええ、まあ、そういうことです」

「それならそうと最初から言え、ああいうのは嫌いだ」

「責任があるのは事実です」

「……それで、何が望みだ? 俺からエルナ王女に頼んでやるよ。金か? 命の安全なら、言われなくても」

「いや、お金は厳しいんでしょう? それに、ここでの金の重要さなど知ったことではありません。貰っても迷惑だ」

「じゃ、じゃあ何が」


 二階にいるイグナーツを見上げながら、会話の上では彼を見下ろして、私は口を開いた――


「――この世界にいる、強い奴と戦わせてください」


「空手に先手なし」松濤二十訓(空手二十箇条)  

 現代空手道の父 船越義珍

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