第5話 王都への決意
お昼に投降するってツイートしたのですが、お昼はレポートの提出やらなんやらで出来ませんでした。すみませんm(__)m
この世界で怪しまれない程度に普通の服と、荷物を入れるための大きな袋を買った私は、宿へ向かった。一泊大銅貨一枚というのは高いのか安いのか分からないが、一応寝る場所を確保することができた。
武器屋で買った日本刀は、振れば振るほど良い刀だと言うことが分かった。重さのバランスといい、反り具合といい、私が出会った中で完璧に最も近い日本刀だ。柄の部分を外してみても、茎の部分に銘は無かった。鑑定をしてみても、
片刃の剣
としか出ない。この刀を武器屋に置いて行ったという黒いローブの男も、この日本刀自体も謎に包まれたままである。
私は一通りの稽古を終え、宿のベッドに横になった。
まだ異世界と言う事実に混乱している部分はある。しかし、それでも何故かこの世界で私がやり遂げなければならないことがあるように思えるのだ。それは、あの白い空間で見た女神の言葉なのか、それともエルナ姫を守ることなのか、それは分からない。しかし、私はこの世界で、レベルという何かに縛られたこの世界で、何かを変えられるような気がする。
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翌日。私はまたあのバーに寄っていた。
「ハンナさん」
「ああ、あんたかい。えっと名前は……」
「すみません名乗るのを忘れました。ツヨシ・フジウラです」
「ツヨシっていうのかい。へえ、いい名前じゃないか。かっこいいよ」
「ありがとうございます」
私はカウンター席に座って、麦酒を注文した。
「また何か聞きたいことがあるのかい?」
「ええ」
バーの片隅で音楽を奏でていた吟遊詩人が、リュートに似た楽器の弦を切ってしまい、慌てて張り替えている。そんな彼に店の男たちが野次を飛ばし、ますます顔を真っ赤にさせていた。
「王位継承権を持っている人数は今何人居ますか?」
「昨日から王室のことばっかだねぇ、そんなこと知ってどうするんだい? あたしらにゃ関係ない話だよ?」
「いえ、この国の事を知ることは、いつか絶対に役に立つと思います」
「そうかい。まあ田舎の小さいバーの店主が知ってることなんて、多寡が知れてるけどね」
「それでもいいんです」
ハンナは肩をすくめた。
「まあいいけどね。このゼーレ王国には、二十六人の継承権を持つ者が居たんだ。でも何人も死んじゃってねぇ、今は十九人くらいじゃなかったかしら」
「そんなに居るんですか」
「ああ、それでも、継承権を破棄しちゃった人もいるから、実質争ってるのは十六人程度だけど」
「継承権を破棄?」
「そうさ。破棄させられたって言ったほうが正解かね。他からの圧力に耐えかねて、破棄しちゃったんだよ。爵位も剥奪されたものまで居るんだから」
「じゃあ、今はどこが一番大きい派閥なんですか?」
「そりゃあラインハルト第一王子様だろうね。貴族院の三分の一はあの人についてる。でも今は第二王子のヘンリック王子も、勢力を伸ばしつつあるって言われてる。この二つが今のところ有力だね。あとはあんまりパッとしないんだ」
「そうですか」
ハンナさんの話によると、ラインハルトの派閥には、この国一番の領地をもつ大貴族や、軍の権力者が居るらしい。しかし、ヘンリック王子は国民からの人気が高く、軍政に優れた人物だという。他国からの脅威もある中、ヘンリック王子側に人が流れている傾向にもあるそうだ。
「ああ、そういえば」
「はい?」
「王都の方でなんか皆が集まるらしいわよ」
「集まる?」
「なんか難しいことは分からないけど、十六人全員が集まって話するんだってさ」
「……そう、ですか」
「王様とかどうでもいいけどさ、変なことになるのは止めてほしいねぇ」
ハンナはため息交じりにそう言った。
店から出ると、空が灰色の雲に覆われていた。
この世界にきて三日目。そろそろ私の立場や、この国の事情も分かってきた。通貨も手に入れ、服も靴も手に入れることができた。今までの経験上、これほどの情報量があれば楽なほうである。酷い時には言葉も地理も分からない場所で、牢に一週間入れられたこともあるのだ。それに比べれば、ここは何と楽なことか。
私は年甲斐にもなく高揚していた。異世界の格闘術、元の世界に居る限り習得できない武術が、ここにあるかもしれない。そう思うと、どうしようもなく興奮してくるのだ。
昼のはずなのに少し薄暗い街を、周りを観察しながら歩く。じめっとした空気が肌に纏わりつき、汗が額を流れおちた。今は季節的に夏なのか、随分と蒸し暑い。
露天商で保存のきく食材を買い、私はアルベルトを後にした。王都に行くためだ。これからどうするにも、まずは王都へ行くべきだと判断した。エルナ姫もそこに行くだろうし、首都にはここ以上にあらゆる情報があるはずである。ここへ留まっている理由はないだろう。
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王都への道は流石に石畳で舗装されており、馬車の通りが多かった。それでも、歩けど歩けど代り映えのしない風景に、辟易してくる。
重苦しいべたつくような風が頬を投げたかと思うと、後ろから聞き覚えのある少女の声が響いた。
「フジウラ!」
振り向くと、そこには待ち焦がれた人が、心底安心したような顔で馬車から顔を出している。
「エルナ姫」
「良かった。探していたんだ」
御者台には、私を追い出した男が仏頂面で座っている。男はドスの利いた声で言った。
「乗れ。話はそれからだ」
馬車の中には、一昨日に私が来た時に居たメンバーが全員居た。あの近衛騎士の姿は見えないが、解雇してしまったのだろうか。まあ、賢い判断である。
「フジウラ殿」入り口側に乗っていた、壮年の男は申し訳なさそうに言った。確か、オスヴァルト伯爵と名乗っていたはずだ。「先日はすまなかった。この世界に来たばかりに貴殿を追い出した。しかし、アーべラインを恨まないでやってくれ。彼も、我々も、姫のために必死なのだ」
「いえ、この二日間で、この国の王位継承問題は大体分かってきました」
「何?」
暗い金髪の若い男が、訝しげに私に視線を向けた。ディルク、という名前だったはずである。
「……この二日間、君を探していたが見つからなかった。どこに居た?」
「ディルク。何を言っている?」
「姫、この男は、恐らく何かを隠しているはずだ」
なるほど。確かに彼はこの馬車の中では、一番の実力者らしい。レベルで全てを定めているこの世界で初めて、私に油断のない視線を向けている。私が少しでも不審な動きをしたら、彼の手は一瞬にして腰から剣を抜きさるだろう。
「おいおい、何とんちんかんなこと言ってんだよ、ディルク君? レベル1だぜ? 侮るも何もないだろう」
赤い髪で顎鬚を生やした男に諭されても、ディルクは私への敵意を納めなかった。いつでも切り結ぶ覚悟ができているようだ。
しかし、そんな男の覚悟を、王女は一括して納めた。
「ディルク! この方は私の客人だ。無礼は許さん」
「……申し訳ありません」
「フジウラ、すまないな。気が立っているのだ」
「いいえ、構いませんよ。慣れっこですので」
祖父との修行に比べたら、彼の殺気など可愛いものだ。真剣の恐ろしさを七歳で嫌と言うほど体に覚えさせられたのだから。
しかし、ディルクはまだ私を睨んでいた。
「それでも、二日間のこの男の行動は知っておく必要があります。異世界からいきなりここにきた男が、大体の状況を把握しているなんて、どうもおかしいと思いませんか?」
そうだろうか? 見知らぬ地に来た時にまず必要なのは、食と情報の確保だ。基本中の基本である。
「元の世でも、色々と旅をしてたので、外国での暮らしは慣れているんですよ」
「ほー、旅かい。レベル1で無茶するねぇ。というか、何でレベル1なのか分からないよ」
「イグナーツ!」アーべラインが叫んだ。「無駄話はあとにしろ! 今重要なのは、そいつが何者なのかではなく、生かすか殺すかだろう」
「アーべライン。何もそこまで……」
「エルナ王女。そいつは我々の事を知ってしまっている。このまま野放しにしておいたら、何をされるか分からない。もしも他の王子などに情報を売られたら、どうなるかお分かりでしょう? 生かすにしても、レベル1では使い物にならない。これ以上不要な食い扶ちを増やしてもどうにもならない」
もっともな意見だ。アーべラインと言う男、この中でも頭の切れる方なのだろう。この状況で一番リスクとロスが少ない方法を選んでいる。そんな男が何故こんな崖っぷち王女の側へついたのかは分からないが。
「やれることならありますよ」
車内の視線が私へと集まる。さあ、自分自身をプレゼンしなければ。