第4話 流通の街 アルベルト
モハメド・アリさんが74歳で亡くなりました。
歴史に残る偉大なボクサーでした。
御冥福をお祈りいたします。
小手返しをしたのだが、男が私の力に逆らったために、腕がおかしな方向に捻じれてしまった。
「あぎゃぁああ!!」
いつもやるときは、相手は必ず受け身を取るのだが、武道の心得がないとこうなってしまうか。
鳩尾に拳を打ち、意識を刈り取る。
「これで最後か」
十三人と言うのは多いような気がするが、実際にはそうでもない。一人一人確実に相手していけば、気が付いた時には終わっている。相手が沢山いようが、同時にかかってこられるのは四人が限度なのだ。
盗賊が持っているもので、必要そうなものを全て剝ぎとれば、あとは用はないのでそのままにしておいた。彼らの服は、流石に自分には合わなそうだ。転がしておけば通りかかった誰かが助けるか、警察に届けるかするだろう。
歩きながら、今の所持品を整理しておくことにした。
最初に奪ったロングソード二本に、この世界の貨幣が数十枚ある。盗賊の服を奪っておこうと思ったが、さすがにサイズが合わなかった。
貨幣の種類は、ここにあるだけで四種類だ。八枚しかない小さい銅貨、一番数が多い大きい銅貨、二番目に多い小さい銀貨、そして一枚だけの大きい銀貨だ。価値的には恐らく、大きい銀貨が一番価値が高く、小さい銀貨大きい銅貨、そして小さい銅貨の順だろう。
この国の物価を知るところから始めないといけないな。
しばらくすると、ようやく街のようなものが見えてきた。門に兵が二人立っている。
「流通の街アルベルトへようこそ。身分証はあるかい?」
人の良さそうな門番がそう言った。
「いえ、持ってません」
「持ってない? そうか、じゃあ通行料として、大銅貨五枚必要なんだけど……ある?」
大銅貨五枚か。私は試しに大きい銅貨を五枚渡してみた。
「うん、大丈夫。通っていいよ」
「ありがとうございます」
通貨の名前を知ることができた。大銅貨。円やドル、ユーロなどの名称は恐らく無いのだろう。
アルベルトの町並みは、オレンジ色の屋根が並んでおり、ヨーロッパの古い町並みに似ている。
まず私は、街のバーに寄った。情報をくれるのはいつも酒の席と決まっているのだ。
「いらっしゃい、何にする?」
店主と思わしき恰幅の良い女性は、人の好い笑顔を見せて言った。
「何がおすすめ?」
「そりゃあやっぱり麦酒よ。他のとこじゃ味わえない美味しさだから」
「じゃあそれ」
「はいよ」
ライ麦畑が広がっていることから、麦酒を勧めてくるだろうなとは思っていた。木を削っただけのような粗末なジョッキに、少々麦のカスが浮いた麦酒が出された。
「ねえマスター?」
「マスターなんてやめてよ。ここじゃあハンナで通ってるんだ」
「じゃあハンナさん。私は田舎から来たので、ここの事はよく分からないんです。教えてくれませんか?」
「田舎ね、ここも王都から比べれば十分田舎だけどね。いいよ、何でも聞きな」
「ここら辺で仕事ありませんか?」
「仕事ねぇ、この街じゃあどこも雇ってくれないんじゃないかい? ここを収めてるシェーンベルク子爵が収税の額を増やしたせいで、こっちは新しく人を雇う余裕も無いんだ」
「シェーンベルク子爵?」
「ああ、嫌な男だよ。一番継承権が高いラインハルト王子の派閥だからって、横暴な態度とってるんだ。ここの連中は皆嫌ってるよ」
ねえ皆? と、ハンナが言うと、後ろで酒を飲んでいた男たちが一斉に返事を返した。
「そんなに酷いんですか」
「酷いってもんじゃないよ。実はね」ハンナは辺りを見渡す仕草をして、身を乗り出して小さな声で言った。「ここら辺で人攫いが多いんだけどね、その首謀者がその子爵だって噂なんだよ。攫われてんのがそりゃあ別嬪な娘ばっかりで、シェーンベルク子爵が攫って奴隷にしてるらしいんだよ」
ハンナは心底嫌そうな顔をして、「汚らわしい」と鼻を鳴らした。
「ラインハルト王子って、どういう人なんですか?」
「うーん、それがねえ、あんまりいい噂が無いんだよ。死んでしまった王妃様に似て、容姿は整ってるし、頭もイイらしいんだけどね。私が聞いた話だと、お妃さまが居るのに他に沢山女を侍らせてるらしいのよ」
「王位継承権で揉めてるみたいですけど、どうなんですか?」
「ああ、今の国王陛下が遊び人だからね、子供が多いのよ。二十六人も継承権を持ってる人がいるから、そりゃあ揉めるでしょうよね。みんな王座を狙ってんだから」
「みんな……」
本当に全員王位をねらっているのだろうか。少なくとも、エルナと名乗っていたあのお姫様は違うはずだ。
「エルナ王女を知ってますか?」
「エルナ? ……ああ、居たわね、そんな名前。でも確か、メイドの子よ」
「メイド?」
「ええ、結構多いわよ、そういうの。多分認知されてない王様の子も居るんじゃないかしら」
「そうなんですか」
メイドというのに少し引っかかりを覚えた。
「それにしても大変だねぇ」
「はい?」
「そんな歳でもう出稼ぎに出るなんて」
「ああ」
「でもねぇ、生憎とここらへんに仕事は……あ」
ハンナさんはポンと手を打ち鳴らす。
「そういえばあったわ、広場で募集してた仕事」
「本当ですか?」
「ああ、でも、あんたみたいな体格じゃあ無理ね」
「え?」
「シェーンベルク子爵の護衛よ、アルベルト中から腕が立つ者を集めてるの。でもあんたみたいに細っこい体じゃ、雇ってもらえないわね」
「……なるほど。色々と教えてくださってありがとうございます」
「いえいえ、何か困ったことがあったら言いなさい。何にもしてやれないけど」
「ははっ。あ、そうだ、もう一つ伺っても?」
「いいよ」
「この麦酒の代金っていくらですか?」
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広場と思われる場所に行くと、大きな看板の前に人だかりができていた。人だかりのほとんどが、大きな体躯を持つ屈強な男達だ。
幸いなことに、看板に書かれた文字の意味が理解できるようだった。やはり不思議な感覚だ。看板には、シェーンベルクの護衛を募集するうまと、今日の正午にこの広場で希望者を選定するとのことが書かれていた。
ここに居る男たちは全て希望者だと見ていいだろう。全員が全身から殺気を垂れ流している。
私はこの仕事をするつもりだ。仕事がないのは勿論のこと、それよりも貴族と言う存在に近づいて、今の政治について情報を集めるためだ。そして、エルナというあの姫を助けるため……。
正午。広場の端にある舞台の壇上に、一人の男が立った。出で立ちからして、おそらく噂の子爵だと分かる。背が高いが、筋肉は殆ど付いておらず、ヒョロッとした印象を受ける。顔は面長で、目は細く、唇は紫色で見るからに不健康そうである。
「勇敢なる者、よく集まってくれた」その声は痰が絡まったように掠れていた。「ここに居る者は皆、己の力に自信があり、さぞ腕が立つものなのだろう。しかし、私が求めるのは真の強者であり、役立たずを雇うつもりはない」
シェーンベルクは壇上に立っているので、一メートル程視線が高い。それだからか幾分私達を見下したように感じる。実際にそうなのかもしれないが。
「故に、レベルが50に達しない者は、即刻この場から立ち去れ!」
何だと?
群衆の半分以上がぞろぞろと帰り出した。レベルが50以上でないといけないなんて、どういうことだ?
残った者は皆見るからに強そうだ。確かに体格は大きく、歴戦を感じさせるものがある。しかし、私が負けるとは思えないのだが。
「あの」
「ん?」
私は手を上げて発言した。
「何故レベル50以上じゃないといけないのですか?」
「はあ?」
シェーンベルクは心底呆れたように、そして私を見て顔に出る嫌悪感を隠そうともせずに言った。
「馬鹿じゃないのか? レベル50以下の奴に、私の命を預けられるわけがないだろう。私は高貴の身なのだぞ?」
「でも、レベル50じゃなくても、強い奴はいますよ」
そうシェーンベルクに言うと、近くに居た大男が私の肩を掴んだ。
「おいガキ。お前の職業とレベルは何だ?」
「無職で、レベル1ですけど」
「は? おいおい話にならねぇな。レベル1で護衛の仕事をしようとしてたのか?」
男たちがゲラゲラと笑いだす。何が可笑しいのか全く分からない。
「俺は傭兵をやってるブルーノだ。戦士でレベルは62!」
数人が息を飲むのが聞こえる。
「悪いこたぁ言わねぇからやめときな。俺みたいな修羅場潜ってきた奴じゃねぇと、こういう仕事は務まらねんだよ」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて、腰からバトルアクスを取り出し、片手で軽く振り回す。かなりの重量があるはずだが、流石にあの筋肉は見せかけじゃないらしい。
「レベル1なんて、そこらの女にだって負けるぞ」
笑いが巻き起こる。明らかに私を侮辱し、嘲笑したような笑い声だ。
「トゥレント狩ってレベル上げるんだな」
「私は」
「あん?」
目の前の油断しきった男に、少々笑ってしまった。
「私は貴方より強いですよ。確実に」
斧が振るわれる。躊躇いもなく、間髪を入れず、確実に殺すつもりの一振りだ。振りにもあまり無駄はなく、速度も申し分ない。
しかし、届かない。
斧は私の鼻先数ミリのところを通っていった。
「なーにが強いですよだ。戦いの「た」の字も知らねぇでよ。居るんだよな。自分の実力も知らずに喧嘩売ってくる奴が」
ブルーノは鼻を鳴らして斧をしまった。
「帰っておねんねしてた方が身のためだぜ」
「そうだ! レベル1なんぞこの私が雇うわけがなかろう! 今は見逃してやる。即刻立ち去れ!」
言っても無駄か。私は踵を返してその場を後にした。
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エルナ姫を助けるのに、何が必要か、私は考えていた。
何故助けようという気になったのか、私にも分からないが、呼ばれたからには力になりたいと思ったようだ。我ながら自分の考えていることは分からない。
ただ、普通にエルナ姫のボディーガードをしても駄目だと私は判断した。この世界ではレベルが物を言うらしく、この世界にきてまだ時間の立っていない私のレベルは1であり、信用にたる者ではないと判断されている。追い出された私は、まず外側から彼女を支援しようと考えた。
それでもやはり、あの二人の騎士の一件もあるので、今すぐにでもエルナ姫の傍で守ろうと思うのだが、あのすぐ怒鳴る男がいると近づけないような気がする。
やはりこの国の王室事情を知っておかないといけないらしいな。それには、貴族に取り入ることがなによりも大事なのだが、何かいい方法はないものか。
そんなことを考えながら、とぼとぼと歩いていると、武器屋のようなものを見つけた。
「ここでなら、剣を売れるかな」
いい加減重くなってきたこの二本のロングソード。どんなに安くてもいいから買い取ってほしい。
「すいませーん」
「はいよー」
店の奥から出てきたのは、立派な鬚を生やした背の小さな男だった。店には様々な種類の武器が、無造作に置いてある。
「ここって剣を売ることはできますか?」
「大丈夫だよ。よっぽど変なやつじゃなきゃね」
「変って言うのは?」
「そりゃあ錆びてたり、曲がってたり、折れてたりだね」
「そうですか……」
「それで? どの剣?」
「これです」
私は二つの剣を店主に差し出した。店主は鞘から取り出して丁寧に見ている。時折刃に指を当てたり、指で弾いている。
しばらくすると、剣を二つとも鞘に戻して言った。
「一本大銀貨一枚ってとこだな」
良かった。こんな鈍でも売れるらしい。
「じゃあお願いします」
「やっぱ返してくれは無しだからな」
「ははっ、別にいいですよ」
「はいよ」
店主から大銀貨二枚を受け取り、腰の巾着袋に入れた。
「あの、服を売ってるような場所はどこにありますかね?」
「んあ? ああ、すぐ向かいにあるよ」
「ありがとうございます」
折角だからこの世界の武器を色々と見ておこうと思い、店内をぶらぶら歩いていると、面白いものを見つけた。
「これは……」
「ああ、それかい。ついさっき真っ黒いローブを着た男が置いてってね。刃が片方にしか付いてないし、変に反っちゃっててね、刃を押しても切れやしない。不良品だから金は払えないって言ったら、それでもいいからここに置いておいてくれって言うもんだから、ちょっと困ってたんだよ」
私はそれを鞘から出した。表裏そろったのたれの刃文に、肌立った八雲肌の地鉄、銘は見れないがこれほどの刀を打つ刀鍛冶は知らない。
「美しい」
濡れたような青く光る刀身が、私の心を掴んで離そうとしない。
「これを譲ってはくれませんか?」
「え? そんなのを?」
「ええ」
店主は何やら戸惑ったような表情を見せ、私の顔を勘ぐるような顔で覗いた。
「そんなに価値があるものなのか?」
そうくるとは思っていた。私は笑顔でこう答えた。
「いいえ。ただ私は珍しいものを集めたくなる性分でして、こんな変てこな剣が欲しいんですよ」
店主は肩を落として「金は要らないから持ってけ」と言って、ドカッとイスに座った。
「ありがとうございます」
話しに出てきた黒いローブの男が気になったが、とにかく私は最強武器、日本刀を手に入れたのだった。