第3話 ステータス
意識の切り替えで、このステータスとやらを出現させることが分かった。
藤浦剛
人間
男
23歳
無職Lv1
装備:古びれた衣装
これが今の私のステータス。「Lv1」という場所に、何かを拡張するような表示があり、そこに意識を向けると、項目が増えた。
藤浦剛
人間
男
23歳
無職Lv1
HP:100/100
MP:20/20
STR:5
VIT:4
DEX:7
AGI:10
INT:1
装備:古びれた衣装
表示されている事の意味は何となく理解できるが、表示する意味があるのかはわからない。そもそもレベルって何だろう。
私は記憶の奥底にある古い記憶を呼び起こした。
あれは確か、小学校三年生の時だ。合気道の稽古が休みになり、久しぶりに友達と遊んでいた時だ。友達の家に行くと、テレビゲームが置いてあった。誕生日に買ってもらったのだと言う。
『このゲームやろうよ』
そう言って友達が取り出したのは、ファンタジー系のRPGだった。そのプレイしていた時に、おそらくレベルと言う単語が出てきたはずだ。
レベルを上げることによって、このステータスが上がる。筋力や防御力が上がると。
「……だから何なんだ?」
力が強くなった程度じゃあ、戦いに勝てるとは限らない。己を助けるのはいつでも、己の技じゃないのか。少なくとも、私はそうやって勝ってきたのだ。
ひとまず、地面に倒れ伏している二人の男をどうにかしよう。装備をはぎ取るのがいいのだろうか。
ロングソードを拾い上げて、私は呆れはてた。何だこれは、こんなの剣じゃない、ただの鉄の塊だ。
焼きも、打ちも、研ぎも、全てが甘い。刃に指を押しあててスライドさせても、切れるのは薄皮だけ、武器として機能してないぞ。
一銭の価値もないものを腰に差してたのか、あの男は。とんだ恥知らずだな。
私は鎧と革袋に入った貨幣を見つけたので、失敬しておいた。鎧一着二十キロほどを持つのは流石に骨が折れるが、物々交換でなんとか食料を確保しようと思っていた。もうすぐ、夕日が眩しい時間だ。
ライ麦畑で作業をしている男性に声を掛けた。
「すみませーん!」
「んあ?」
男性は手を止めて、こちらに近寄ってきた。
「どうかしたかね、君?」
「実は私、旅をしていまして」
「旅? その歳でかい?」
海外に行くと、背の低い日本人は子供に間違われることが多い。慣れてしまっては、もう説明も面倒くさくなってくるものだ。
「ええ、まあ、ですが今日泊まるところが無くて……」
「おぉ、それならうちに泊まって来なさい。ここらへんの夜は冷えるからな」
「本当ですか? ありがとうございます」
ライルさんというらしい。奥さんと娘さんと三人暮らしで、この広い畑を切り盛りしている。奥さんのカルラさんは料理が上手く、娘さんのレオナはとてもカルラさんに似てとても美人だ。
食卓に並ぶ食事は、豪勢とはお世辞にも言えないが、とても心のこもったものばかりだった。ライ麦で作ったパンに、ジャガイモが入ったポタージュスープ。そして豚の腸詰を茹でたものだ。
「ねえ、ツヨシ。何で旅しているの?」
レオナは目をキラキラさせて聞いてきた。
「うーんと、街に行きたくて」
「街に?」
「ええ、仕事を探しに来たんです。旅と言うか、家出みたいな感じです」
本当の事を言っても、信じてもらえない可能性がある。そう判断した私は、妥当な嘘を言った。
「そうなのか。と言っても、アルベルトにも、仕事があるか分からんぞ」
アルベルトと言うのが、街の名前らしい。
「ここから近いですか?」
「ええ、ここから南へ八キロくらいかしら。三刻くらいあれば着くと思うわ。けど……」
八キロというのは、私の知る八キロでいいのか。おそらくその意味でいいのだろう。
カルラさんは諭すような口調で言った。
「今は行かない方がいいわ。治安も悪いし、人攫いもいるらしいわよ。今は不景気だから、そんなに仕事もないし」
私は曖昧な笑みを返した。
持ってきた鎧を置いて行ってもいいかと尋ねると、快く了承してくれた。寝床は数年前に死んでしまったというレオナのお兄さんが使っていたベッドを貸してもらった。思ったより柔らかい藁を敷き詰めて、その上にシートが敷かれている。こんなにいいベッドで寝るなんて久しぶりだ。ケニアでは立って寝ることも多かったし、良くても木の上で寝るぐらいしかなかった。日本に帰ってきたら、軟らかい布団で寝られると思ったのだが、何か訳のわからないことでそれが叶わなかった。
少し不服だったが、それでも藁のベッドに寝っ転がると、睡魔がだんだんと忍び寄ってきて、気がつけば朝になっていた。
目が覚めると、視界の端に「NEW」という表示が浮かんでいる。それに意識を向けると、ステータスが開いた。
藤浦剛
人間
男
23歳
無職Lv1
装備:古びれた衣装
特殊能力:鑑定Lv1
鑑定か。読んで字の如く、物を見てそれを何なのか定めるという能力だろう。ベッドの下から藁を一本取り出し、鑑定と呟いた。
藁:ライ麦の茎を乾燥させたもの
とてもシンプルだ。が、それでもこの世界ではまだ私の知らないことが多いと思うと、とても有用な能力だろう。やはり何がどうなってこの能力を得たのか分からないが、得たからには有効活用させてもらう。
部屋から出ると、ライルさんが農作業の準備をしていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。よく眠れたかね?」
「はい。とてもいいベッドでしたので」
「はっはっは。そりゃあ良かった」
ふと思い立った私は、ライルさんに鑑定を掛けてみた。
結果は私の思った通りだ。
ライル
人間
男
40歳
農夫Lv8
ライルさんの情報が出てきた。私自身のとは違って、装備やステータスが出てきてないが、ライルさんが農夫のレベル8だということが分かった。
「私もう行きます」
「え? もう少しゆっくりして行ってもいいぞ?」
「いえ、やることがあるので」
「そうか……気をつけてな」
「はい、ありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
私はそう言って頭を下げた。
ライルさんの家を出ると、ちょうど朝日が顔を出したころだった。ライ麦畑が朝日に照らされて、とても綺麗だ。
「ツヨシ!」
少女の声が、チュンチュンという小鳥の囀りと共に、後ろから響いてきた。足を止めて振り返ると、寝ぐせでぼさぼさの髪をそのままに、肩で息しているレオナが居た。急いで起きてきたのがバレバレだ。
「ま、また来てね!」
朝日のせいか、レオナの顔は少し赤みがかっている。
私は片手を上げて答えた。
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今気が付いたが、私は裸足だ。服装も完全にこことは異なっている。はたしてこの服装でアルベルトと言う街に入ることができるのだろうか。
もう六キロほど歩いているから、もうすぐ着くと思うのだが、入れなかったらどうにもならない。あの二人の刺客から貨幣を奪ったが、これで服を買うにしても、やっぱり店は中にあるだろうし。
いっそ大道芸人だとでも言えば入れてくれるだろうか? いや、大道芸自体がこの世界にない場合もある。
思考が同道廻りしかけていると、道の両側から数人の男が出てきた。腰には粗末な鉈が差さっている。
「おい、そこの大道芸人のお兄ちゃん?」
なるほど、大道芸はあるらしい。
「なんでしょう」
「腰にある巾着と、そのロングソードを置いてってくれねぇか?」
「見るからに上等な剣だぜ兄貴」
上等な剣? これが? 笑わせてくれるな。溶かしてネジにでもしたほうがよっぽどいいような代物だぞ。
「さあ、早く寄越せよ。殺されたいってんなら別だがな」
盗賊か。十三人の集団だ。盗賊たちの装備は錆びついた鉈だけで、他には刀や弓は持ってない。つまりは雑魚だ。試しに兄貴と呼ばれていたリーダー格に鑑定を使ってみた。
ザシャ
人間
男
35歳
盗賊Lv23
やはりレベルは高いな。ステータスもそれ相応なのだろう。
盗賊なら前世でも会ったことがある。二十人弱の若い黒人の集団で、全員がカラシニコフを持っていた。私を日本人だと知ってか、その場で大金を出せと言ってきた。随分と手慣れた様子で、私を痛めつける役と、周りを見張る役とで分かれていた。私が一人だと油断していたために、逃げ遂せることができたが、それに比べれば錆びた鉈を持った集団なんて楽勝だろう。
私にも福(服)がやってきたというところだろうか。