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第2話 召喚

 私は白い空間にいた。


 今まで見たこと無いような、空間。足の感覚がなく、まるで無重力状態のように、私の体は浮かんでいる。


 ここはどこだ。そんな疑問が頭の中を駆け巡っていると、目の前に女神が現れた。一目で女神だと直観させる美しさと神々しさだ。


「フジウラ ツヨシ」

「はい?」 


 女神は悲しげに俯き、俺の名を呼んだ。


「助けて」

「え?」


 足もとから闇が襲う。


「何をだ!」


 今にも泣き出しそうな女神は、徐々に濃くなる闇に消えていく。


「待って!」


 私の体も、闇に包まれ、強い力で引きずり込まれていく。もがいても暴れても、手足は空を切るだけで、何の引っかかりもない。女神はだんだんと小さくなっていった。


「何を、何を助ければいい!」


     ――――世界を――――



 気がつくと、私は固い石畳に倒れていた。

 周りに八人、人の気配がある。

 私はゆっくりと立ち上がり、周りを見渡した。


「○☓$&#%▽!!」


 男が六人、女が二人。服装はヨーロッパの北東部の民族衣装に酷似している。しかし、言語は全く違う。少なくとも私が知るどこの言語とも違う。発音やイントネーションはドイツ語に近いが、単語の一つ一つは明らかに異なっている。


 ドレスを着た金髪の女が、私に近づいてきた。おそらく十代後半だろうが、化粧をしていていくらか上に見える。


「%▲#@*◇」


 女が何やら呟くと、目の前に板が出現した。いや、板ではない。空間に直接文字が浮かんでいるようだ。いくつかの項目が表示されている。


「何だこれ」

 

 藤浦剛(フジウラツヨシ)

 人間

 男

 23歳

 無職Lv1

 装備:古びれた衣装 


 表示されているのは、私のことだ。

 女はそれを見て、明らかに落胆した。焦りの表情も見せている。

 表示されている文字が読めるのか? 浮かんでいる文字は明らかに日本語であり、読めるとも思えないが。


「∀★◆○§〒Γ!!」 


 女は振り向いて、他の七人に向かって叫んだ。七人は目に見えてうろたえている。


「●$&#☆Λ£」


 ドレスの女が再びこちらに向きなおり、両手を私の頭に乗せた。青白い光が放たれるのが分かる。

 女は口を開いた。しかし、今度は訳の分からない言葉ではない。


「その方、妾の問いに答えよ」


 日本語? 違う。先ほどの言語と同じ音だ。しかし意味が理解できてしまう。おかしな感覚だ。普通言語の習得には、リスニングになれるのにも時間がかかるものだ。しかし、慣れてない言語をいきなり理解できるという感覚は、とても異質な感じがする。

 彼女はさらに続けた。


「妾の言葉が分かるか?」


 話し方からして、とても地位のある人物だということが分かる。アフリカのある部族の集落に行った時、その部族の長に失礼を働いたとして、危うく殺されかけたことがある。

 未知の集団で自分の常識が通じるとは考えない方がいい。私は跪いて、黙って頷いた。


「うむ。では直答を許す。そなたは勇者であるか?」


 勇者……違う。違うと思う。そもそも勇者の定義が分からない。

 私はもう一度辺りを見渡した。薄暗い地下牢のような場所だ。石畳が敷いてあり、私を中心にして魔法陣が描かれている。六人の男の腰には、西洋剣が携えており、少なくとも実戦経験はあるだろうと思われる。この部屋の外に二人、男の気配がある。息遣いから相当の練度だと思われる。

 ここで私が答えを間違えたなら、面倒なことになる可能性もある。


「畏れながら、私は勇者がどのようなものなのか、ここがどこなのかも分かっておりません」

「……そうか」


 彼女はまた、落胆したように俯いた。

 男の一人が声を上げる。


「姫、その男のステータスは?」

「無職。そしてレベル1だ」

「何だと!」

「レベル1とは……」

「それに職業が無い。これではもう……」


 ステータスと言うのは、先ほど浮かび上がったいくつかの項目の事だろうか。この場にいる八人すべてが焦りを見せ始める。


「くっ、近衛兵! この男を摘み出せ!」

「待たれよ、アーべライン卿! 焦りは禁物ですぞ!」

「そんなこと言ってる場合ではない! 今にも姫の命は狙われているのだぞ! こんな矢避けにも使えん奴を置いておく余裕はない!」

「だからこそ、冷静に対処を考えねばならん」


 甲冑を着た二人の兵が、私の腕を掴んだ。


「その方、名は何と言ったか」

 姫と呼ばれた女が、私に声を掛ける。


「ツヨシ フジウラです」

「すまない。関係のないそなたを巻き込んでしまった」

 そう言って、彼女は頭を下げた。

「姫!」

「そのような者に頭を下げるなど」

「だが、力のない者を巻き込んでしまったのは確かだ。王族として、謝らなければならない」

 泣き出しそうな震える声で、姫は言った。強く振舞っていても、やはり年相応の少女なのだろう。場に重苦しい空気が流れる。


 一人の若い男が、姫に駆け寄る。

「心配ありません姫! 貴女は必ず、命に換えてもこの私がお守りいたします! だから……」

「ディルク……」


 何か事情があるのは確実だな。

 この状況が何なのか、私にはまだ理解できない。あの白い空間での事も、道場に居たはずの私が何故こんな場所に居るのか。

 まずは、現状を知るのが一番だ。


「……姫」

 私は慎重に言葉を選んだ。

「私は今の状況が分かりません。何故自分がここに居るのか、ここは何処なのか、そして貴方達が何にお困りなのか」

「そうだな、説明が無かった」


 少女は私を放すよう兵に言いつけ、話し始めた。

「妾はゼーレ王国の第四王女、エルナ・メヒティルト・エッダ・ゼーレ。王位継承権は第十一位だ。今この国では、王位継承争いで揉めている。それぞれの派閥ができ、その争いは日を重ねるごとに泥沼化しており、いまや王位継承権を持つ者の四分の一が不慮の事故や病気で死んでいる。

 王位継承権十一位なんて言っているが、これも数年前までは二十位にも届かないほどだった。上の者が死んで、繰り上がったたけのことだ。妾も当然、この命を狙われておる。下の者にも、上の者にもな。貴族界に妾の味方は少ないのだ。ここに居る八人だけが、本当に信頼できる、妾の配下達だ……」


 一人の壮年の男が、「ここからは私が説明いたしますので」と、王女の言葉を継いだ。


「私はアルノー・アルミン・オストヴァルト伯爵。姫の母上に御恩があり、臣下として仕えている。姫は王位などお望みではないが、殿下達は皆疑心暗鬼に捉われておる。もう何度も刺客が送られてきているのだ。傭兵を雇おうにも、奴らは金で動く。信用に値する者は、もうこの国には居ない」

 誰かの苦しそうな唸り声が、私の耳に届いた。

「正に八方ふさがりだった。そんなある日に、姫が病床に伏している陛下の部屋から、ある一つの蔵書を見つけた。そこには、異世界から勇者と呼ばれる存在を召喚する、いわば召喚術が記述されていた」


 話しが、大体読めてきた。この人たちはエルナ姫を守るために、その勇者をボディーガードにしようとしたわけだ。


 しかし、それが理解できても、私の頭はまだ混乱していた。召喚術。勿論聞いたことはあるが、基本的に魔法と言うものを信じていない私としては、狂言としか思えない。思えないが、この場に居る人間が誰一人嘘をついていないことを、私は分かっていた。それなら、ここは本当に、今まで居た世界とは違うということになってしまう。


 私の中の常識と、突きつけられる現実が、激しく戦いを繰り広げていた。

「文献じゃあ最強の存在が召喚されると書いてあったんだ!」額に青筋を浮かべた男が、私をい殺さんばかりに睨みつけて言った。「それが、それがこんなヒョロッとした、レベル1の青二才じゃないか!」

「落ち着きなさいな」

「うるさい! この魔法陣を完成させるのに、どれだけ時間と金が掛かったか!」

「気持ちは分かるが、異世界のお人に八つ当たりしても、どうにもならない」

「ぬぅっ……!」


「あの」私はやり取りに割り込んだ。「先ほどから言っている、レベルと言うのは何なんですか?」

 私がそう聞くと、全員が言葉を失った。

「レベルを……知らない……」

「まさか……」

「いや、異世界というのは、こことは異なるという訳ですし」

「は、話にならん! 摘み出せ! この男を即刻私の目の前から消すんだ!!」


 近衛兵が再び私を掴み、無理やり私を動かした。今度ばかりは皆何も言わず、ただ俯くだけだった。その顔には分かりやすく、「落胆」の二文字が書いてあるようだ。


 少女の押し殺した泣き声が、後ろから聞こえてきた。



:::::::::::::::::::::::



「おらっ」


 私は近衛兵に蹴り飛ばされ、茶色い土の路面に倒れこんだ。

 私が居たところは、立派な洋風の屋敷だった。見渡す限りライ麦畑が広がっており、田舎だということが分かる。差し詰め、ここは隠れ家のようなものなのだろう。


「はあぁ、まったくビビらせやがって」

「ホントだよ。最強の勇者を召喚っていうから、どんな化け物出てくるかと思ったら、レベル1って。笑えるぜ、子供じゃねえんだからよ」


 二人はニヤニヤと笑いながら、腰のロングソードを抜いた。


「これで懸念事項も無くなったことだし」

「ああ、あの姫さんを殺すのも楽になるねぇ」


 私は立ち上がって道着の土を掃った。


「全く、王子もあんな継承権も低い姫様殺してどうすんのかね。傭兵を雇う金もない、派閥も小さい、コネクションも皆無だ。あんなのに神経使ったって、どうにもならんだろうに」

「まあそう言ってやんな、疑心暗鬼になってんのはどこも一緒だ」

「ああ。でもあれだな、他の刺客を簡単に近衛兵にするなんて、ここの警備はざるだな」

「おいおい、そんなことこの坊やの前で言っていいのかぁ?」

「ああ、忘れてた忘れてた」


 二人は私に少しづつ近づき、ロングソードを軽く降った。

「でも大丈夫。黙らせればいいんだよ。永遠にな!」

 一人が剣を大きく振り被った。


「はあ……」

 思わずため息が出るほど隙が多い。


 まず踏み込みが甘いな。


 型がなってない。


 大振りすぎる。


 剣筋が弱い、ブレてる。


 握りも甘い。


 重心が高すぎる。せっかく体格はいいのに正中線がブレブレだ。

 これで剣速も遅いときたぞ。ただ振り下ろしてるだけじゃないか。


「まあ、素人に期待してもだめか」


 私は前に踏み込み、振り下ろされた腕を掴んで捻り上げ、右に一歩移動しながら、その男を地面に叩きつけた。

 そいつが状況を把握する前に、鼻と口の間に鉄槌を落とす。

 振り向きざまに、もう一人の男の顔面に右足刀を繰り出す。状況をまったく分かってないアホ面に一撃を入れるのは、少し気が引けた。

 K.O.


 もう終りか。騎士、刺客、そう呼ぶにはあまりにも弱い。その王子とやらは、こんなのを向けてくるほど暇なのだろうか。

「さて、これからどうしようか」


 まずは、この世界について知ることが一番だろう。この世界の常識やルール、マナーやタブーなどだ。いや、まずはこのステータスというものが大事だ。

 

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