第1話 始まり
初めて小説を書いてみました。
地球の格闘技や武道が異世界で通用するのかどうか考えてみたとき、パッと思い浮かんだので勢いで書き始めました。
更新はおそらく不定期になります。どうか暖かい目でみまもってください。
宜しくお願いします。
私の家は、所謂旧家と言うものだった。江戸以前から続く武士の家系で、代々山奥にある田舎としか形容できないような土地を収めてきた。本家とか分家とか、そんな単語を日常的に使い、数年に一回は贔屓にしている瓦屋に瓦の葺き替えを頼む。いつか見た某アニメ映画など、完全に自分の家の事だと思った。
そんな家の前当主である祖父は、武士を絵で描いたような人だった。他人に厳しく、自分にはもっと厳しく。私が朝起きてくると、高確率で庭から祖父の素振りの音が聞こえてくる。
当然のように、私も武道を習った。柔道、琉球空手、剣道、弓道、合気道、さらにはムエタイや截拳道まで。私は日本武術以外格闘技まで習得しようとした。ただひたすらに強さを求め、あらゆる武道の技術を学んだ。
祖父はそんな私に全く干渉しなかった。稽古の時以外は、必要以上にコミュニケーションをとったりはしない。祖父母参観にも、いつも祖母が来ていた。
だから、十六歳の時に祖父が死んでも私は悲しまなかった。以前からそんな気はしていた。恐らく自分は、祖父の死を悲しんだりはしないだろうと。
数少ない祖父との会話の中でも、祖父は自分の死に対して……こういう表現が正しいかどうか分らないが、前向きで積極的だった。割り切っていたと言ったほうがいいかもしれない。自分の死期をピタリと分かっていたかのように、祖父が死んだ時には相続の問題や後継者問題は全て片づけていた。
分家の中で何やら文句を言う人たちが居たらしいが、祖父の根回しは完璧であり、私の父はすんなりとこの家の当主に納まった。
父は婿養子で、祖父のように強い人では無かったが、とても頭のいい人だ。それでいて、人を魅了する何かを持っている。簡単に言ってしまえばカリスマ性があった。人を使うのが上手い。人を懐柔するのが上手い。いつも笑顔は標準装備で、私のやることにいつも応援してくれる。私の武道の試合にも、自分の会社が忙しいだろうに、いつも応援に来てくれるのだ。
祖父の長女である母は、無類の旅好きで、夫や子供を家に置いてどこかへフラッと言ってしまうような人だった。私もその血を濃く受け継いでいるのだろう。軍の徒手格闘を調べていた時、私は弾かれたようにフィリピンに渡った。カリと言うフィリピンの先住民族の武術を学ぶためだ。
それからというもの、私は父親のカードを使い、海外を旅しては各地の戦闘術を学んだ。中国のカンフー、アメリカのボクシング、ロシアのシステマ。その全てが私を興奮させ、私の人生を充実したものにした。いつしか時間も忘れ、私は己の肉体を鍛え上げることだけに生きる喜びを見出していた。やはり、私は祖父の孫なのだと、実感するのである。
だから、私がこの実家に帰ってくるのは、もう五年ぶりのことだ。
「ただいま」
ガラガラという戸を開く音は、小さい頃から全く変わっておらず、祖母が毎日掃除しているのが分かった。
「おかえりなさい」
そう言った祖母の声は、記憶よりもいくらかしわがれて、その姿は随分と小さくなっているように感じた。私は背中に背負っていた大きいリュックから、土器で出来た小さな壺を取り出した。
「はい、お婆ちゃん。これね、アフリカの狩猟民族で古くから伝わる塗り薬なんだ。村長さんがくれたんだけど、これを塗ってると長生きするらしいよ。その村長さん今年で三百歳くらいなんだって」
「そうかい。ありがとうね。貰っておくよ」
祖母は俺の手から壺を受け取ると、大事そうに両手で包んだ。
「さぁて、お土産話でも聞かせてくれるかい?」
「うん。話したいことがいっぱいあるんだ」
十数メートルもある廊下を、足音をたてないように歩く。この床は侵入者をすぐに発見するために、わざとギシギシ音が鳴るように作られてある。祖父に教えられたのは、その床を音をたてないように歩くと言うことだった。足がつく位置、順番、体重の掛け方、全てが正しくないと、絶対に音がたってしまう。慣れと言うのは恐ろしいもので、私は当然のように静かに歩くことができた。 それは、前を歩く祖母も同じことだが。
「庭に立派な枇杷が生っててねぇ、食べるだろう?」
「もちろん」
屋敷の中は静かで、祖母以外の人間の気配は全くない。祖父の居た頃は、偉そうな顔をした男たちが訪ねてきては、毎日のようにへこへこと祖父に頭を下げに来ていたのだけど、当主が父になってからと言うもの、そんな人たちもぱったりと居なくなってしまった。いや、本当は来ているのかもしれないが、私は祖父が死んだ時から海外へ修行に行っていて、この屋敷の事は何にも分かっていない。
「父さんはどうしたの?」
枇杷を籠いっぱいに持ってきた祖母に聞くと、「お仕事でね、アメリカまで行っているらしいの」と何事もなく言った。
「え、いつから?」
「一昨日くらいかしらね」
「お婆ちゃん置いて?」
「私は大丈夫よ、それにお父さんは仕事だから仕方ないしね」
「それでもお婆ちゃんを一人にしておくなんて」
老人の一人暮らしは危ない。そんなこと常識だろうに。私は父に憤慨した。
「お婆ちゃんもう年なんだし」
「大丈夫よ。まちちゃんとこの子が毎日来てくれるから」
「従姉さんたちが?」
まちちゃんというのは、私の叔母であり、母の妹だ。叔母のところには三人の娘がいて、上から優子、麗子、恵子という。この狭い田舎では、従姉さんたちは美人三姉妹と有名で、地元の小さい新聞で取り上げられたくらいだ。まあ、それはもう十年も前のことであり、優子姉さんはすでにアラサーに差し掛かろうとしている。
「昨日は麗子ちゃんが子供と一緒に来てくれてね、もうすっかりお母さんになってたわ」
「え、麗子姉さん子供生まれたの?」
「ああ、まだ会って無かったねぇ。もう三歳になるよ」
「結婚したのは聞いたけど。そっか、もう子供がねー」
確かに、五年という歳月は、人が生まれて育つには十分な時間だ。あの麗子姉さんの子供なのだから、さぞ可愛らしい子供なのだろう。
「お婆ちゃーん。来たよー!」
聞き覚えのある、快活な声が、玄関から響いてきた。
出迎えて驚かせようと思い立った私は、玄関まで行くと、見知った顔を見つけた。
「恵子」
「え、剛? 帰ってたの?」
「うん、久しぶり」
五年前のまだ僅かに残った幼げな印象は消え、もうすっかり大人の女性になった従姉妹がそこにいた。短く切っていた髪は、肩より伸びていて、直毛だったはずなのに少しウェーブがかかっていた。
「五年前よりお洒落になったね」
「そっちはお爺ちゃんに似てきた」
「失敬だな。僕はまだ二十三だよ」
私は祖母と従姉妹から、この五年間の事を色々聞いた。恵子が恋人と付きあって二年で別れたこと、父の会社がまたさらに事業を拡大したこと、この村に工場を建てようとした会社を皆で追い払ったこと。親戚にも死んでしまった人が数人いた。まあ私が会ったこともないような遠縁の人らしいだ。
「日本も変わったね。街行く人皆がスマホっていうのを持っている。ああ、そういえば百円ショップに行って百五円出したら、足りませんって言われて戸惑ったよ」
「ああ、そうか、剛が海外行ったのって消費税上がる前だ!」
「うん。日本の総理大臣が変わったのは知っていたけど、増税されていたとは思わなかったよ」
まだ発展途上国にある武術を習得していたら、時代の流れにどんどん取り残されたようだ。
「そういう剛はどうだったの? 外国の格闘技を習ってたんでしょ?」
「ああ、いろんな所に行ったよ。中国の北西部にある山脈で遭難してたら、小さな集落に辿り着いたんだ。驚いたことに、三千年前と同じ暮らしをしてたよ。使ってる言語も中国語でも広東語でもないしね、コミュニケーションをとるのに三日かかった」
「さらっとすごいこと言うわね、あんた」
「それで? 大丈夫だったのかい?」
「うん。片言だけど何とか言葉を覚えてね、そこに伝わる武術を教わってきた。三千年も前から伝わる武術だよ。村長さんとまず手合せしてみたけど、僕の攻撃が全く入らないことに驚いたの何のって、これでも色んな格闘技をやってきたから、多少自信はあったんだけど」
この世にはまだ未知の格闘技があるという事実を再確認した。関東平野が海の中にあったときから、あの武術が存在していると思うと、やはりどうしようもなく興奮してしまう。
この世界の、全ての武術を習得したい。
「その武術を習得するのに一年かかった」
「たった一年!?」
何を驚くことがあるだろうか、人の一生は八十年しかないのだ。武道の全てを極めるのに、基礎で一年掛かるようでは遅すぎる。
「はあ、そんなんじゃ、いつか死んじゃうよ」
「武の真髄を見るまでは、死なないよ。それより、道場借りていい、お婆ちゃん?」
「いいよ、行って来なさい」
「帰ってすぐこれだもんね」
恵子の呆れた声を後ろで聞きながら、私はこの屋敷の道場へ向かった。
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雑巾がけをした道場の中心に、祖父の道着を着て座る。
祖父は強い武人だった。しかし決して歴史に残らない。表舞台に立つことのない武人だ。柔道は祖父から習った。自分の三倍はあろうかと言う巨体の男を、楽々と投げ飛ばす祖父の姿に、幼いながらも感銘を受けた。
『芯を崩してはならない。心を乱してはならない。真に背いてはならない』
稽古の前に、祖父は必ずそう言った。私はまだその意味を本当に理解してはいないだろう。ただ、それは武道と言うもの全てに、少なからず通じている気がする。
「白虎」
何回も繰り返し行ってきた、空手の型。武器を持った相手、一対多を想定としたこの武術は、琉球王朝時代に出来たものだ。
「天巻」
歴史は十五世紀にも遡り、「手」という琉球古来の武術に、中国拳法や日本武道などを合わせて作られた。唐手が活発になったのは幕末、薩摩藩が琉球を占領したとき、薩摩藩士によって夜な夜な刀の試し斬りが行われていた。そこで琉球の民は、自らの命を守るために、皆で唐手の訓練をし始めた。
「雲手」
今では唐手が空手と名を変えて、世界中に広く広まり、スポーツとして成り立っているが、そのルーツは命を掛けた戦いの場だったのだ。
私はヌンチャクを手に取った。
「竜波」
二十年も同じ型をやり続け、最早呼吸を行うように、自然に出来るようになってきた。
だだっ広い道場を、ヌンチャクの風を切る音だけが響いていた。
「……ん?」
構えを解いた時、急に足もとが光り出したのが分かった。私を中心に円がぐるっと取り囲み、複雑な文様が浮かび上がっている。
「何だ、これ……?」
怪しげな紫色の光は、徐々にその強さを増し、完全に私を包み込んだ。